第十四幕:“死”の記憶
スケーナ、ではない、似て非なる空間が一瞬で拡がる。
前回と同じく、目の前には虹色の瞳のマイ。
真顔のまま、無言のまま。
だけど彼女は、もうユウとリンを喚んでいた。
「ナユタさん、ダイブ成功ですね?」
『はい、問題なく成功しています。マスターの存在証明も完璧ですよ!』
振り返ると、そこにはオルクスに似た、何か。
「じゃあ、始めます」
そう言って、マイの胸に浮かび上がった『霊核』の鍵穴に、鍵を挿し込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「声が、聞こえたんです。
『こんなところで、こんな死に方。さぞかし無念なことだろう。だが残念ながら、お前は死ぬ運命にある』って。
そう言われた時、“ああ、私、死ぬんだ……”って、そう思いました」
シミュレーションルームで座り込んだまま、マイが独り言のように話し始める。
例のボックスシートはまだ使えないから、彼女とふたり向かい合って、シミュレーションルームの床に直接座って彼女の『霊核』鍵を差し込んで……ってこれ、最初に屋外でやった時と同じだなよく考えたら。
「こんなところで……なんの意味もなく、こんなに簡単にあっけなく、私、死んじゃうんだ、って」
前回と同じく、マイとユウとリンの3人は事も無げに迷宮を駆け抜けた。
ユウもリンも、本人の意識もないただの“影”のはずなのに、まるでマイを愛おしむように、慈しむように、3人で一丸となって。並み居る強敵たちを蹴散らして。
現実でもこんな風に戦えたとしたら、きっと彼女たちの戦闘力は大幅に上がるだろう。
「そんなのはイヤだ、って思いました。
だって私は、まだなんにも出来てないのに。
まだなんにも成れていないのに。
なんの意味もなく死ぬなんて、そんなのはイヤ。
誰にも知られず、なんにも成し遂げられず、ただ無駄に死ぬだけなんて、そんなの絶対にイヤだ。」
マイは涙を流していた。
あの時の彼女が発していた、“怖れ”が再びその全身を覆っている。
「だから、こんなところで死ねない、って。
だってここで死んじゃったら、
私が生まれた意味がない。
私が生きてきた甲斐がない。
私が生かされてた理由がない。
そんなのは絶対イヤ。
誰か、誰か助けて、って。
私、必死に声を上げました。
誰でもいい、誰か聞いて。
誰か助けて。
助けてくれるなら、誰でも、何でもいい、って。」
マイ自身も思い出しているのだろう。怖れの感情が強くなる。
あの時の暴風みたいな感情の奔流が、まともに全身を打ちつける。
退いちゃダメだ。
耐えろ。
…僕、この時意識なかったんだよね。
マイ、こんな強い感情出してたんだ。
「そしたらまた、声がしたんです。
『人形として浅ましく生きるか、それとも人としてここで死ぬか。最期に、選ばせてやる』って。
浅ましくてもいい。
このまま、消え去るよりはマシ。
私が選んでいいのなら、私は、生きたい。
だから、手を伸ばして、彼の手を取ったんです」
涙を流していたマイの顔に、気付けば笑顔が浮かんでいる。
暴風のような激しい怖れも、いつの間にかすっかり消え去っていた。
「やっぱり、マスターが私のこと、助けてくれたんですね。
ありがとうございます、マスター。
私、思い出せて、本当に良かった…………」
「マイさん……」
「マイ、あんた……」
ユウもリンも絶句している。
他の子たちもみな、無言だ。
それほど、彼女の発した感情は強烈だった。
おそらくfiguraたちにとっても、仲間の死の記憶を目の当たりにするのは初めてのはずだ。
まあ、俺が記憶しているマイの死のシーンとは少々食い違っているが、それは黙っておこう。彼女はあくまでも彼女自身が感じたまましか話せないから、俺の感じたものとは齟齬があっても仕方ない。
「……あれから、まだひと月と経っていないのだったな、そう言えば」
「そう、ですね。なんかずいぶん遠い昔のように思えますけど」
「思えばあれが、『全ての始まり』だったな」
所長のその呟きは、俺にだけしか聞こえないほど小さく、そしてひっそりとした呟きだった。
「あの時、私が声をかけた時には、貴女はもう感情が戻っていたわね。
やはりそれも、マスターのおかげだったということかしら?」
レイがようやく、言葉を紡ぐ。
「あの、そのあたりはよく思い出せないんですけど。
多分、マスターが『Muse!を思い出せ』って、そう言ってくれたから、だと思います。
私がMuse!のみんなを大好きだったから……」
そうだったね。
君はあの時、俺の発した『Muse!』って言葉に反応したんだったね。
「貴女も私たちの1周年記念ライブを見に来てくれていたんだって、マスターから聞いたわ。その直後にfiguraになったということも。
⸺ありがとう、マイ。そしてマスターも。
彼女を見つけてくれた所長も。
この縁を繋いでくれた全てに、心からの感謝を捧げるわ」
そう言ったレイの目には涙が浮かんでいる。
彼女は本当に、心の底から感動していた。
「私たちは、一体どうやって死んで、そしてどうやってfiguraになったんでしょうか……」
「……そんなの、気にしたって仕方ないわよサキ。
自分自身でさえ憶えてないんだから、分かるわけないわ」
サキはマイの死の記憶を目の当たりにして、やはりショックを受けているようだ。それをリンがなだめている。
自分自身も気になっているだろうに、“気にしても仕方ない”と言ってしまえる所がリンらしい。必要以上に拘りすぎない性格には助けられている。
「まあ、みんなの記憶を開放していけば、そのうち死因にたどり着くかもね。
でも、それが思い出していい記憶なのかは俺には判断付かないけど」
「だから気にしたって仕方ないって言ってんの。開放してみるまでどんな記憶なのか分かんないわけでしょ?選べないんだから考えたって一緒よ」
確かにリンの言う通りなんだが、見回してみても自分の死因を知りたがっている子はひとりもいなさそうだった。
ただ、ユウの顔に薄ら笑いが浮かんでいるのが、ひどく気になった。おそらくは無意識なんだろうけど、あれは……まるで……
そう言えば所長は全員の死因を知っているはずなんだけど、彼はそういう事はおくびにも出さない。やはり、敢えて匂わさないようにしているんだろうか。
まあ、今考えても仕方ないことなんだろう。
本当に、リンの言う通りだと思う。
お読み頂きありがとうございます。
次回更新は15日です。
【記憶の迷宮】の章はここまでで完結です。次回は再び閑話を挟んで、新章になります。




