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茅ヶ崎巧実の存在意義

 監獄島の運動場。そこに一本だけ生えている木の影で、茅ヶ崎拓実は夢を見ていた。


 机や椅子が散乱し、真っ白に凍結した教室。足元には恐怖で引き攣った男子生徒の凍結死体が転がり、屋内にも拘らず雪が降っている。そんな異様な空間の中、拓実は震えながら自身の手を見て硬直していた。


「嘘だ……こんな筈じゃ……俺は、ただ……」


 手からは止め処なく冷気が溢れ出し、荒れた呼吸をする度に、真っ白な息が視界を包む。


 一体これは何だ? 俺はどうして、ものを凍らせる力を得た? しかし、いくら疑問を抱いても、誰も彼の疑問には答えてくれなかった。


 そしてふと足首に異様な冷たさを感じ見てみると、凍結死した筈の生徒が拓実の足を掴んでいた。その瞬間、拓実の背筋が一気に凍りついた。そして――



「うわぁぁぁ‼︎」


 情けないほど大きな悲鳴を上げ、拓実は悪夢から目覚めた。


 背筋は汗が凍結し文字通り凍っており、心臓は張り裂けんばかりにドクドクと鼓動を加速させている。額も汗で濡れ、顎を滴って落ちていく。


「兄貴、大丈夫ですばい?」


「すごく魘されてやしたけど、何か悪い夢でも?」


 声のする方に振り返ると、同じく拓実と一緒に寝ていた男囚が心配そうに見ていた


 更に周りを見ると、運動場に居たすべての囚人が拓実を心配そうに眺めていた。恐怖でまともな判断ができない拓実にとって、この状況は余計に拓実の心を蝕む結果となってしまった。


「……いや、大丈夫。昨日独房で見たホラー映画を思い出しちゃって」


 すると運動場はどっと爆笑の渦に巻き込まれた。心配していた男囚達は特に腹を抱え、芝生を叩いて笑った。そして拓実も、ゲラゲラと笑うフリをした。


 しかし口でそう言ったが、大丈夫ではなかった。ただ純粋に、仲間に要らぬ心配を向けさせたくない、遠慮精神が拓実をそうさせた。


 眠りたくない、かといって不眠は刑務作業にも影響が出る。この長き苦しみが与える苦痛は想像に難くなかった。


(悪夢の二の舞を起こさないためにも、早くこの呪いを支配する力を手にしないと――)


