29,眼球。
館内を、できる限り物陰を使いながら移動していく。
屋内巡回の兵をちらほら見かける。館外の騒ぎも、屋内までは届いていなかったようだ。
いまも、柱の陰に潜むシアから五メートルのところで、二人の兵が話し込んでいた。会話の内容は、女や食べ物のこと。隊長が見つけたら、どやしつける光景だ。
シアはブロードソードを柱に立てかける。
隠密に殺すのには、あまり適さない武器だ。それから柱陰から飛び出、急襲。一人目の首をへし折り、二人目が警告の声を発する前に、その喉を殴りつぶす。
二人の死体を柱陰まで引きずっていってから、ブロードソードを装備しなおして、さらに奥へと進む。
しばらくして、セーラとレナを見かけた。シアが二階通路にいるときに、二人は一階ホールを移動していた。
向こうはこちらに気付いていない様子。レナが先導して、館の出口を目指している。途中、兵に見つかり呼び止められるが、レナが手早く短剣ダガーで刺し殺した。あのダガーは、隠し持っていたものらしい。
想定通りに、セーラとレナは自力脱出したか。
それを見届けてから、シアは先へと進んだ。
やがて、美術品が展示されている部屋に出た。これらの美術品は、まだ世界が狂いだす前のものだろう。少なくとも、ほとんどの民が飢え、殺しあっている世界で、美術品ほど不要なものもない。
この展示室の中央に、黄土色の髪の男が、こちらに背を向けて立っていた。
近くに兵がいないことを確認してから、シアは足音を立てて近づく。
はっとした様子で、黄土色の髪の男が振り返る。
「なんだ、貴様は? 誰の許可を得て、ここに入ってきた?!」
「〈赤の使徒〉だな? この地にやってきて、赤魔汚染の耐性を、一部の人間にのみ付与し、自分の兵とした。そうして、自分の帝国を築いた。とはいえ、小さな帝国だがな。小さな集落しか支配していない、惨めなものだ」
「貴様、どこから入ってきた、と聞いている!」
「だが、あんたは【恩恵】を付与できるらしい。それは《汚染耐性》という、ひとつの【恩恵】限定なのか? それとも、好きな【恩恵】を付与できるのか?」
〈赤の使徒〉は、駄々をこねる子供のように喚きだした。
「だからどこから入ってきたと、聞いているんだぁぁぁ!!」
シアは怪訝に思う。どうにも、この〈赤の使徒〉には、支配者としての何かが足りていない。威厳か理性か。
かつての、もっと秩序のある世界での王族、などならばおかしくはない。が、この荒れ果てた世界で、この幼稚なメンタリティで支配者として通るものなのか。
「まぁいいだろう。どのような【恩恵】なのかは、心臓を食らえばわかる」
「な、なな、なんだ、貴様、ち、近づくな!! だ、誰か来い! はやく、この私を、助けろぉぉぉぉ!!」
あまりに小物すぎる。何か、切り札を隠しているのかもしれない。それを出させる前に、その首を刎ねる。生首がゴロゴロと転がっていくのを眺めてから、シアは呟いた。
「こいつは、本当にただの小物か。すると、まだどこかに黒幕がいるのか」
何の前ぶれもなく、〈赤の使徒〉の胴体が持ち上がる。さらに内側から裂け、巨大な生き物がはい出してきた。まさしく巨大な──眼球が。
〈赤の使徒〉の体内に潜んでいた『眼球』からは、鞭のような触手が何本も伸びている。
ふとシアは、盲目の老人の言葉を思い出した。
──あれを見たか?と、老人は言っていたが。
「なるほど。これのことか」




