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34,手駒。

 


「あぁ? なんだ、てめぇは?」


 と、貴族の男はがらが悪く言った。貴族というのは血筋でなるものなので、とくに気品は不要らしい。いや、もっとまともな貴族社会だったら、貴族教育というものも存在したはずだが。


 などと考えつつ、シアは女児を逃がし、笑いをこらえているセーラを一瞥し、咳払いした。


「旅の者だ。こんな子供を足蹴にしたあげく、殺すなどと脅すとは。貴様はそれでも人間か」


 シアが思うに──弱者を殺すのは、そのまわりの者たちから恨みを買うだけなので、戦略的に優れてはいない。それでも行うときは、すべて殲滅するつもりで行うのが無難だ。殺さないか、皆殺しか。ゼロかヒャクか。


「知ったことかよ、この街区はなぁ、おれのものなんだよ。このおれ、ログ伯爵さまのなぁ」


 どうやら城塞都市内に複数の貴族がいるため、領土がわりに街区支配となっているらしい。


 さらにシアは、好都合な事実を知った。

 この男は、伯爵ということを。まだ20代くらいなので、爵位を持っているかは微妙だった。つまり、まだ親が爵位持ちの場合もあった。


 その場合は、まずその親を殺しておく必要があった(事故に見せかけるのが無難)。目的は、この使いやすそうな男に、爵位が受け継がれるようにするため。

 だが、そのひと手間は省けたわけだ。


「ログ伯爵──貴族だからといって、なんでも自由にしてよいことにはならない」


「下民の分際で、クソ生意気だな」


 ログ伯爵は護衛などをつけず、さらに剣を装備している。このことから、この男は腕に自信があるのではないか、とシアは考えていた。となると、次はどう出てくるか、だいたい読める。


「おい、ならここで身の程をわきまえさせてやる。決闘だ。なんだ、ぶるっちまったか?」


 ロングソードを抜き放つログ伯爵。さらにその剣身に火炎が走る。


「どうだ? これが、選ばれた民のみ得ることのできる【恩恵】の力だ」


 ほう、とシアは思う。

 これくらいの幸運はあっても良いのだろう。

 手駒に選んだ貴族が、【恩恵】持ちというのは。


 もちろんその【恩恵】を奪うかどうかは、考えものではある。いま手持ちの【恩恵】は、《弓射》、《鎧》、《汚染創造》。どれも捨て能力ではなく、上書きするならば、相応のものでなくては。とはいえ、選択肢ができるのは良いことである。


「覚悟しろ!」


 と、シアは役に見合ったことを言いながら、斬りかかった。

 ログ伯爵は【恩恵】を使いこなせていないのか、またはもともと雑魚すぎる【恩恵】なのか。斬り結んでいる間、炎はただ剣身を燃やしているだけだった。


 とにかく、シアは頃合いを見計らって、大袈裟に自分のブロードソードを飛ばす──ログ伯爵に弾き飛ばされたようにして。

 そして仰向けに倒れた。


「ぐあっ」


「へっ。口ほどにもない雑魚が」


 さて、とシアは様子を見た。ここでログ伯爵が公開処刑しようとした場合、シアとしても、この手駒候補の貴族を返り討ちで殺さざるをえない。しかし、シアの予想では、この手の男は──。


「このオレに絶対服従を誓い、ここで土下座して謝るのなら、下僕としてこきつかってやるぜ」


 出来た手駒だ。

 演技を続けるならば、ここは屈辱の表情でも浮かべておこう。シアは土下座した。


「も、申し訳ございません。どうか、命だけはお助けを」


「いいぜ、いいぜ。それとお前の連れの女は、オレがいただくからな。そこそこにいい顔と胸をしている。よし、ついてきやがれ」


 と、ログ伯爵は歩いていった。


 セーラがてくてく歩いてきて、シアのそばに屈み、小声で尋ねる。


「いけ好かない貴族の下僕になって、次はどうするのです?」


「おれたちの『ご主人様』であるログ伯爵が、貴族社会の中でどの地位なのかを確認する。それから、『ご主人様』を、貴族社会のトップに立たせてやろうと思う。それが手順2だ」


「仮に、この『ご主人様』が底辺貴族だったらどうするのですか?」


「その分、血が多く流れるというだけの話だろう。だが安心しろ。おれがどこかの貴族を殺しても、それはおれの仕業じゃない」


「なら、誰の仕業なのですか?」


「もちろん、『ご主人様』の仕業さ。おれたちは下僕に過ぎないんだからな」


「あぁ、『すべてはご主人様の命令で殺戮しました~』の流れですか。『ご主人様』もお気の毒ですね。こんな悪の塊を下僕に持つなんて」


「なにを言う。おれは、ご主人様に尽くすだけさ」

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