19,私設部隊。
城内を探索するのに半日を費やした。
混沌の主に忠告した者について、何か手がかりはないか、と思ってのことだ。
混沌の主は、シアについて何者かからの忠告を受けたと口を滑らせている。それが〈理の王〉でないことは間違いないが、では誰なのか。
そもそも忠告の内容とは、どのようなものだったのか。
おおまかに、二つの可能性がある。ひとつは『〈平地〉の外から来た者が、すでに領主を仕留めている。気をつけろ』程度か。
もう一つ考えられるのは、『女神ラーズが死者を蘇らせ刺客として送り込んできた』というものか。この場合、その忠告者は『知りすぎている』。
シアが考え込んでいると、探索を終えたセーラが戻ってきた。シアと同じく『空振り』だったようだが。
「シア様。何か考え込んでいるようですね。わたしが思うに、混沌の主の息の根を、速攻で止めたのは失敗だったのではありませんか? 少なくとも、尋問するべきだったのでは?」
「いや、殺せるときに混沌の主を殺したのは正しかった。忠告を受けておきながらも、混沌の主が油断していたのは間違いない。そうでなければ、自ら姿を現す必要はなかった。信徒の幹部を配置につかせ、おれたちを待ち構えればよかったんだからな」
「つまり、殺せるときに殺さず、逃げられる事態だけは避けたかったわけですね」
セーラは腕組みして何か言いたそうにしていた。が、外からの騒ぎを聞きつけて、近くの窓に向かう。そこから、城の中庭を見下ろした。
「見てください、シア様」
シアもセーラの隣まで移動し、中庭を見下ろす。そこでは〈槍脚〉兵や〈蝙蝠〉兵などの混沌の信徒たちが集まり、さらに互いに争い出していた。
まさしく殺すか殺されるかの、激しい争いだ。しかも手あたり次第といった様子で、徒党などが組まれているわけでもない。
セーラが気の毒そうに言う。
「混沌の信徒たちは、支配者を失い、コントロールを失っているようですね。どうしますか?」
「主の《改造》という【恩恵】は、改造したほとんどの信徒の自我を失わせるようにできていた。だから、おれたちにはどうすることもできない」
「自我を失いコントロールも失われ──同じ信徒同士で、殺し合いを初めてしまった、ということですか? 見るも無残ですね。シア様。もうここに長居は無用では?」
「ああ。だが──しばらく、ここで待ってみるのもいいかもしれないな」
「なぜです?」
「根本的な話。生きるためには働かねばならない──それはそうと。宝物庫を見たか? 金銀財宝が大量にあったが、あれを常時運搬する手段がない。大半はどこかに隠しておくとしよう。それからひとまずの軍資金分だけを残しておく」
「どこに隠すにしても、人手が足りませんよ」
「だから、ここで待ってみるのも手だ、と言っているんだ」
意外なことに、この城内には、混沌の主以外にも人間がいた。
どこかに隠れていたのが、しばらくして恐る恐ると姿を現したのだ。料理などで、混沌の主は身の回りの世話をさせていたのだろう。
セーラが、これら人間たちを城の裏口から逃がしてやる。
シアは厨房からパンを取ってきて、中庭の殺し合いを見下ろしながら食べた。
朝方には、中庭には生きている信徒は残っていなかった。殺し合いのすえ、自我を失った信徒たちは全滅したようだ。
厨房では、セーラが楽しそうに創作料理に挑戦している。ここも領主の館に負けず、食材が豊富に集まっている。
やがて、三体の混沌の信徒が、謁見の間にやってきた。示し合わせたように、同じころに。
〈槍脚〉族、〈蝙蝠〉族が一体ずつ。それと三体目は、初めてみる形態だ。人間サイズの蟷螂だが、鎌とは別に、人間の両手もある。
料理をお盆にのせて、セーラも戻ってくる。そして三体の信徒を見て、「あっ」と声を上げる。
「シア様、彼らは?」
「自我が残っている、稀な混沌の信徒たちだ。ほかの自我のない大半の信徒たちが全滅したころに、何体かやって来るかと思っていた」
「その──目的は? まさか主の復讐ですか?」
「当人たちに聞いてみろ。だが違うだろうな。主を失った以上、自我を持つ信徒たちには行き場がない。〈平地〉の人間には忌み嫌われているので、どこかの宿の厨房で雇ってもらう、ということもできない。ならば、主を殺した者──つまり、おれたちを頼るしかない」
「はぁ。それで、雇われるのですか、シア様?」
「さぁな。どうする?」
セーラは驚いた顔をする。
「え? わたしに選択権があるのですか?」
「おれは今更、混沌の信徒の『傭兵』などは必要がない。だが、お前は違う。おれと同行するのならば、お前は手足となる傭兵──私設部隊のようなものがあってもいいだろう」
「はぁ……私設部隊ですか。響きがいいですね。では、雇いましょう」




