30,潜水。
巨大な眼球に、蟹のような脚が付属していても驚きはなかった。
しかし想像以上に速い。シアは斬撃をくらわそうとしたが、躱されてしまう。
さらにブロードソードの二撃目は、触手に剣身を絡み取られる。シアはいったん力を抜いてから、素早く手前に引いて、剣身を抜き取った。
後退しながら《弓射》でエネルギー矢を放つ。真っすぐに射貫くはずだったが、眼球のいわば瞳孔が空虚となり、そこから赤魔汚染の液体が噴き出される。これがエネルギー矢の軌道を逸らす。
さらに赤魔汚染はシア自身にも降り注いだ。
「《汚染耐性》を保有しておいてよかったな」
しかし視界を一瞬でも失ったため、巨大眼球を逃していた。
いやあの生命体こそが、真の〈赤の使徒〉なのだろう。赤魔汚染の発生源でもあるようだ。
となると、その【恩恵】が気になる。赤魔汚染を発生させ、人間と亜人に《汚染耐性》を付与し、かつ赤魔汚染内に亜人を飼っており──
「亜人か」
足元の赤魔汚染だまりから、亜人が飛び出してきた。反射でその頭部をたち斬り、後方へ跳ぶ。
さらに亜人が何体も追いかけてくるので、エネルギー矢で一掃しておく。
それにしても、とシアは考えた。
〈赤の使徒〉の【恩恵】は、複数の能力があるのだろうか。汚染、耐性付与、そして亜人。少なくとも汚染の発生と、その対抗策である耐性スキル付与までは分かる。
だが『亜人を発生させる』という能力は、かなりかけ離れてはいないか? 【恩恵】に複数能力があったとしても、関わりはあるはず。
やはり全ての中心にあるのは、赤魔汚染か。
赤魔汚染が亜人を発生させているのではなく、単純に、その中から出てきているだけなのだろう。
それならば、それは亜人発生の能力ではなく、赤魔汚染そのものに付与されている特質となる。
つまり、『赤魔汚染の中に入ることができる』。入るための条件は、《汚染耐性》が付与されていること、あたりではないか。
シアはものは試しと、手近の赤魔汚染の液体に飛び込んだ。床に広がっていただけの液体だが、いざ『入ろう』という意志のもと飛び込むと、まるで深い湖に飛び込んだかのようだった。
底のない赤魔汚染の湖中を泳ぐ。視界は良好ではない上に、そこら中に、亜人たちが沈んでいた。まるで死体のように沈んでいたものが、侵入者であるシアに気付くなり、自在に泳いで向かってくる。
あいにくシアは泳ぎは得意ではなかった。
そこで《弓射》エネルギー矢の応用。エネルギー矢の発射と同時に、その矢羽を掴んだ。エネルギー矢を移動用として活用するわけだ。ただし矢羽の部分もエネルギーの塊である以上、掴んだ左手が焼けるが。
とにかくエネルギー矢に引っ張られ、亜人の群れを突破。さらに深いところに沈んでいた、〈赤の使徒〉を見つける。
眼球だが──驚いたように思えたのは気のせいか。まさか赤魔汚染の底にまで追ってくるとは、夢にも思わなかったのだろう。
〈赤の使徒〉は慌てた様子で触手を張るが、今回、シアはまず触手から両断することにした。
慌てずに。すべての触手を切り裂き、最後に本体──その巨大な眼球に、ブロードソードの切っ先を叩きこんだ。




