37,適度。
ログ伯爵のたがが外れたらしい。
雇用中の護衛たち──つまりは傭兵たちを集めて、さっそく他貴族家への攻撃を指示しだす。
そのころシアは、ログ伯爵邸の厨房で、珈琲を飲みながら貴族家一覧表を眺めていた。
「ログ伯爵が暴走しだしたことで、ほかの貴族家も動きだすだろう。この貴族家の順位付けだと、全体の№2、つまり〈城主〉の右腕のことを〈調停人〉と呼んでいる」
「〈調停人〉ですか?」
と、ケーキを食べながら、セーラが問いかける。ところで今や、セーラは厨房のボスで、彼女の好きなものを料理人たちは調理している。伯爵家の食材を使って。この一点だけとって、セーラには王の素質がある、と解釈するのは早計か?
「代々、貴族間の問題を解決するのは、この〈調停人〉の一族、つまりアール男爵家のようだ」
「わたし、貴族の階級には詳しくないですけど、男爵って伯爵より下では?」
「そうだな。かつて、この世界が平和だったころは、〈調停人〉はもっと下級に属していたのだろう。だが世界は無秩序と混沌に襲われ、この城塞都市ドガルも、いつ侵略を受けるか分からなくなった。そんなとき、武力を持つアール男爵家の位が上がっていったのも、意外ではないな。そも今更、爵位の順位づけなど、この世界には無意味だろう」
「なるほど。ではログ伯爵の暴走を聞いて、一番に乗り込んでくるのが、この〈調停人〉ですね。つまり、アール男爵家」
「ああ。【恩恵】持ちだとすると、先手を打ったほうがいいかもしれないな」
などと話し合っていると、シアたちの『ご主人様』であるログ伯爵が、やって来た。
いまの状況に酔っているのか、病的に光った目をしている。
「この下僕ども! ジーン伯爵家に襲撃をかけると、おれは命じたはずだぞ! とっとと準備をしろ! この能無しどもが!」
シアは、貴族一覧表で、ジーン伯爵を確認した。ランキング的には、ログ伯爵家のひとつ上。
確かにログ伯爵家の位を確実に上げていくのならば、次に狙うのは、このジーン伯爵家だろう。
ということは、〈調停人〉にも読めることだ。シアが〈調停人〉で、待ち伏せを仕掛けるならば、このジーン伯爵邸を選ぶだろう。
そのことをシアは、ログ伯爵に説明した。つまり、いまジーン伯爵を標的にするのは、得策ではないと。
だがログ伯爵は聞く耳をもたず、怒鳴り散らす。
「腰抜けが! 誰がお前の意見など聞いた! いいからとっとと命令に従え!」
「少し黙れ」
「な、なんだと、おまえ、誰に向かって、そんな口を、ぐぁっ!!」
黙らせるため、シアは軽くログ伯爵の鳩尾を殴った。それから後頭部をつかみ、テーブルに額を打ち付ける。
「………な、な、な、」
思いがけない暴力に、ログ伯爵は痛みというよりショックで、しばらくのあいだ呆然としていた。
「これからする質問に答えろ。いいな?」
シアが静かにそう命ずると、ログ伯爵は突然の暴力ですっかり落ち込んだ様子で、うなずいた。
「わ、わかった」
「〈調停人〉のアール男爵家と関わりのある一族を述べるんだ」
「ア、アール男爵家の? そ、そういえば、いまの当主は、ケド公爵の一人娘と婚約しているはずだが」
シアは一考してから、さらに尋ねた。
「そのケド公爵の娘というのは、良い貴族の娘なのか? つまり、自分の市民に優しいとか、そういう意味でだが」
ログ伯爵が奇妙な顔をした。ケド公爵の娘と『優しい』の乖離に笑いつつも、ゾッとした様子でもある。
「まさか。あの女は、街区民をさらっては、手足を切り落とすなどの暴力行為に及んで楽しんでいるんだぞ」
「とはいえ婚約者ではあるわけだ、アール男爵家の当主と」
「将来の旦那の前では、貞淑な妻を装っているのさ」
「なるほど。ではまず、われわれは──というより、『ご主人様』。あなたはケド公爵家の娘を拉致し、アール男爵家に、舌を送り届けるんだ」
「舌? ど、どうやって?」
「もちろん、鋭利な刃物で切り取って、だ。それで様子を見てみよう。アール男爵が、怒り狂うのか、なんとも思わないのか。それで、次の手を決める」
シアの狙いは単純だ。
この貴族戦争を、できるだけ血なまぐさいものにしたかった。とはいえ、いまのまでは、貴族同士の争いで終わってしまう。
だから並行して、市民も巻き込んでいかねばならない。
思うに変革には痛みがつきものだ。それこそ、セーラを解放者として宣伝するのに適している。




