8,準備。
〈追尾〉魔術の性能について、シアは再確認した。
たとえば同時に動かせる物体数は、動かす物体の質量に影響を受ける。矢のように軽いものだったら、589本も同時に動かせる。
一方、前領主を殺した塔のような重いものは、一つが限度。
ただし『そのまま重量で単純計算される』というわけでもないらしい。矢で同時に動かせるのが塔の重量分だったら、もっと多いはずだ。
射程距離については、どうか?
まず追尾の目印をつけるためには、一度は視界に入れる必要がある。
ただ追尾目印をつければ、距離500メートル以内ならば、どこまでも標的を追跡する。
もちろん弱点もある。自動の追尾中の矢は、自由自在に動かせられるわけではない。標的が盾などでガードしても、まっすぐに飛んでいくしかない。
ただ視界におさめながら、自分で操縦するならば、この限りではない。
いずれにせよ、『一度防御される』と、それはもう二度と〈追尾〉魔術はかけられないようだ。アレクからの攻撃を受けたとき、シアが叩き落した矢が二度と飛ばなかった理由はこれ。
「仕事をするか」
名簿によって、一人目の【恩恵】持ちの位置を特定。
入り組んだ領主館のある部屋内で、女とセックスしているところだった。自分の雇い主が殺されたことも知らないで。考えてみると、前領主をシアに殺された時点で、この手下たちは万死に値するといえる。
「ごきげんよう」
と、部屋の入口で声をかけると、行為に励んでいた【恩恵】持ちの男が、驚く。女をベッドから押しのけ、祈り始めた。
この男の【恩恵】の種類は信祷か。
信祷は能力発動に、特定の祈りを唱えねばならない。どのような信祷能力かは、奪ってから確かめるとしよう。
シアは矢を飛ばし、祈っている男の頭部を貫かせた。悲鳴をあげている半裸の女を廊下に出してから、男の心臓を抉り出し、食らう。
「……さて?」
【恩恵】種類は信祷──名は〈鎧〉。
信祷の祈りを唱え終えると、全身に不可視の〈鎧〉を装着できるようだ。
その〈鎧〉の防御力は、実物の鋼鉄の全身鎧を超える。
それだけ聞くと良さそうだ、が。
連続して装着可能の時間は、33秒。しかも装着のための祈りを唱えるのに必要な時間は、だいたい100秒。
「使いどころによっては……まぁ、ないよりはマシだろう」
〈鎧〉を〈奪う〉の使用スキルにセット。
残りのスロット枠は一つ。
次なる【恩恵】の所有者は、レナという女だった。
領主館の裏手で、野良猫にパンの欠片をあげている。ここには、野良猫に食べ物を分け与えるほどの余裕があるらしい。
今回は、相手に発見される前に仕留めることにした。
矢の追尾目印を仕掛け、発射──
する前に、同行していたセーラが、シアを止める。
「まってください、シア様。可哀そうな野良猫に、自分のごはんを分け与えるなんて。優しい人じゃないですか。殺すのは気の毒です」
「その基準は、不公平じゃないか? さっき殺した男は、セックス中だったから、殺してよし。しかし、この女は、野良猫に餌をあげているから、殺してはダメだと?」
「そうです、シア様。そういうところで、日頃の行いが良いものは、命を拾うのです」
「……いいだろう。おまえが領主だからな。じゃ殺さずに、話をつけにいくとしよう」
レナのもとに行き、『新たな領主』ことセーラを紹介する。
前の領主を、シアが殺したことを間接的に伝えながら。
レナは疲れた様子。目のしたにくまがある。不眠症だろうか。
「分かりました。あなたが、私の次の雇用主ですね。よろしくお願いします、レナです」
「あ、はい。よろしくです」
と、セーラが頭を下げる。腰の低い領主というのを売りにしておこう。
その後、ほかの前領主の刺客たちに会い、雇用主が変わったことを伝えた。ほとんどの者は納得したが、なかには前の領主への忠誠心を示すものもおり、セーラに敵意を向けた。
が、そういった者たちは、同行していたレナによって手早く殺される。
その手際の良さから、レナを殺さなかったセーラの慧眼に、シアはこっそりと感服した。
領主館の制圧が済んだところで、シアは武器庫から、良さそうなブロードソードを入手する。
これで槍脚ともおさらばだ。
ブロードソードを振るい、感触を確かめる。
そばにいたセーラが、あまり興味がなさそうに尋ねる。
「剣のほうが、好きなんですが?」
「ああ。かつては剣士だった。一応は。さて、準備も済んだ。〈混沌の館〉に向かうぞ」




