26,従順。
しばらく進むと、赤魔汚染に浸食されていない領域に出た。
『この一線から』というように、明確に『浸食しない一線』というものがあるようだ。つまり意図的に汚染されていない。
そこには集落ができており、やせ細った人々が生活していた。みな飢えているようだ。無理もない。こんなところに押し込められていて、まともな食べ物にありつけるとは思えない。
シアたちに気付くと、集落の人たちが、集まってきた。
現実的な判断として、レナは自分たちの食糧を隠そうとした。
一方、セーラはその場の善意にかられて、食べ物を飢えた市民に分け与えだす。
その光景を眺めながら、シアは奇妙なことを思った。セーラの内面には冷血さと寛大さが同居している。案外、それこそ王の素質なのでは、と。
しばらくはそれで良かったが、やがて別の勢力が現れる。赤魔汚染の向こうから、20人ほどの、赤い鎧を装着した男たち。飢えとは無縁の、健康そうな身体をしている。
分かりやすく、〈赤の使徒〉の配下だろう。そして、この集落の人々を支配している。集落の人たちは怯えた様子で、逃げ出した。
〈赤の使徒〉の兵たちがこちらに来る前に、シアはブロードソードを、集落の外へと投げた。
〈赤の使徒〉たちに取り囲まれたとき、連中の視界の外にブロードソードは『逃がした』状態となる。隊長格が剣を抜いて、脅してきた。
「よそ者が。ただちに降伏しろ」
シアはセーラの耳元で囁いた。
「レナに抵抗しないように指示しろ。ここで戦いとなったら、集落の人たちも巻き込まれるぞ」
「あいにく、わたしはそこまで善良ではありませんよ。……ですが、シア様の指示なら仕方ありません」
セーラが、抵抗するなという指示を、レナに出す。レナはレナで、セーラの指示だから仕方ないという様子で、頷いた。
シアは敵意がないことを示すように、両手を上げた。それから声を震わして言う。
「おれたちは、ただ通りかかっただけだ。あなたたちと問題を起こすつもりはない」
少し演技過剰だったかと心配したが、〈赤の使徒〉の兵は、弱者を甚振るのに慣れているようで、演技にも気づかなかった。
隊長は汚い歯をむきだして笑いながら、剣を鞘におさめた。
「ただの腰抜けか。おい。そこの食糧は、〈赤の使徒〉さまのものだ。われわれが頂戴しよう」
「分かりました。すべてを差しだします」
「そっちの女どももだ」
セーラとレナを隊長が指さす。兵たちが好色そうにニヤニヤ笑っている。
シアは従順にうなずいた。
「もちろんです」
連れていかれるさい、セーラが小声で素早く文句を言ってくる。
「シア様、わたしのことを駒に使うのは、やめて欲しいですね」
シアは肩をすくめた。〈赤の使徒〉の兵は手際よく、押収した食糧とセーラとレナを連れて、立ち去った。
ただし、五人の兵だけは隊長の命令で残った。
この集落からまだ略奪できるものがあるか探すためらしい。さっそく集落のボロ屋のひとつに入り、荒しだす。
すっかり『空気』扱いとなったシアは、先ほど遠くへと投げたブロードソードを拾いに行く。
戻ってくると、集落の人が前に進み出てきて、気の毒そうに言った。
「〈赤の使徒〉は、ああやって全てを奪うんだ。あなたも、お連れのかたは残念でした」
「ありがとう。ところで、ここに火はあるかな。火を燃やしておいてほしい」
五人の兵が荒している家に入る。何をダラダラしているのかと思えば、そこの女を犯すのに忙しかったようだ。旦那らしき男が、そばで殴り倒されている。
シアがとくに足音も殺さずに入ると、順番待ちしていた兵たちが、一斉にこちらを向いた。
「てめぇ、一体なにを──」
シアは素早く姿勢を下げ、ブロードソードを一閃。ひとまず順番待ち四人の両足を、膝のところで両断。
それからレイプ中の男が、こちらに気付くのを待つ。女から離れてもらわないと。
「な、なんだ、てめぇは、おい、おれの部下に何をしやがった!!」
「そう、離れてくれると助かる。女の足まで切らずに済むからな」
再度ブロードソードを一閃させ、その男の両足も、膝のところで両断した。
それから呆然としている集落の男たちの手を借りて、五人の兵たちの止血をした。両ひざの切断面を焼くことで。
そうして失血死から救ったところで、五人の兵たちをそれぞれ椅子に座らせる。
血の気が引き、がたがたと震えている五人の兵たち。それを眺めてから、シアは分かりやすく話した。
「さっきは人数が多すぎた。一人でも取りこぼし、〈赤の使徒〉に警告され、用心されたら困りものだからな。さて、おれは紳士的に尋ねよう。〈赤の使徒〉とは何者で、どこにいて、どのような能力を持っている?」
リーダー格が、謎の気合を出して怒鳴る。
「な、なにも、話すんじゃねぇぞ!!」
シアは溜息をついて、そのリーダー格のもとに向かい、その顔面にブロードソードの柄頭を振り下ろした。
五回ほど振り下ろし終えたころには、顔面は陥没していたが、まだ息はあり、気道からひゅーひゅーという空気音だけがしていた。
シアはほかの捕虜たちに顔を向けて、珍しく微笑んだ。
「さて。無理はしないほうが、身体にいいぞ?」




