7,拠点。
地獄の種族は、シアのもといた世界にも存在していた。
どこの領域の種族だろうと、【恩恵】もまた存在するものだ。
領主が人間の皮をかぶっていたのは、【恩恵】ではなく地獄種族がよく使う古い手口。では領主(=悪鬼)には、何か固有の【恩恵】を持っていたのか?
シアは試しに、悪鬼形態の死骸の心臓を取り出してみた。が、蛆虫が湧いているので、さすがに喰らう気にはならず、放り捨てた。
かわりといってはなんだが、テーブル上に残っていたステーキをフォークで刺して齧る。
「セーラ、やはり〈混沌の館〉に行く必要があるようだ。道案内を頼むぞ」
避けられない運命だと覚悟したようで、セーラは文句をいわずうなずいた。
「物資を補給してから行きましょう」
この農園館には大量の食糧がため込まれていた。
食糧庫には何かしら腐敗防止の魔術がかかっているらしい。はじめセーラは、これらの食糧を、領民に配ることに乗り気だった。
しかし、ふいに顔を曇らせる。
「ですけど、これは争いの種になりますね。領民たちが貪り食えば、これほど豊富な食糧も、あっというまに食べつくされるでしょうし。そうして、残り少なくなった食糧を巡って、殺し合いとなるでしょう。いまや領主さまは死に、無秩序だけが残ります」
「ならば、おまえが新たな『領主』を務めればいい。〈平地〉の領民たちを率いることだ」
「そんな、わたしなんかが……でも誰かがやらなきゃ、ですよね?」
「かもしれない」
正直なところ、シアはセーラが拒絶すると思ったのだが。
このセーラという少女は、はじめに助けたときの印象より、利己的であり野心家だったらしい。
これから妹を殺すにせよ殺さないにせよ──シアにも拠点が欲しかった。
この領主館(=農園館)をセーラが支配すれば、申し分のない拠点となる。
「なら、まずはこの領主館を制圧するところから始めよう」
前領主の執務室から、使役していた刺客の名簿を入手。
その中で、【恩恵】所持と記載されているのは三名。そのうち一名はアレクであり、手書きで『S』と記されていた。おそらくSランクという意味だろう。さすがにSランクは言い過ぎだが──それでも〈追尾〉は、Bランクはあるだろう。
セーラに協力するのには、拠点づくりだけでなく、もうひとつの目的があった。〈混沌の館〉に乗り込む前に、さらなる【恩恵】を追加しておきたいというものだ。
どんな雑魚の【恩恵】でも、あるだけマシ。のちにもっと強力な【恩恵】を入手できれば、使えないものから上書きしていけばよい。
シアはペンを手に取り、アレクを横線で消した。
残りの【恩恵】持ちは二名で、少なくとも前領主の見解では、双方ともCランク。
前領主からしたら、〈追尾〉でSランクだったことを踏まえると、シアのランク付けでは、Eランク程度か。
ただし前領主には理解できない『強み』があるかもしれない。たとえば真のSランクスキルとは、素人には理解できないものだ。
「前の領主の刺客たちを、そのままお前の部下にする。そうすれば新たな領主として、この領地を運営するのも簡単になるだろう」
「ですが、わたしに付いてくれますか?」
「何も前の領主に忠誠を誓っていたわけではないだろう。刺客たちにとって大事なのは、ボスがいること、だ。そして前の領主を殺したおれを従えているお前は、奴らの新たなボスになる権利がある」
「シア様のことを従えた覚えはないのですが?」
「そうだな。だからこれから会う刺客たちの前では、おれのことを『様付け』で呼ぶな」
「刺客たちを、どうやって一人ずつ見つけていくのですか?」
「この名簿自体が、〈遺物〉のようだ」
「〈遺物〉?」
「特殊な力を秘めたアイテム、程度に理解しておけばいい。この名簿を使うことで、名簿に記された者の現在位置を検索できる。ちなみに名簿検索を発動する条件は、『当人たちが手書きで本名を記した』のようだな。……この領主館に、二人ともいるようだ」
「この名簿によると、刺客は全部で72名いるようですが?」
「しかし【恩恵】持ちは、二人だ──」
セーラが耳の後ろをかきながら、困惑した様子で呟く。
「シア様が【恩恵】を奪うためには、心臓を食べねばならない、ということは。その二人の刺客は、殺す必要がある、ということですよね」
シアは名簿を閉じた。
「どうせ人間はいずれ死ぬ」