「おやおや、囚人の分際で昼寝とは、いいご身分ですねェ」


 とその時、不機嫌そうな声と共にナイフが飛んできた。しかし拓実は咄嗟に氷の盾を形成し、敵のナイフを防いだ。


「誰だ、俺を殺すつもりか?」


「人聞きが悪いですねェ。試しただけですよ、273番」


 顔を上げると、胡散臭そうににっこりと笑った看守が拓実に近付いてきた。左目には縫い傷のようなものが付いており、帽子には立派に金色のバッジを輝かせていた。


「初めまして。私は新しくこのC棟の看守長を任されました、ロゼです」


「なるほど。では看守長さん、一つ聞きたいんですが――」


 拓実は立ち上がると、一瞬の油断を突いてゼロの首に氷の鎌をかけた。そしてそのまま背後に回ると、背中に隠していたフラスコを奪って訊いた。


「一体、俺達をどうするつもりで、ここに来たんですか?」


「おやおやおや。大人しく私のものになっていれば、苦しい思いをしなかったのに。これだから《能力者》は、勘が良くていけない」


 一体何を言っているのだろう。そう疑問に思った刹那、ロゼは鎌の腹を利用して拓実の顔面に蹴りを入れ、奪い返したフラスコを地面に投げつける。


 すると周囲はピンク色のガスが覆い尽くし、中の囚人達を眠らせた。


 そして静寂に包まれた運動場は、拓実とロゼの二人きりとなってしまった。


「ロゼと言ったな。アンタの目的は何だ?」


 拓実は襲い来る囚人を避けながら訊く。するとロゼは拓実を鼻で笑うと、狂気的な笑みを浮かべながら答えた。


「君達のような完璧ではない存在を導く。それが私の目的、と言いましょうか」


「建前はいい。俺はアンタの本音を訊いてんだ」


 しかし拓実は彼の答えには満足しなかった。なので再びロゼの隙を突き、首に鎌をかけた。


 するとその刹那、ロゼの影が蜘蛛の脚のような形に変形し、拓実に襲いかかる。油断した拓実は影蜘蛛の攻撃を喰らい、負傷してしまった。


「がぁっ!」


「全く、勘のいいガキはこれだから。まあいい、どうせ貴方もじき私の眷属、いや貴重な能力サンプルとなる身。なので特別に教えてあげましょう」


 言うと、ロゼの影は段々と主を取り込み、昆虫のような姿へと変わっていく。動体は蜘蛛、両腕はハチの針を模した槍、そして蠍のように反り返った尻尾は三叉丈となっている。そしてロゼ本体は影に取り込まれ、蜘蛛版ケンタウロスのような姿になった。


「薬を用いて囚人を洗脳し、投薬実験用のモルモットにする。それこそが私の、天才ロゼ様の目的。どうです、納得いたしましたか? 273番?」


「納得してたまるか、キメラ蟲野郎。囚人はテメェら看守の奴隷でも実験動物でもねぇ!」


 ロゼの言葉は、拓実の逆鱗を撫でた。薬による洗脳、そして囚人の命を何とも思わない、度し難い彼の思想に拓実は激怒した。その怒りにより周囲の温度は低下し、鎌の氷から白い煙が出始めた。


 そんな拓実を見て、ロゼは高らかに笑いながら槍を突いた。しかし拓実は鎌の腹を用いて攻撃を防ぐ。


 鎌を振っては蜘蛛のような脚で防御、槍を突いては氷の鎌に滑らされ地面に突き刺さる。そして尻尾と拓実の氷鎌の鍔迫り合いで、互いに傷を負う。しかしロゼは影のためすぐに傷を回復させる。


 そんな不公平な攻防戦が繰り広げられる中、ロゼは余裕そうに口を開いた。


「何をそんなに怒る必要があるんです? 幸せに、何も知らないまま毒に侵されて死ぬ。君達不完全なモルモットにとって、これほどまでにない幸福じゃあないですか!」


「ふざけるな! そんな洗脳と生贄で成り立つ幸福なんて、俺は認めねぇ!」


「能力による恐怖と、何も知らずのほほんと暮らし死ぬ幸福。彼らが選ぶのは、どう足掻こうと後者。君の恐怖による支配から、彼らは解放されたいのですよ!」


 恐怖。この言葉が拓実の耳に入った瞬間、ついさっき見た悪夢がフラッシュバックした。


 恐怖で引き攣った顔のまま凍結死した生徒の遺体。留置署、裁判所、輸送船、そして検問。拓実の人生が完全に終了した日から今まで、受けてきた視線が拓実を苦しめた。


 親からも、友人からも、そして連れて行かれた先々で受けてきた恐怖や嫌悪の目。そして気が付けば、ここで出会った囚人達も俺を怖がっていたと錯覚するようになってしまった。


 そして、何も言い返せなくなった拓実は弱体化し、手に持っていた鎌が溶け出した。ロゼはそのチャンスを見逃さず、拓実を槍で貫いた。


「っ!」


「ガレットを倒した危険な能力者も、所詮は子供。天才であるこの私に口で勝とうなど、100万光年早かったようですねェ!」


 それからは、ロゼによる猛攻が続いた。黒い蜘蛛の糸に絡め取られ、それを槍で突かれる。その度に拓実の口から血が溢れ出し、一緒に自尊心も打ち砕かれた。


 俺は今までずっと、囚人達に不安と恐怖を植え付けるだけの迷惑な存在だったのかな。俺みたいなのが生きていたらいけない、と。


「俺は……俺は……」


「気が変わった。やはり不完全な子供に用はない。《蠱毒・影蠍》‼︎」


 そう、不完全な子供……否!


