第十三幕:ウラノメトリア(2)
「ウラノメトリアとは、簡単に言えば『figuraたちの霊躯を観測し再現する装置』だ」
まーた、なんか聞き慣れない単語が出てきたぞ?
「桝田君は魔術師の世界の知識を持たないだろうから少し説明しておくが……」
所長の説明によると、地球上の全てのもの、つまり動植物や自然、自然現象を含めた森羅万象の全ては、魔術師が魔術を行使する際の力の源である魔力を構成元素として成り立っているのだそうだ。だけど中世ヨーロッパで起こった“魔女狩り”以降、魔術師たちが地球の“裏側”に隠れてしまって“表の世界”で魔術が使われなくなったことで魔力は停滞を起こし、科学の発達と普及によって地球上の神秘が次々に解き明かされるにつれ、みるみる減衰していったのだとか。
そうして今や地球上の魔力は、魔術師をもってしてもほとんど感じ取れない程にまで減ってしまっているという。
それでも森羅万象、特に一般の人間や魔術師を含む動物の身体は魔力であり、生命活動が魔力の活性化を促すことで比較的“活きた”状態の魔力が体内にあるという。そうした活性化状態の魔力で構成されている肉体のことを、“霊躯”と呼ぶのだそうだ。
魔術師は自然界の魔力が枯渇状態になる中で、自分の魔術行使に費やす魔力を自分たちの体内に求めた。つまり体内に“霊炉”と呼ばれる魔力生成器官を備え、自身の魔力を燃料としてそれを増幅させることで、今も変わらずに魔術の行使が可能なのだという。
“霊炉”によって増幅させた活性化魔力は、そのまま放っておいたら自然界に還流しようとして体内から漏れ出てしまうらしい。それを防ぎ、肉体を肉体のまま維持するために必要なのが生命体の『器』となる“霊躯”で、その霊体を維持できるのは生物が必ず体内に“霊核”を持っているからなのだとか。
つまり生物、特に人間を含めた動物は、その身に必ず霊核と霊炉とを備えていて、それでもって自らの霊躯を維持している。体内の魔力は本人が感じ取れなくても体内に満ちていて、それは何もしなくてもいわゆる生命力に変換されて無意識に使っているのだとか。
「…………えーと?じゃあもしかして」
「うん?どうしたかね?」
「俺もその“霊核”を……持ってる?」
「もちろん持っているとも。霊核がなければ霊体は霧散して、やがて魔力に分解されて自然界へ還元される⸺つまり生命を失うことになるからね。君の身体がそうなっていないのは、君の体内にも霊核があるからだ」
なんてこったチキショウ!それじゃ俺が『鍵』を作れるのも当然じゃねえか!
「じゃあ、俺のこの胸の中にもあの銀色のハートが!?」
「あー、いや、そうではなくてだな」
「……?」
所長の追加説明によれば、生命体の持つ本来の霊核は物理的な形を持つものではないらしい。いわゆる魂というか、そういった概念的な物で目には見えないそうだ。
つまり、figuraをfiguraたらしめているあの銀色のハート型の『霊核』は、本物の霊核の名を取って命名されただけの、全くの別物なのだそうだ。
ただまあ、彼女たちの人格と肉体を保持して生かしている原動力……という意味では、これほど相応しいネーミングもないなと思った。
「……というわけでウラノメトリアの説明に戻るが、これは主にfiguraたちの記憶がどうなっているのか、それを観測するために開発されたものだ。
彼女たちの記憶が『霊核』に適合した際に失われるのではなく、何らかの要因で“封印”されているだけなのは彼女たちの普段の行動や嗜好を見れば自ずと分かる。そのため、その記憶の“封印”の調査と観測、そして可能ならば再現を試みるためにウラノメトリアが開発されたわけだが……」
「これまでのウラノメトリアは挙動が非常に不安定で、それで使用を差し止めていたんです。ですが先日、マスターがマイちゃんの『迷宮』を開いた直後から挙動が安定してきて、それで“マザー”からも使用許可が降りたんです。なので早速、ウラノメトリアを用いてマイちゃんの『迷宮』を解析させてもらいました」
「その解析結果として、『迷宮』に関して判明した注意事項が二点ある。ひとつは『迷宮の持ち主であるfiguraの許可なくダイブできない』ということ。迷宮はfigura個人の精神状態にその存在強度がかなり依存していてな、主であるfiguraに許可なく、つまり強制的に“侵入”できない。その点、マスターならば君たちの信頼も得ており排除の危険性は相応に低いだろう」
あー、やっぱりそうか。
「そしてふたつめは、『精神世界に攻撃される』ということ。要は外界から入り込んだものは異物として扱われるため、『迷宮』の持ち主の精神や記憶にとっては排除すべき対象になるということだ。持ち主が受け入れるマスター個人であれば攻撃対象となる可能性は相応に低そうだが、他のfiguraに関してはその限りではない」
「実際、マイちゃんの『迷宮』でも戦闘が開始されたのは他の子たち⸺ユウちゃんとリンちゃんの存在が確認されてからでした」
なるほど、だから『迷宮』で戦闘になったのか。でも、オルクスの姿をしていたのはどういう事なんだろう?
