5,相棒。
シアは槍脚の穂先を、セーラの白い頸につきつけた。
「何者かは知らないが、矢を追尾させてきた者は出てこい。この娘を殺すぞ」
セーラが目配せしたがるので、シアは一瞬だけ目をあわせて安心させてやった。つまりこれはただの演技に過ぎないと。
しばらくして、ひょろりとした男が、魔杖片手に出てくる。その後ろでは、束になった矢が宙に浮いていた。浮遊型の魔術の使い手のようだが、かなり見事な腕と言わざるをえない。
ハッとした様子で、セーラが大声を出す。
「アレク! こんなところで何をしているの?」
「セーラ、無事だったのか。良かった……僕は、魔術の《恩恵》に恵まれてね。それで領主さまに雇ってもらったんだ」
セーラが小声で、シアに伝える。
「アレクは……同じ村の出身なんです、シア様。ですが三か月ほど前に姿を消してしまったんです。まさか領主さまのところにいたとは」
アレクが複数の矢を空中展開させる。敵意の眼差しをシアに向ける。どうやらこの男は、セーラに惚れているらしい。
「彼女を離せ。この下種野郎」
「いいだろう。領主の居場所を話したら、この娘を解放しよう」
思いのほかアレクの決断は早かった。領主の居所は、この農園建物の最深部であり、そこまでのルートも伝えてきた。偽りの可能性もあるが、嘘を組み立てている様子も見られない。ならば間違いないのだろう。
シアはセーラを解放し、その背を押した。
「行っていいぞセーラ」
「感謝します、シア様」
セーラがアレクのもとに駆け足で向かう。
シアは、空中展開する矢群と、アレクの腰に差している短剣の柄を見やる。アレクの意識は、すっかりセーラに向けられている。いま奇襲で槍脚を投擲すれば、アレクを貫けるだろうが……。
シアは背を向けて歩き出した。
「なにをする、セーラ、!」
ふいに悲痛の叫びに続き、血がごぼこぼいう音がした。
用心深く振り返ると、短剣を手に立っているセーラと、その足元で首を切られ血を流しているアレクの姿があった。やがてアレクは、信じられないという顔で息絶える。
セーラは短剣の血を拭ってから、ぞっとした様子で、自身の腰にさす。
「アレクに恨みでもあったのか?」
とシアは尋ねた。
「いえ、とくには。ですがシア様。アレクがあなたさまを見逃すということは、領主さまへの裏切りになります。となればアレクは殺されるでしょうし、やはりわたしの命も終わりです。ならばここはアレクを裏切り、あなたさまに同行するしか、生き残る道はありません。少なくとも、可能性の問題としては……あなたさまのお供をするのが、最も生存確率が高いかと」
「なるほど……」
この〈第肆世界〉の人間たちの道徳律がマイナスまで下がっているのか、またはこのセーラが、思いがけずに冷酷なのか、だが。
しかし自分でも不思議なことだが、こういう利己的な人間のことが、シアは嫌いではなかった。しばらくの旅の道連れとしては悪くない。どちらかが死ぬまでは、だが。
「シア様。ほかにも刺客がやってくる前に、先に進みましょう」
いくらか身体を震わせながらセーラが訴える。いまになって、打算でアレクを殺したショックを覚えているらしい。
「ああ。だが少し待ってくれ。アレクの魔術は使える。少なくとも、しばらくのあいだは──つなぎになるだろう」
「はぁ」
シアはアレクの死体のもとに向かい、槍脚の穂先で心臓を抉り出した。
びっくりしているセーラを見やり、簡単に説明する。
「魔術、聖技、信祷。これら三大系統の特殊能力は、ひとまとめに言うならば、《恩恵》という。そして、おれの《恩恵》は少々、変わっているんだ。『他人の《恩恵》を取得できる』」
さらに細かい条件をいうならば。
同時に取得できる《恩恵》は三つまでで、そこからさらに新たな《恩恵》を取得したかったら、何かひとつ上書きせねばならない。
とはいえシアは生き返ったとき、自身の取得《恩恵》がゼロになっていることに気付いていた。生前、せっかく『最強どころ』を選別したというのに。
「この《恩恵》──名をシンプルに〈奪う〉というが。〈奪う〉の取得発動条件が、少しばかり──ゲテモノ喰いでね」
「はぁ。あの、それとアレクの心臓を抉り出したことと、なんの関係があるのです」
「関係は大いにある」
そう答えてから、シアはアレクの心臓を食らった。
見つめていたセーラが、耐えきれずに嘔吐する。
心臓を食べきったところで、シアの視界に三つの空欄スロットが現れる。そのスロットのひとつに、アレクの魔術〈追尾〉がセットされた。




