第一幕:“快晴”の朝
「あ、おはようございます♪今日はよく晴れましたね!」
一夜明けた7月18日の火曜日、時刻は午前6時半。
眠ったままの身体を無理やり起こして事務所のセキュリティを解除しに下りると、ナユタさんが解錠して入ってきた所だった。
いやまあ、確かに朝っぱらからよく晴れてますけども。
でもナユタさんてばそれ以上に快晴ですね?
「おはようございます。
おふたりとも早起きですね。とてもいいことです」
振り返ると、ミオが下りてきていた。早起きなのはどっちだよ。
「……おはよう。いつものトレーニング、だよな」
ミオはタンクトップにランニングパンツというラフな装いで、首にタオルをかけている。聞けばトレーニングするのが日課らしくて、毎朝付近を30分ほどジョギングしてるんだそうだ。裏の運動公園に周回のジョギングコースがあると教えてやったら「それはいいですね!」と喜んで、以来ずっと、毎朝走りに行っている。
彼女の部屋は4階、ハクの部屋は3階になった。彼女たちの荷物は所長が加入を告げたその翌日にはもう全部搬入されてて、それでふたりはもうすっかり普通に生活している。どうもふたりとも衣服以外にほとんど何も私物を持ってなかったようで、引っ越しはあっという間だった。まあここの寮棟が即入居できるよう家具とか全部整えられてたから、ってのもあると思うけど。
「はい。それでは行ってきます。30分程で戻りますから」
色々物思いにふけってる俺を尻目にそう言い残して、ミオは今日も朝の街に消えていった。
「…………で、ナユタさんは何故この時間に?
ていうか、もう出てきて大丈夫なんです?」
「はい!もう完全復活!です!あんまり気分が良くってつい早起きしちゃいました♪そうなると早く仕事行きたくなっちゃって!」
--これ絶対昨日のアレのせいだよね。
って、言われるんだろうな絶対。
「……いいですけど、張り切りすぎて無理しないで下さいね?」
「分かってますよ♪ちゃんと自重します♪」
…とか言って、あれ絶対『もし倒れてもまた兄さんが見舞いに来てくれる』って思ってるよ?
頭ん中でゴチャゴチャうるせえな。
しょうがねえだろこうなっちまったもんはよ。
「なんだ、出てきたのかナユタ。具合はもういいのか?」
無駄に低くて渋い声がして、見ると所長がナユタさんのすぐ後ろに立っている。そういやなんかガラス張りの自動扉が開いた気がするな。
「おはようございます所長!はい!もうすっかり元気!です!」
「って、なんで所長まで今日早いんですか……」
「いや、一本早い電車に乗っただけだが。何かまずかったかね?」
いや一本どころじゃないでしょ、いつもより30分近く早いんだから。絶対それナユタさんが今日も休むと思って早めに出てきたんでしょうに。
ていうかナユタさんも、出社の連絡ぐらい入れようよ。
「いやまあ何も問題はないですよ。ただちょっとビックリしただけで」
「そうか。ナユタも復活したことだし、マイのデビューライブも近い。今日からはいつも通りの体制で頼むぞ、ふたりとも」
「はい!任せて下さい!」
「…………はい」
なーんか今日は、昨日と違う意味でドタバタしそうだなあ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝7時前後には新チームのリーダーになる3人も順次事務所に下りてきて、全員が全員ナユタさんのテンションの高さにビックリしていた。そのたびに袖を引っ張られて、
「何あれどういうこと?なんで朝からあんなにテンション高いのよ?」
いちいち説明を求められるハメになってしまった。
「知らねえよ。昨夜はひとりで寝られねえほど弱ってたんだぜ、あの人」
「そういえばマスター、昨夜はナユタさんのお見舞いに行かれたのでしたね」
「そうなの?ではマスターの看病の甲斐があった、ということなのかしら?」
確かに眠るまで手を握ってやってたし、それで彼女もめちゃめちゃ安心してたのは事実なんだけど、それだけであそこまで元気になるか?
うーん、分からん。
てかユウ、なんか怒ってない?
「ご心配なくマスター。気のせいですよ?」
あっこれめっちゃ怒ってる。うわ触らんとこ。
朝食を終えて事務所で朝の全体ミーティング。その後はレッスンやアイドル業務、巡回などに各自出発して行く。
俺は俺で昨日行けなかった分、午前中はホスピタル行かないと。
全員を送り出した朝9時過ぎ、ナユタさんに後を任せて自室に戻る。ホスピタルに行く前にシャワー浴びないとな。
服を脱いで、テーピングもパッドも全部剥がして裸になると、洗面台の鏡に上半身が映り、治りかけのいびつな右肩が否が応でも目に入る。こうして見るのは初めてではないけれど、何度見てもあまり気分のいいものじゃない。特に、上腕骨頭を摘出した右脇側の腕の手術跡が痛々しい。
癒着は進んではいるものの、切開の痕ははっきり見て取れる。多分、これは一生残るだろう。少なくとも、この夏に半袖着るのは無理かもなあ。
まあ仕方ないけど。
シャワーを浴びて、傷痕になるべく触らないよう垢を落とし、それから服を着てホスピタルに向かった。いつものようにリハビリしてテーピング処方をしてもらって、出てくる頃にはもう11時前。
地上へ戻る前にファクトリーに寄って、新レフトサイドのライブ衣装を受け取る。風船をイメージしたスカートの丸い、黄色を基調としてリボンのたくさんついた可愛らしい衣装だ。その足でレフトサイドのレッスンの様子を覗きに行って、早速衣装に袖を通してもらい、チェックする。
小柄なハル、平均的なマイ、比較的大柄なユウと、新レフトサイドは割とバラエティ豊かな編成になるんだけど、3人とも上手に着こなしている。ユウなんかは年齢的にもちょっと痛いかな……とか思ったんだけど、基本的に雰囲気がほわほわしてるせいか、あんまり違和感なく見てられる。
むしろ、旧レフトサイドでなくて良かったかも。サキだと確実に難色を示しそうだしな。「マイさんやユウさんならともかく、私には似合わないので」とか言いそう。たまにはこういう可愛い衣装でイメチェン狙ってみるのもギャップ受けすると思うんだけどなあ。
「新衣装、カワイイねえ〜」
「ハルさん、よくお似合いですよ♪」
「ユウちゃんも似合ってるよ〜!」
「あの……私、これ……大丈夫ですかね……?」
意外というか、マイがちょっと恥ずかしそう。まあ子供っぽいのを嫌う年頃だよなあそう言えば。
「3人とも似合ってるし、ステージ衣装なんだから堂々としてればいいと思うぞ?」
「そ、そうですかね……そうですよね……」
Muse!を大好きだった記憶を取り戻したマイは、以前とは見違えるほど真剣に、そして積極的に歌もダンスもこなしている。昨日のインタビューみたいな慣れないことでもない限りは、もう大丈夫だろう。新衣装も今は恥ずかしそうにしてるけど、着慣れれば大丈夫……多分!
まあ、そうは言ってもライブの前々日にはTV局の1DAYジャックの仕事が待ちかまえてたりするんだけど。あと、前日は1日ずっとリハーサルだしね。
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次回更新は5月の5日です。




