22,汚染。
前領主は〈平地〉の外に呪いがあると言っていたが、あながち間違いではないようだ。
〈平地〉領土を出てしばらく進むと、徐々に大地に汚染の兆候があらわれだす。この汚染源は不明だが、毒沼のように有害なのは明らかだ。
これは赤いドロドロしたもので、生物を溶かす。憐れな小動物が落ち、すぐに溶けだすのを見かけた。
「かつて、外からのある旅人が『赤魔汚染』と口にしていたのを思い出しました──その旅人は、前領主の命令により、私が殺しましたが」
とレナが話す。
ひとつ不可解なことは、この赤魔汚染の液体が、斜面をのぼっていることがあることだ。
これは二つ考えられた。目の錯覚で、本来はそこは下りなのか。または赤魔汚染は、微生物のあつまりか何かで、自在に移動できるのか。
半日ほどは、シアたち以外に生きている者は見かけなかった。やがて荒地のなか、場違いなほどに整えられた丸太小屋を見つける。
レナが偵察に志願したので、シアとセーラは待機した。
しばらくしてレナが戻ってくる。
「危険はありません。小屋内には、盲目の老人が一人いるだけです」
セーラへの報告だったが、シアが自分の考えを述べた。
「この過酷な環境で、どうやって盲目の老人が一人で生きていられるんだろうな」
レナはシアへと視線を向けて、肩をすくめた。それから淡々と言う。
「分からない。世話をしてくれる家族がいるのかもしれない。いまは外出中なのではないか」
セーラとシアに対する態度の違いは明らか。レナは『自分が仕える主』を、明確に決める性格なのだうろ。ゆえにセーラには従うが、その同行者であるシアは、同格と見なしている。シアはとくに気にならなかったが。
「山小屋に行ってみよう」
シアが先頭で進み、山小屋の扉をノックする。
反応がないので、ゆっくりと押し開けた。
確かに盲目の老人が一人、粗末な椅子に腰かけている。半開きの口から涎を垂らしながら。一瞬、とっくに息絶えているのでは? と疑った。
だがまだ生きているだけでなく、シアたちの来訪にも気づいていたようだ。右手で虚空をかきながら、切羽詰まった調子で言った。
「あれを見たか? 貴様たちは、あれを見たのか?」
セーラが不気味そうに言う。
「何を見たというのでしょうね? このおじいさんは、失明しているのに」
「もしくは、その何かを見たことによって、失明したのか」
小屋の外から、奇妙な音がしてくる。ぴちゃぴちゃ、という。
このときセーラの私設部隊である三体の混沌の信徒は、小屋から少し離れたところに待機させていた。いざというとき、小屋から離れた地点から支援攻撃できるように。だからシアは、はじめ信徒たちがやって来たのかとも思った。
しかし、どうも違うようだ。
ブロードソードを抜きながら、小屋の外に出る。
赤魔汚染から、数体の亜人たちが這い出してくるところだった。だが亜人の身体の一部は、赤魔汚染によって溶けている。それでも、斧を武器にして、シアに襲いかかってくる。
シアは最小限の動きで躱してから、亜人の首を刎ねた。
その生首が地面に転がり──首の断面から無数の脚が生えだして、生首型の怪物と化す。これを、セーラの曲剣が叩き割った。
「気持ち悪いっっ! シアさま、まさかこれは混沌の主の能力ですか?」
「いや混沌の主の《改造》ではないだろうな。もっと原初的な進化だ。いずれにせよ──囲まれたな」
気づけば、亜人たちの大群が山小屋を取り囲んでいた。赤魔汚染から現れるのならば、まさしく神出鬼没。
「老人が見たのは、この光景ですかね?」
「いや違うだろうな。セーラ、お前はその老人を背負え。ここを脱出するぞ」
「シア様が人助けとは。やはり心はお優しいのですね」
「ああ。『情報源』の可能性がある人間には、優しいさ」