 蠍の三叉尻尾に貫かれそうになったその時、拓実はふと気絶した囚人達の顔に気付いた。よく見ると彼らは、うっすらとだがガスに抵抗する。


 そして彼らの顔は、恐怖や不安とは程遠い、拓実を信じ応援する熱い思いが籠った笑顔をしていた。


 それに気付いた刹那、拓実の中で何かが覚醒し、氷の煙幕が発生した。しかし同時に、ロゼの三叉尻尾が拓実を貫いた。手応えもあり、ロゼは勝利を確信した。


「これでモルモットは全て私のものだ! 大天才ロゼ様こそ、幸せを齎す神なのだ!」


「いいや、違うッ!」


 しかしその時、煙幕の中から拓実の声が聞こえてきた。確実に尻尾を刺し、毒で止めを刺した筈なのに。すると煙幕が上がり、ロゼが導き出した計算の結果が現れた。


 その光景は、ロゼの目を剥き顎を外すほど、大胆かつ覚悟あるものだった。


「寒くて死にそうだが、お陰で頭が冷えたぜ。蟲野郎」


「そんな馬鹿な……! 毒を巡らせないため、身体ごと血液を凍結させたと言うのか……!」


 なんと拓実は、自分自身を凍結させた。その証拠に全身は霜焼けで赤くなり、髪も空気中の水分が集まり凍結した結果雪のように白くなっていた。その姿はかつて拓実が凍結死させた遺体のような姿だった。当然、酸素の供給が止まり拓実自身死にかけ、現に寒くて死にそうだった。


 しかし今の拓実にとって、自分の体がどうなろうと知ったことではなかった。何故なら拓実は、己の呪い、もとい能力の在り方、そして再び自分の存在がどれほど仲間に影響を与えるのかを教えられた。その囚人達の想いがまた拓実に覚悟する勇気を与えた。


「あり得ない! お前のような不完全なガキに私の完璧な蠱毒を破ることは不可能に近い! まして洗脳睡眠ガスの効果は絶対、私に隷従することこそが幸福だと感じるよう――」


「うるせぇ! 早口で喋るな!」


 取り乱すロゼの話を遮り、拓実は鎌を使い豪快に彼の頬を殴った。そしてため息のように白い息を吐くと、顔を上げロゼの顔を睨んだ。


「アンタの言う通り、確かに俺は不完全なガキだ。事故とはいえ道を踏み外し、元高校生としてここに流された。ここにいる囚人も皆同じ、完璧じゃあない」


「今更になって気付いたのですか? まあいい、今度こそ息の根を止めてやるッ!」


 ロゼは叫ぶと槍の拳で拓実を殴った。しかし拓実は拳を最も簡単に回避し、氷の鎌で刈り取った。そして再び言葉を紡いだ。


「だが、不完全だからこそ、転んで痛い目を見て、自分なりの完璧や幸福を見つける。そこに死だの隷従が幸福とか、テメェの勝手な価値観を有無も言わさず押し付ける権利はないッ! そんな幸福が蔓延るなら俺は、たとえ仲間に怖がられようとも、テメェらの理不尽で不完全な支配をぶった斬るッ!」


 拓実が叫んだその時、猛吹雪が運動場を襲った。辺りに漂っていたガスは風に連れ去られ、空気中の水分が凍結し生まれたダイヤモンドダストは太陽光を乱反射させる。そして、拓実の鎌もまた光り輝いた。


「な、なんだこの異常な冷気は! この島に雪が降るなどあり得ない! 私の完璧な計算に狂いなどあり得ない! 《蠱毒・影蜂百撃槍》‼︎」


 明らかに混乱したロゼは、怒りに身を任せて槍を突く。しかし何度攻撃を当てようと、拓実の身体は蜃気楼のようにフッと静かに消え、百撃全てが空撃ちに終わってしまった。


「天気予報だって低確率とはいえ外れることもある。完璧なAIも神様も間違ったことは何度かある。とどのつまり、完璧なものなんてこの世に何一つとして存在しないんだよッ!」


「小癪なァ! 私こそが完璧、私は正しくなければいけない存在なのだッ! 《蠱毒最終奥義・影毒蜘蛛》‼︎」


 ロゼは叫びながら体の凍結した箇所を切除すると、残った影全てを使って毒蜘蛛の姿に変化した。そして、拓実に影で作った蜘蛛の巣を当て地面に拘束すると、残った影で蜘蛛の脚や牙を模した槍を無数に錬成した。その真ん中にはロゼがニヤリと笑いながら浮いている。


