第五十一話 梓の声!(箱根駅伝・往路激走編 最終話)
トップ・法正大学の
天堂龍之介が
5区スタート地点から
およそ13kmの宮ノ下まで
快走を続けている頃、
9位・城西拓翼大学の
力石守は、箱根山の麓である
箱根湯本を通過していた。
ここでも
冷たい向かい風は
ますます強くなり、
水っ気を含んだ小雪が
ランナーを襲う!
上半身は長袖であるため
問題ないのだが、
この雪が
地肌の露出している
顔や脚に当たり、
まるで、あられに
打たれ続けているかのような
痛みが走っていた!
一応、
力石も風対策として
サングラスをしているが、
それにも関わらず、
それと顔の隙間から
雪や砂が入り込んできて
視界は非常に悪い。
さすがに、悪天候ゆえに
レース前に想定していた
タイムには遅れてはいるが、
それでも、
風に押し返されないよう
前傾姿勢のままペースを守り、
無難にコースを攻略していた。
第五十一話 梓の声!
箱根駅伝5区
15キロ地点。
小涌園前を過ぎたあたりにて。
「よーし!力石!
難所の小涌園までしっかり
攻略できてるぞ!
抜かれる心配はないし、
このままのペースでいい!
ここは無理せず
順位を落とさないよう
明日へ繋げよう!」
この日、
往路の陣頭指揮を任され、
監督車の助手席にすわる
濱上順平コーチが
備え付けのマイクで
指示を送る。
力石も右手を軽く挙げ、
これに応えた!
「ふうー。
このまま、無事に
ゴールしてくれよ。
ところで、梓。
力石の出番になってから
ずっとご機嫌だな。
彼氏の活躍を
こんな間近でずっと見れて
嬉しいんじゃない?」
濱上が後部座席で
集計をしている
マネージャーの川口梓に
声をかける。
「ちょっ!?コーチ!
な、何なんですか!?
茶化さないでくださいよ!
今の私は力石くんの
彼女である前に
マネージャーなんですよ!」
少し膨れっ面を見せてはいるが、
ついつい目元は緩んでしまう。
そんな姿を見て、
その隣に座る櫛部川監督も
微笑ましい気持ちになっていた。
しかし、箱根の山は甘くはない。
力石が山の頂上を越えて
最後の下り坂を越えたあたりで
まさかの異変が起きた!
首を激しく左右に振り、
蛇行をし始めたのだ。
(どうした!?
怪我をした様子もなかったし…
もし、ありえるとすればッ)
「ここにきて低体温症、
もしくは低血糖症か!?」
濱上の脳裏に、
途中棄権の文字がよぎった!
その瞬間!
力石の脚が絡れ、
バタっと正面に倒れる!
咄嗟に
右腕で受け身を取ろうとしたが
間に合わず強く額を打ちつけ、
装着していたサングラスも
大きく破損!
頭を打ったこともあり
一瞬、気を失いかけたが
観客の大きな声援に
意識を取り戻し、
壊れたサングラスを投げ捨て
すぐさま立ち上がる!
だが、
両膝と右腕、額からは
血が流れ出し、
シグナルレッドカラーの
ユニフォームとタスキを
さらに真っ赤に染め上げていた。
1歩、2歩、3歩と
フラフラになりながら
歩きだし、再び走り出す。
ゴールまで残り1キロ!
もはや、
観客の声すら聞こえていないが
それでもゴールに向かって
走ることができるのは、
ランナーとしての
本能であろう。
しかし、完全に失速した力石を
後方のランナーが1人、
また1人と追い抜いていく。
(どこなんだ?ここは?
何も聞こえないし、
ただただ、力が入らねぇ。)
「監督…。もう限界でしょう。
次に力石が倒れたら
棄権…させます。」
濱上コーチがそう言うと、
監督の櫛部川も黙って頷く。
これを聞いた梓は
下を向きながら、
顔を両手で覆い
泣き始めてしまった。
そして、それと同時に
力石が脚を滑らし
再び転倒!
濱上コーチが監督車を止め、
助手席から飛び出して
駆け寄ろうとした
その時だった。
「力石ーッ!!
最後ーーッ!
もうちょっとだからー!
頑張って!!」
後部座席から、
必死に声かけをする梓がいた。
(あれ!?これは梓の声!
そうだ!今は箱根駅伝!
俺はこのタスキをッ、
何としてもッ
繋げなくちゃいけないんだ。)
立ち上がった力石は、
近寄ってきた濱上コーチを
振り切るように走り出した!
「マジか!?
こんなことがあるのか?」
監督車にいる櫛部川が驚き
隣の梓の方を見る!
「監督…。私も本当は、
もう力石くんに
無理をして欲しくないんです。
だって、
今もまだフラフラだし、
血もいっぱい出てるし…!
私は残酷な彼女でしょうか?」
「いいや。
梓の声が力石を救ったんだ。
間違いなく
力石にとって、
君は勝利の彼女なんだよ。
だからゴールしたら、
今日の頑張りを
優しく労ってやってくれ。
その資格があるのは
川口梓ただ1人だ。」
梓は黙って頷いた。
この日、なんとか復活をした
城西拓翼大学の力石守は
ゴール芦ノ湖まで
タスキを繋ぎきり、
往路を14位でフィニッシュ。
しかし、シード権内である
10位の埼玉帝強大との差は
3分12秒と大きく
開いてしまっていた。




