あきないのか
商人は、生産者と消費者を仲介して手数料を取るだけの楽な仕事。社会の寄生虫。
……などと、昔の人は のたまひました。
……しかし。
頼んだ置物は、これかい?
……四角い猫に、首の短い亀。鼻の短いゾウ……。
あぁ……
フクロウなんて、材料の丈を減らしたせいで、猿の脳みそ(※猿の首を頭蓋の上だけ切って出す料理)みたいじゃないか。
土着の神様の像もひどいもんだ。
薄い板を材料を使ってるせいで体がペッチャンコ……。
これじゃあ、机に置いても倒れちまうよ。
……どれも これも、見せてもらった見本と違いすぎやしないかい?
……まぁ、職人なんて言ったところで、九割がたは『飲む打つ買う』だ……。
カネさえあればってんで、仕事も基本、やっつけだ。
おまけに、お前さんがた異国人を金持ちと見てるから、『金持ちは余裕あんだから、こんぐらい……』って、言い訳するのさ……。
その辺をアメとムチで うまくやるのがアンタの仕事だろうに。
……なにか問題が?
あぁ……、最近はこちらも発展した。
昔は靴なんてはいてなかったし、舶来品も買えなかったのが、そうでもなくなった。
お古とはいえ、便利な道具も買えるようになったが、食費やら なにやら上がって、給料……人件費も上げざるをえなくなった。
道具が良くなった分は昔よりも質が良いが、値上げが倍近いせいで外国からも国内からも受注が激減してね……。
いまどき、手工業なんてキツくて儲からない、結婚もできない職だってんで、なり手もめっきり減ってしまった。
若いヤツは、かっこよくてモテそうで、楽に儲かりそうなイメージの職に殺到してる。
手工業やってるのは基本、そこからの あぶれモンだ……。
こんなんじゃあカネを払えないぜ?って言ってはやるんだが、‘納期に間に合わないと困ンだろ?’って足元を見やがる。あげく、‘どうしてもってンなら もっとカネよこしな’って、法外な値上げを要求してくるのさ。
そんなわけで、こちらも苦しくってなぁ……。
……なんにせよ、売り物にならないと判って仕入れるわけにゃあ いかないよ。こっちも生活があるからね。
大体、本物の金持ちだったら、こんなとこまで来たりはしないんだ。
悪いが、お前さんとの付き合いも、これっきり……。
?
なんだい、出来のいいものもあるじゃないか。
いや、これは……?
……。
……なるほどね。マトモなのは箱の中でも一番 上にのっかってるヤツだけ。その下のヤツは全部ゴミかい……。
こりゃ、原価割れで射的のマトが いいとこさね……。
子供に作らせた方が、もっとマシなのを作ろうってもんだ。
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頼んどいた帆布の服は?
……出来てますよ。
何度も金をかけて見本を やりとりしたけど……。念のため、確かめさせてもらうよ?
『本 見本』を製品に あてがう……
なんだい?
予定より、ずいぶん寸法が大きいじゃないか?
(あやしいねぇ……)
本 見本と製品を天秤にかける……
……大きいくせに、本 見本より軽いじゃないか?
生地の質は毎回、『多少』異なりますから……。
バカ言ってんじゃない!
ここまで厚みが違うなんて、あるもんかい。
第一、本当にそうなら、なんで最初から連絡しないんだい?
寸法増やして目方をごましてる時点でクロじゃないか。
予定より薄い……安い生地を使って差額を懐に入れる……。
よくあることさね。
そういうことも……あるかも……しれませんね。
あいかわらずだねぇ……。
大きな話でなきゃ自分は動かない、なんて見栄 張るからだよ。
……たしかに世の中、何かとケチをつけちゃあ、目上を なめて 逆らうヤツばかりだけど……。
大将みずから雑巾絞りするような社風を作っていかないと、やってけないよ?
……あと、このファスナー。
引っ張るとこと動くとこが、安物の合金で作られた まがいモンじゃないかい。
表面 銀色に塗ってステンレスに見せかけちゃいるが、見た目がザラザラしてるから すぐに分かるよ。
……こんなの、ちょいと捻っただけで、
(パキッ……)
……売り物にならないね。
そして、この服の構造上、もう交換はできない。
黙って……売ってしまっては?
バカ言ってんじゃないよ!
あたしゃ、ババ抜きしたいんじゃない。
……詳しくはなくても、なんとなく感じる魅力ってやつは誤魔化せないもんさね。当然、購買意欲ってやつも落ちる。
それに、はじめは誤魔化せても、詳しい御仁が口コミで悪評を広めれば、おしまいさ。
売れた売れた!と、いい気になって、売れた後の評判を確かめずに仕入れ続けりゃ、家業を畳む羽目になる……。
いい年で、こんな簡単な理屈が分からないのは、情けないねぇ……。
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