第五幕:マスターの一番長い日(2)
帰っていく所長を見送ったあと、一旦自室まで戻って、服装を整えてから寮棟のリビングに顔を出す。
リビングにはマイとユウとミオの3人だけが残っていた。今日のレッスンの反省会かな?残りの子たちはもういなくなってるところを見ると、自室に戻ったか、シミュレーションルームか、風呂に入ってるかだろう。
「あら、こんな時間からお出かけですか?」
「うん、ちょっとナユタさんの家に様子見に行ってくるよ。所長に聞いたら一人暮らしだっていうし、看病する人も居ないかも知れないしな」
「ナユタさん、ちゃんと食べてますかね……?」
「…………女性の一人暮らしの部屋に、男性のマスターが、おひとりで訪ねられるのですか……?」
心配げなマイと、俺の言葉に途端に胡乱げな目つきになるミオ。
いやそんな目で人を見るんじゃない。
「いや、まあ、ミオの言いたいことは分かるんだけどさ、夜に未成年の君らを連れて出歩くのもどうかと思ってね」
本当は別に理由もあったりするけど、この子たちには正直に話すのはちょっと出来ない。オトナの事情、ってやつだ。
「それでしたら、せめてレイかユウを連れて行くべきではありませんか?」
「まあミオの言う通りなんだけどさ、レイはもう寝ちゃってる時間だし、ユウには俺の代わりに寮を見ててもらわないといけなくてさ。成人してるのそのふたりだけだし、あとの子たちはこんな時間に外に連れていくべきじゃないと思うんだよね」
まあリン以下の未成年の子たちだって仕事でこの時間まだ外にいる事もあるんだけどね。
ちなみにレイが19歳、ユウが18歳で成人、リンとミオが17歳、ハルとアキとハクが16歳、マイが15歳でサキが14歳だ。このメンツに28歳野郎の俺が混じって同じひとつ屋根の下暮らしてる状況ってホントマジでヤバいと思うわ、うん。知らん人が聞いたら何言われるか分からんな。
「……そうですね。では、ナユタさんのことはお任せしても?」
「うん。連絡も全然ないってのはさすがに心配だからな。行ってみないと何とも言えんけど、大丈夫そうなら今後のスケジュールとか色々聞いて、最低限の引き継ぎしたら戻ってくるから。遅くとも10時ぐらいには帰ってこれると思う」
時計を見ると8時を回ったところだった。
俺は施錠もしないといけないから、確かにあんまり遅くなるのもよろしくはない。どんなに遅くとも日付が変わるまでには戻ってこないとな。
というわけで、ユウに後のことを頼んでパレスを出た。
所長に聞いたナユタさんの住所だと、車で走ればそうはかからない距離だ。なのでせっかくだから、久々に自分の車を出すか。確か法令関係はクリア出来てるはずだしな。
ガレージに降りて、駐車場の隅に停めてある元々持っていた愛車の元へ向かう。処分されてなくて良かったと思いつつ、鍵をポケットから取り出し運転席に乗り込んでエンジンをかける。しばらくぶりの小気味よい振動が全身を包む。
やっぱり水平対向の排気音はいつ聴いても、良いな。
普段は使ってないナビを起動して、所長に聞いた通りに住所を入力し、出てきたルート上の途中のコンビニをピックアップして表示する。手ぶらで行くよりも、何か食べるものを買って行った方がいいだろう。
リモコンでシャッターを開け、車をガレージから出して、リモコンでシャッターを降ろした。
さて、では行きますか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ピンポーン。
マンションのエントランスに入って、部屋番号を確かめた上でインターホンを鳴らす。ナユタさんの住んでいるマンションはオートロックがあるので、応答してもらわないと入ることが出来ない。
パレスの、というか〖MUSEUM〗に勤める所員さんたちは基本的に、パレスにほど近い賃貸マンションに固まって住んでいる。何でも社宅みたいな感じで数フロア丸ごと借り切ってて、そこに住んでもらってるらしい。だけど何故かナユタさんだけは自分で借りてるマンションがあって、そこから通ってきてるそうだ。移動距離が長いと、オルクスに遭遇する率も上がるからパレスの至近にみんな住まわせてるって話だったんだけど、彼女はいいのかなあ?
例外と言えば、所長もそこの“社宅”ではなく都内各所のホテルを転々としているらしい。いや自宅はその社宅にあるそうなんだけど、ほとんど帰ってないそうだ。何故に?
彼女の住むマンションは造りのかなり立派なビルだった。表通りからは一本入った閑静なマンション街だし、築何年か分からないけど外観はセンスがあってオシャレな雰囲気だし、各戸の内装もしっかりしてるように感じられる。おそらくデザイナーズマンションってやつだろう。
…きっとお家賃もお高いんだろうな。
僕、こんなとこ住んだことないや。
車は近くのコインパーキングに停めてきた。裏路地とはいえ路駐は怖い。大事な愛車だし、イタズラされたりレッカーされても困るしな。
『…………はい』
…お、ナユタさん生きてた。
--いやまあ、さすがに死んだりはしてないでしょ普通。
「あ、こんばんは、桝田です。
所長に様子見てきて欲しいって言われて来ました」
あ、インターホン越しに焦りの感情がブワッと。インターホン越しでも視えるのか。さすがに自分でもビックリだわ。
『………えっ桝田さん!?あ、いや、えっちょっと、その、』
「具合、どうですか?大丈夫ですか?
動けないとか喋れないほど悪くはなさそうで、ちょっと安心しましたけど」
『えっ、そ、その、そんないきなり、ちょっと、待って……』
いや、まあ、ね。女性の一人暮らしの部屋に、同僚とはいえ男がアポもなしにいきなり来たらビックリするわな。掃除してないぐらいなら別に俺は気にならないんだけど、俺が気にしなくても女性は化粧したり服装整えたり色々あるからな。
でもまあ、動けないほど重症じゃなさそうで安心した。
--女の子の一人暮らしの部屋に、簡単に入れるとか思ってんじゃないっつの。そーゆーとこだよ?デリカシー無いって言われんのはさ。
「動けます?何だったら少し待ちますよ?」
『そ、そうですね、あの、さ、30分だけ下さい!』
「じゃあ、30分後にまた来ましょうか」
『そ、そ、そうですね!す、すみません!』
「いや、こっちもいきなり来ちゃってなんかすいませんね。ではまた後で」
路上で待つのも何なので、ひとまず車に戻ることにしよう。車内でタブレットでSNSでもチェックしつつ時間を潰そうかね。
そうして待ってると、40分ほどして、スマホに電話がかかってきた。
『あ、あの、一応、大丈夫です……』
「分かりました。じゃあまたインターホン鳴らしますので」
『はい…………』
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次回更新は4月10日です。




