33,貴族。
赤魔汚染の地帯にあった全ての集落から、人々を〈平地〉の領主館へと移す。
このときシアは、あるプランを描いていた。
目的地に向かうとき、二つのルートを描いておけば、片方が失敗してもリカバリーできる。
一つ目のルートは、このまま〈理の王〉を探索すること。だがそれが失敗に終わっても、〈理の王〉、つまり妹自らが現れざるをえない状況を作っておく。
「セーラ。この地に、国家を作ろう。希望に満ち溢れた国家を」
「いきなり夢想家みたいなことを言い出しましたね、シア様」
〈理の王〉が絶望を人々に根差したいのならば、希望の民を作っておけば、それを滅ぼしに来るだろう。
ならば、そのための餌、『農園』をこの地に築けばよい。
後日。領主館の何人かと話し合い、〈平地〉に国を作るため、いくつか必要なことを知った。
まず国には民が必要であり、その民が必要な数に達していない。この場合の必要数とは、〈平地〉で大がかりな開墾をし、蟲たちを退きながら、豊かな農地を作るための人手。
その話を聞いて、セーラは呆れた様子で言った。
「人間がどんどん死んでいるのに、どこにそんなにいるんですか?」
しかし、どうやらいるらしい。
集落の老人が覚えていた。長らく赤魔汚染で分断されていたが、その先には、城塞都市がある。人口10万規模の、大規模な城塞都市であり、その名はドガル。
城塞都市ドガルは、いまや珍しい、貴族社会が生きている場所だという。
わずか一握りの貴族たちと、それに支配される民で構成されているそうだ。もちろん、老人が赤魔汚染に閉じ込められる前の話、何十年も前の情報だが。
しかし確かめてみるべきだろう。仮に、いまだ時代遅れな貴族支配が行われているのならば。
虐げられた民たちは解放者を求めていることだろう。その解放者をセーラが演じれば、それらの虐げられた民は、セーラの民となる。
場合によっては、セーラの国を、城塞都市ドガルへと移してもいい。いやさらにいえば、〈平地〉から、除染された赤魔汚染の地帯、さらに城塞都市ドガル一帯を、セーラの国にしても良い。そこまで国家として繁栄すれば、〈理の王〉も無視できなくなるだろう。
そこでさっそく、シアはセーラを連れて、城塞都市ドガルへと向かった。
今回は、レナに留守を任せる。レナが邪魔というわけでもないが──敵意をむけられているのは間違いない。
五日ほど、『元』赤魔汚染の地帯を歩き、ついに城塞都市ドガルに辿り着いた。
都市のまわりには、まずまず豊かな農地もある。旅人もそこまで珍しくないようで、シアは門衛に架空の村の名を告げ、そこから食べ物を求めてきた、と説明した。
「この妹のセーラを、娼館に売るつもりだ」
と、セーラの肩を叩いて説明する。
セーラはうんざりした様子で言った。
「ああ、わたしですか」
門衛は納得したようで、都市ドガル内に入れてくれた。
しばらく探索すると、すぐにドガル内の情勢が分かってくる。多くの栄養失調で、疲れた市民たち。そのなか何度か見かけた貴族の者たちだけが、実に健康そうで、楽しそうだ。しかし……
「さて、シア様。どういう計画ですか? まさか、いきなり貴族を皆殺しにするわけではないですよね? 手っ取り早くはあるかもしれませんが」
「おれは、動くものはなんでも殺すわけじゃない。ただ当初は、それも手のひとつだった。だが状況が変わった。見てみろ。平民たちは、貴族たちに支配されながらも、それを受け入れている。長らく調教されたため、貴族への憎しみがないんだ。よって、いまここで貴族たちを殺しても、『解放者』にはなれない」
「では、どうするのですか?」
「まず貴族社会を、少し変える必要があるな。貴族たちが、もっとより平民を虐げ、痛めつけるように。虐待の限りを尽くすように、煽ってやる必要がある。平民たちが、もう我慢できない、貴族たちを誰か殺してくれ、と求めだすように」
「貴族たちを変える?? それこそ、どうやるのですか?」
「まずは、利用できそうな貴族に近づくとしよう」
貴族と一目でわかるのは、時代錯誤な豪華な衣服に身を包んでいるからだ。それに歩きかたひとつとっても傲慢の塊。
いま、20代の男の貴族が、自分の歩く先に転んできた女児を蹴飛ばしている。
「おい、クソガキ。邪魔だ。殺すぞ」
シアは駆けていき、転んでいた女児を助け起こす。
そして、貴族の男をにらんだ。
「弱者を虐めるとは、なんという悪辣な男! 正義の鉄槌を受けてみよ!」
後ろでセーラが笑いを押し殺した様子で言っていた。
「シア様の迫真の演技──お腹をかかえて笑いたい!」




