第二十八話 ぬけぬけ病
全日本大学駅伝から、
1週間後…。
城西拓翼大学の陸上競技場に、
キャプテンの石川涼介の姿はなく、
寮の自室で
一人、安静にしていた。
全日本後に、
体調不良を訴え、
病院に運ばれた結果、
ストレスによる「十二指腸炎」で
あることが判明したからだ。
幸いにも初期症状であったため、
全治1ヶ月と診断されたが、
正月の箱根駅伝まで、
1ヶ月半…、
調整がギリギリ間に合うか、
という状態である。
城西拓翼大学も部員が増え
確かに選手層は以前より
厚くなってきているが、
それでも、涼介に
代わるような選手は
いないのだ。
(最悪…。
涼介には無難な区間を走って
もらうしかない。
あと…。
それ以上に、アイツの方は、
完治の見込みがわからない分、
もっと難儀かもしれん。)
チーム練習に入れず、
濱上コーチと二人で
調整を続けている
蒼太に目をやりながら、
監督の櫛部川は、
苦悩していた。
第二十八話 ぬけぬけ病
この日の練習後。
監督室にて。
「濱上…。
やはり、アイツは…。」
櫛部川は、
コーチの濱上に
蒼太の様子について聞いた。
「確かに、
蒼太からの話を聞く限り、
私が現役の時に感じた
あの症状とそっくりですね。
ただ…
病院の先生も言っていましたが、
今はその断定ができないと…。」
「そうか。だが、
『走っている時に急に力が抜ける。』
『片足を出した後に、もう片方の足を
出すことがスムーズにいかず、
とても違和感を感じる。』…か。
これは、
かつての俺や濱上、
そして、
多くの有力ランナーたちを
引退に追い込んだ…
『ぬけぬけ病』の症状に
まるでそっくりじゃないか…。」
櫛部川は頭を抱えて下を向く。
『ぬけぬけ病』
精神的なストレスにより
上手く体を動かせなくなる
イップスの一種という説もある。
しかし、
イップスという言葉が
世間で浸透する以前から
長距離ランナーの中には
走行中に急に足に
力が入らなくなる症状として、
すでに認知されおり、
完治の方法は、いまだに
明確とはいえない状況である。
「涼介もそうですが、
蒼太もまた、代わりのいない
選手であることは確かです。
それに、二人なくして、
今の城西拓翼大学は
存在しなかったはず。
なので、監督…。
ここは思い切って、
本戦のオーダーを…
区間配置を大きく変えて、
目標を総合3位以上から
『シード権死守』に
切り替えましょう!
これが、そのための
オーダーです。」
前回大会で
総合4位に入ったメンバーが
9人残っているにも関わらず、
目標を下方修正することは、
とてつもなく、
勇気のいる決断であったが、
濱上コーチの提案を見て、
櫛部川も覚悟を決めた!




