第十一幕:狐色の焼きそば(2)
12時までには全員が帰ってきた。それまでには間に合わなかったけど、昼食は少し待たせるだけで済んだ。
作って出したのは焼きそば。しっかり焼いてソースも絡めて、狐色に焼き上がった一品。しばらく作ってなかったけど、まあまあ満足のいく出来栄えだ。
こんな大人数分を一度に作るのは初めてだったけど、まあ簡単に大量に作ることが出来る料理だから何とかなったと言える。
「こっこれは……!なんて香ばしい!
ゴマ油の風味が利いて、麺の表面がパリパリで、それでいて中はもっちりと!」
「ふふ、美味しいですね!」
「さすが私たちのマスター!お料理までできるのね!」
「アンタってホントさあ、男のくせによくやるわねえ……」
「こ、こんなの出されたら、朝のアレが……」
ミオが何やら感動し、ユウが喜んで、レイが絶賛して、リンが呆れてサキが青ざめて。っていうかそんなに言うほどのことか?
「いや、朝のベーコンエッグも美味かったぞ?」
「男性であるマスターにこんな本格的なの作られたら女子として立つ瀬がないって言ってんですよ!」
そんな本格的ってほどでもねえよ。所詮は一人暮らし男性の自炊レベルだし。
「マスター、レシピ教えて頂いてもよろしいですか?」
「ユウさん!これすっごく簡単なんですよ!」
「別にそんな特別な事はしてねえよ。蒸し麺買ってきてレンジで温めて、ほぐしながら具材と一緒にゴマ油で焼いただけだよ」
「……マスター。焼きそばは炒めるものでは?」
「ふっ、解ってねえなあミオ。炒めたら“炒めそば”になっちゃうだろ?炒めるのと焼くのは違うんだぜ?」
「しかし、どのレシピを見ても調理工程は“炒め”では?」
「よし、じゃあ今から俺の分作るから、作りながら説明しようか」
いや、そう言った途端にみんな寄ってくるのかよ。
そりゃここのキッチンは半オープンでダイニングからも見えるけどさあ。
まず、袋麺の端を少し開けてレンジにかける。こうすることで、麺がほぐれて調理しやすくなる。
豚バラの屑肉を適度な大きさに切って、ちくわを食べやすい大きさに切り分ける。この具材は何でもいい。かまぼこでもソーセージでもハムでも何でもいいし、複数種類の具材を一緒に入れても構わない。
肉もベーコンにしたり、鶏肉にしたり、アレンジはいくらでも利く。キャベツや玉ねぎを適当に切って入れてもいいし、市販のベジタブルミックスを入れると彩りも良くなるし、海鮮の具材を入れてもまた美味い。
要は具材は「お好みで」ってやつだ。
「へえ、バリエーションも色々出来そうね。楽しそうじゃない♪」
「何度作っても、飽きずに食べられそうですね♪」
炒め鍋にゴマ油を引いて、具材を先に炒める。
最初に卵を割り入れ、黄身と白身を分けるように広げてスクランブルする。そのまま豚バラ肉とちくわの刻みを入れて、中華調味料を小さじ一杯分投入。よく混ぜて炒め、肉とちくわに焼き色がついたら一旦全部小皿に取り出す。
ゴマ油をもう一度引いて、麺を投入。ほぐしながら均等に広げ、そのまましばらく放置。うっすら煙が出始めたら炒め鍋を煽って麺を裏返す。麺を広げ直してまた煙が出るまで放置。
何度かほぐして広げて裏返して、なるべく麺全体に焼きが入るようにする。
「ほ、本当に、焼いている……!」
「焼いてる間は極力触っちゃダメだ。焼きムラになるからな」
とは言っても、これは普通の市販の蒸し麺で断面が丸いから、どうしてもムラにはなるんだけどさ。ちゃんとした本場の麺は断面が四角いんだよね。
「本場の焼きそばは麺の外側がカリッと香ばしくて中がモチモチで、今まで食べてたのは何だったんだ、ってぐらい美味いからな。それに比べたら俺のこんなのは全然まだまだだよ」
「マスター……。なんでそんな詳しいんです?」
「だって俺九州の出身だもの。焼きそばの発祥は福岡の小倉、考案したのは大分・日田の人で、日田は焼きそばが名物になってるぞ」
とはいえ、九州に住んでたのは子供の頃だけだけどね。親の仕事の都合で小学校に上がる前ぐらいに東京に来て、それからはずっとこちら住まいだ。
ただ、祖父母の家が九州のままだから、引っ越してからも毎年のように帰っていたけど。
「ふうん。それでそんなに詳しいってわけね」
「考案者が特許を取らなかったもんだから、間違った作り方で広まっちまってるけどな。挙げ句の果てには某大手インスタント食品メーカーが“お湯で戻すインスタント焼きそば”まで作っちゃったし」
「た、確かに!言われてみればあれは焼いても炒めてもいない……!」
…いやミオってばさっきから感動しすぎね。
ていうかミオたちの本隊所属時代の話ほとんど聞いてないけど、もしかして案外普通の社会生活してたんかな?仮に人間じゃない秘匿存在だからって隔離されてたとしたら、カップ麺の焼きそばとか普通は知らんのじゃなかろうか?
何度かほぐしつつ裏返して麺の水分を飛ばし、ほんのり焼き色と焦げ目がついてきた所でよけておいた具材を投入。併せて洗っておいたもやしを一掴み入れる。
その上から焼きそばソースを適量回し入れ、後は炒めて馴染ませるだけ。
「なるほど!この時の炒めの工程だけ広まってしまったということなのですね!」
「というか、最初の焼き工程はおそらく省略されちまったんだろうと思う。あれさえなきゃ調理時間が半分くらいになるからな」
「味付けは、こちらの中華調味料だけですか?」
「うん。それプロが使ってる業務用を一般向けに市販してあるやつでさ。和洋中だいたい何でも味付けはそれひとつで事足りるよ。
焼きそばソースを使わずに仕上げれば、そのまま塩焼きそばにもなる」
「まさか……そんな……塩焼きそばまで……!」
いやマジでミオが感動しっぱなしだな!
「マスター、この余った麺、どうしましょうか」
「おかわり出たら作るつもりで多めに買ってきたんだけど、まあチャンバーに入れとこうか」
「……おかわりあるんならオレにくれよ」
「まあ……アキが全部平らげてるわね……」
「いや、確かに美味しかったけどさあ……」
「アキちゃん、普段から好き嫌い激しいのに……」
「んん?なんだアキ、もしかして気に入った?」
「………………いいから、寄越せ」
「ん、じゃあこれ食っていいぞ」
たった今出来上がった俺の分を受け取るが早いか、アキは席に戻って一心不乱に食べ始めた。そんなに気に入ったんなら、時々作ってやるかなあ。
「マスターの分、作り直しですね……あはは……」
「まあ、今見た通り簡単に作れるからいいよ」
「ではもう一度、最初から見学させてもらいますね♪」
--いやユウちゃん、1回見たらもうよくない?
ていうか、何でホームビデオ持ち出して来てんだよ。
…あ、ハクがようやく食べ始めた。もしかして冷めるの待ってたのかな?
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は閏年なので3月1日、その次が5日になります。