「それはおそらく、マスターやfiguraの側で敵=オルクスと置き換えて認識していたのだろうと考えられます。なので、ウラノメトリアでの解析でも今後そのようにエネミーを書き換えて処理をする事にしました」
「あーなるほど。確かにその方がバトルはしやすいかも知れないですね」
「それから『記憶の鍵』に関してだが、ウラノメトリアで観測することにより存在確立を高めることが可能だ。なので一度出現した鍵は撤退しようとも、仮に『迷宮』から弾き出されようとも消失することはないはずだ」
「あ、それはありがたいですね。正直それを確かめるにはリスクが高すぎてどうしようかと思っていた所なので」
「加えて、戦闘フィールドも君たちが戦いやすいようにシミュレーター空間を擬似再現して反映させる。ウラノメトリアは言わば『記憶の再現装置』だから、そういうことも可能だ。まあ基本的にはマイの最初の『迷宮』でマスターが実見しナユタがモニタリングした情報が大元となるから、構造自体は文字通り『迷宮』だと思ってくれて構わない」
あー、あの入り組んだ迷宮と階層の構造はあのまんまなのか。
「では、とにかくそのコントロールパネルのモニターで、マイの中の精神世界の様子は見られる、というわけね?」
「み、見られちゃうんですね、私の『中』……」
レイが代表して確認するように発言し、それにマイが眉を下げて反応した。
まあ気持ちは分かる。内心を見られるとか、あんまいい気分じゃないよな。
「……んまあ、せっかく作ってもらったのにアレだけど、マイはもちろん他の子達も見られたいわけはないだろうから、とりあえずモニタリングするのは今回だけね。
今回はみんなに『外から』客観的に見ておいて欲しいから、マイには我慢して欲しいんだけど」
「はうぅ……。わ、分かりました……」
「えっ、今回だけ……。
ま、まあ、考えてみればそうですよね……」
マイだけでなく、ナユタさんもさっきまでの得意満面の顔が一気に曇ってゆく。
「まあ、モニタリング出来るのは万が一何かあった時には絶対役立つと思いますから、そんなにしょげないで下さいよ。それに、『迷宮』に入るときはナユタさんにだけは必ず観測しててもらうわけですし」
「そ、そうですか……そうですよね……」
「……まあ、とにかくだ。今日試すのはマイの記憶の開放、ひとまず作戦名“開放2”と呼称するが、それだけだ。
鍵で迷宮を開き、踏破して、第3の鍵を入手する。そこまでがミッションだ」
「はい。今回は既に鍵があってフィール注入の必要もありませんから、精神的な疲労も抑えられると思います」
「分かった。では始めてくれ。
ナユタはモニタリングを開始してくれ」
「じゃあ、マイ、鍵を」
「は、はい……お願い、します……」
マイが右手を差し出す。
その掌には、彼女のふたつめの鍵。
「モニタリング準備できました!いつでも大丈夫です!」
ナユタさんのその言葉を待って鍵を受け取り、
「じゃあ、行こうか、マイ」
彼女の『霊核』に挿し込んだ。
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