第八幕:長い日の終わりに
パレスに帰り着いた時には、もう深夜12時に近くなっていた。
シャッターを開けて愛車の車体を滑り込ませ、バックで駐車した。
特にマフラーを弄ったりはしてないんだけど、さすがに深夜ともなるとスポーツタイプは排気音が響く。もう寝てるだろう彼女たちを起こしたりしてしまわないといいけど。
車を降り、キーをロックして、ガレージから連絡通路に上がるドアをそっと開ける。当たり前だが事務所には誰もいないようで、明かりも消えていて真っ暗だ。
ガレージに通じているドアは正面玄関から中庭へ抜ける連絡通路の途中にあるので、スマホのライト機能で足元を照らしつつ正面玄関へ回って明かりを点けた。靴を脱いで上がって事務所へ入り、キーボックスをチェックして鍵が全部あるのを確認してから玄関に戻って、入り口の脇にあるパネルでセキュリティをセットする。
「深夜営業お疲れ様です。やはり芸能事務所はブラックですねー」
「ぅわ!」
いきなり背後から声をかけられて、思わず声が出た。
なんだ、サキか。いきなり脅かすんじゃないよ!
「こんな時間までどこに行ってたんです?」
「ああ、いや。所長に頼まれてナユタさんの様子を見に、ちょっとな」
「…………は?女性であるナユタさんの自宅に?マスターが行ってきた、んですか?」
サキの感情が一気に凍りつく。
「やっぱり本当に行ってたんだ……」
「ん?何か言ったか?」
「⸺何でもありません!ってか誰かスタッフさんに任せたら良かったじゃないですか!まさか、マスター……ナユタさんの弱みに付け込んで……!?」
いやいや待て待て、誤解だからな!?
「だって所長が自分で行くとか言うからさ。上司に突撃されるよりは、部下のほうがまだ気が楽だろうと思ってさ。
それに今日バタバタしてて時間が遅くなっちゃったからな。スタッフさんももう帰っちゃってたし、レイは寝てたしユウは俺が出てる間は最年長だから連れて行けなくてさ。リン以下は一応まだ未成年だから、なおさら夜連れ歩くわけにもいかんしな」
「(くっ……一応、話の筋は通ってますね……)そういう事ならまあ、納得できなくもないですが……。でも、それにしてはずいぶん遅かったじゃないですか。
⸺本当に、それだけですか?」
おお、疑っとる疑っとる。
まあ勘ぐりたくなるのも無理ないよな。予定してた帰投時間よりかなり遅くなってるし。
「いや、まあ、ナユタさんに飯作ってやってな。スケジュールとか色々引き継ぎして、今度のマイの新曲の手直しをチェックしてもらってさ。
んで、眠れなさそうだったから、眠るまで傍にいてやってたんだ」
うわ、サキの感情になんかヒビが入った気がするぞ!?
「⸺へえ、それはそれは。ずいぶんお優しいことじゃないですか」
む、信じてないな。
嘘は言ってないぞ?
「一人暮らしは時に寂しくなるんだよ。
ここは周りにみんな一緒に住んでるから感覚としては解らないかも知れんけど、一人暮らしで病気したら本当に心細いんだ。そんな弱ってる時に知ってる顔が見舞いに来てくれたら、誰だってもっと傍に居てほしいってなるよ。
ナユタさんだってひとりの普通の女の子だしな」
「…………まあいいですけど。
それで?ナユタさん明日は来るんですか?」
「それは敢えて決めずに帰ってきた。所長は明日も休ませていいみたいな感じだったし、明日の朝の体調次第でナユタさん自身が決めればいいんじゃねえかな」
「……前々から思ってましたけど、マスターって、なんでそんなにみんなに優しいんです?」
前々、ってのは今月頭のアレだな。
みんなに優しいってのがサキ的にはちょっと不満なんだろうな。
「なんで、って言われても返答には困るけど。
俺はまだみんなからの信用が足りないと思ってるからさ。ひとりひとりと向き合って、ちゃんと心と心で接して、相手のことを解った上で俺のこともみんなに解ってもらわないと。じゃないと命を預けて戦ったりできんだろ。
それは君たちfiguraだけじゃない。ナユタさんでも所長でも同じことだ。まあ、それだけだよ」
「…………。」
「それはサキにも言ったはずだぜ?」
「マスターはもう、みんなから信頼されてますよ。レイさんとかライブで見たとおりですし」
あー。『一番大切な、特別な人』とか堂々宣言してたなそう言えば。
「ユウさんなんて、自分の身を投げ出してまでマスターを守ったじゃないですか」
うん。巡回に誘ってもらえたから守ることができた、って言ってたな。それを感謝してる、とも。
「リンさんだって二言目にはマスター、マスターって言ってますし」
へえ、それは知らなかった。
けどあの子の紫怨は、多分“依存”だしな。
「ハルさんやマイさんもマスターにはかなり特別な感情を抱いてるように見えますし。心配しなくても、もうマスターの心は皆さんに伝わってると思います」
「だったら頑張った甲斐があったってもんだね。
で、サキはどうなんだ?」
「えっ……!?わ、私は……」
…いや答え用意してないの?当然聞かれる流れでしょこれ。
まあ敢えて聞かなくても、真っ赤になった顔を見れば一目瞭然だけどな。
「心配してくれてありがとうなサキ。でも明日も仕事だから、もう寝な。俺ももう寝るからさ」
「わっ、解ってますよいちいち言わなくても!」
「だってわざわざ待っててくれたんだろ?それだけでもう充分サキの心は伝わってるから。ありがとうな」
「待っ!待ってなんかいませんよ!そういう自意識過剰なとこ、直した方がいいですよ!」
はいはい。本当、素直じゃないんだから。
「ほら、上あがりな。電気消すぞ?」
「ま、待って下さいよ!」
サキが廊下から寮棟の渡り廊下へと上がる階段を登るのを待ってから照明を落とし、俺も階段まで移動した。階段は常夜灯タイプの足元灯があるから、事務所の照明を落としても階段までなら問題なく移動できる。
待ってくれていたサキと一緒にリビングまで行って、彼女が三階へ消えていくのを見送ってから、事務所棟に戻って三階の自室へと上がった。
やれやれ、今日は本当に長い1日だったなあ。
明日、ちゃんと起きれるかな。
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次回更新は30日です。
次回から新章になります。