「さぁ私が産みし蠱毒の恐ろしさを味わうがいいッ!」


「それはこっちの台詞だ、蟲野郎ッ!」


 拓実は叫ぶと、蜘蛛の巣ごと身体を凍結させた。そして凍結した巣を鎌で斬り刻み、氷の煙幕を発生させた。そして一瞬でロゼの背後に回り込む。しかしロゼは、拓実の気配を察知すると、即座に糸を発生させ拓実を覆う。


 しかし拓実の周囲を襲う冷気は細い糸を瞬間凍結させ、鎌を振り下ろした。それにより周囲の影の槍はロゼと共に落下し、墜落地点から放たれた衝撃波は拓実とロゼを閉じ込める氷の檻になった。


 だがロゼは往生際悪く残った力で蜘蛛の足を大量に生み出し、再び立ち上がった。


「貴様、そこまでして恐怖で支配したいのか。この監獄を――」


「違う! 俺は力のない奴らのために力を使う! アイツらが己の罪を償って後悔なく死ねる場所を作る、それが力を持ち人を殺めた俺なりの落とし前だッ!」


「綺麗事を並べやがって! 私を否定するな、このクソガキがぁぁぁ‼︎」


 檻の中、拓実とロゼはぶつかり合った。お互い真っ向から走り、己の想いとプライドを賭けてぶつかり合った。そして一瞬、檻の中で太陽よりも眩しい閃光が走った時、拓実とロゼはさっきと逆の場所に立っていた。


 拓実の身体は、凍結が解除され毒が回り膝をつく。それを見たロゼは、今度こそ勝ちを確信した。


「だから言っただろう。私に勝つなど、100万光年――」


 しかしその時、ロゼの影が凍り始めた。そして身体もじわじわと凍結していき、気付けば足と地面が張り付き身動きが取れなくなっていた。


「いいこと教えてやる、ロゼ。アンタ100万光年100万光年って言ってるけど、ソイツは距離だ。どう足掻こうと、コイツは重大なミスだぜ」


「へ……あ! あああああああああ‼︎‼︎」


 その瞬間、ロゼのプライドがズタズタに壊滅した。あれほど天才と自称し、間違いはないと豪語していたばかりに、小さなミスが大きな痛手を産んだ。それが原因か、ロゼの影は消滅した。


「まあ、何はともあれアンタには俺が直々に天誅を下す! 《絶対零度・金剛猛吹雪》‼︎」


 拓実は鎌にダイヤモンドダストを纏わせると、ロゼを斬った。すると、太陽の光がロゼの周りに集中し、乱反射した光の熱がダイヤモンドダストの粉塵に火を付けた。そして、拓実の背後で、特撮よろしくな大爆発が発生した。



 それからしばらくして。拓実はロゼから解毒ガスを奪うと、彼を他の看守達に運ばせた。囚人達は無事に毒が解け、朝目覚めた時のように身体を伸ばした。


「兄貴、さっきの変な男は?」


「って、拓実さんその傷! 誰にやられたんですか!」


 拓実の傷を見た途端、何も知らない囚人達は騒ぎ出した。看守の傲慢な体勢に怒りを抱く者、どうしたらいいか分からずあたふたする者、そして何も理解できずポカンとする者。


 そんな彼らを見ながら、拓実は「なぁ!」と大声を上げた。


「皆は、今楽しいか?」


 突然の質問に、彼らは一瞬言葉を詰まらせた。やっぱり俺は怖いのか、一瞬拓実を不安感が襲う。しかし囚人達は互いに頷き合うと「はい!」と元気よく答えた。


「だって、何か来ても兄貴が助けてくれるし。でも何かあったら、兄貴のための盾になりますぜ!」


「お、俺だって!」


「私も、拓実さんのためまら!」


 そこから先はお祭り騒ぎだった。さっきまで激闘が繰り広げられていた極寒の運動場はどこにもなく、そこは宴会のように喧しく賑わっていた。


 やっぱり、俺はここにいてもいい。その事実を再確認すると、拓実は倒れるようにして眠った。毒が回って体が痺れていくが、不思議と死なないような気がして、そして悪夢を見ないような気がして安心して眠った。


 それは暫くぶりな、最高の睡眠だったとか。でもそれはまた、別の話。


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