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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【記憶の迷宮】
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第九幕:色とりどりのキッチン

 カーテン越しに射し込んでくる、強い日差しで目を覚ました。

 時計を見ると、もうすぐ9時というところ。軽く10時間以上眠っていた計算になる。今日何日……?あー、15日の土曜日かあ。


…うーん。一昨日の疲れがまだ抜けてないっぽい。


 まあ、一昨日はかなり無茶なアフェクトス注入しちまったからなあ。


 ベッドを出て、冷蔵庫を開けて、中から烏龍茶のペットボトルを取り出してひと口飲んだ。寝起きの体温の上がった身体に冷たい飲み物が沁み渡る。

 前の部屋から全部引き上げられて来てるので、そのまま家庭用の大容量冷蔵庫を使ってはいるものの、この狭い部屋では正直ちょっと邪魔だなあ。ここにあってももう飲み物ぐらいしか入れないしな。

 でも夏場はあると嬉しいんだよね冷蔵庫。小さなやつに買い換えようかな?


 トイレと歯磨きを済ませ、着替える。ギプスがなくなったから着替えるのも楽だし、せっかく買ってきた作務衣もひとまず用済みかなあ。

 まあ、せっかく買ったんだし、オフの日の部屋着として活躍してもらおうかな。


 欠伸をしながら部屋を出て、二階の渡り廊下から寮棟に入り、ダイニングに顔を出した。みんなはもう仕事や巡回、レッスンに向かった後だろうな。


「あら。ようやくお目覚めかしら?」

「あっ、マスター!朝だよ~あさあさ!」

「いつまで寝てるんですか。寝て育つのは子供だけで充分なんですが」


 あれ、レイとハルとサキがいる。

 オフなのか?


「おはよ。なに?みんな、今日はオフ?」

「午前中は巡回に出るわ。もう事務所に降りようと思っていたところよ」

「そうか。気をつけて行っといで」

「ええ、行ってくるわマスター。

ああ、それと。貴方の朝食は冷蔵庫に残してあるわよ」

「ん、分かった。サンキュ」

「貴方はゆっくり休んでて頂戴。それじゃあね」


 そう言い残して、レイは年少組を引き連れて事務所へと降りていった。


 リビングに入って冷蔵庫を開けると、ラップに包まれ、“マスターの分”と書かれたメモの乗せられた皿があったので取り出した。

 今朝はベーコンエッグか。ということは、サキが当番だったんだな。あの子は料理当番に入ってるけど、あんま凝ったものは作れないって言ってたもんな。


 おかずをレンジにかけつつ、食器棚から自分用の茶碗を取り出してキッチンへ行き、炊飯ジャーを開ける。残っているご飯を茶碗によそい、食堂の自分の席へ置く。

 ちなみにこの炊飯ジャーは業務用の大きめサイズのやつ、具体的には二升炊きのタイプだ。女子とはいえ食べ盛りの子たちが7人……俺を含めると8人か。それだけの人数の胃袋を賄うんだから普通の家庭用じゃ一升炊きのタイプでも追いつかんもんな。ただ、二升炊きだからこれまででも余裕あったし、今度からふたり増えることを考え合わせても買い直す必要はないと思う。

 リビングの冷蔵庫から麦茶の入ったピッチャーを取り出してグラスに(そそ)ぐ。温め終わったおかずと、麦茶を()いだグラスをダイニングの食卓の自分の席へと持って行き、遅い朝食を済ませた。


 食べ終わったら食器を食洗機に放り込み、蓋をしてスイッチを入れる。本当はひとり分くらいなら手洗いしないといけないんだけど、起き抜けなのでちょっとサボった。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 パレスの寮棟のキッチンは、キッチンというよりもむしろ厨房と言った方がしっくりくる造りだ。何しろ俺を含めて8人、これからは10人が暮らしていく寮なので、普通のご家庭と同じというわけにはいかないのだ。


 ガスコンロだけでも三面、他にIHクッキングヒーターが二面あり、業務用冷凍庫と冷蔵庫、それに食品保管庫まで完備している。ガスコンロは中華用に大火力が出せる特別製だし、唐揚げや天ぷらを一度に大量に作れるフライヤーもある。

 シンクは大型のものが複数備えてあり、オーブンもグリルも大型で何でも焼けるようになっている。業務用冷凍庫と冷蔵庫は一般の飲食店のものほど大型ではないけれど、それでも10人の人間が数日から10日ほど食べていけるだけの食材の収容能力がある。


 床は油や食材で汚したりしても水洗い出来るように、ダイニングから一段下がったコンクリ打ちっぱなしの土間になっていて、靴を履いて下りるようになっている。ダイニングからの下り口には専用のゴム製の下履きが何足か準備されていて、それを履けば誰でもすぐに下りられる。

 外に面した壁には勝手口があり、業者さんの食材搬入や生ゴミなどのゴミ出しはここから直接出入りできるようになっている。調理師さんもここから上がってきて、専用の休憩室に備え付けられたロッカーで着替え、厨房専用の長靴に履き替えて仕事をするわけだ。

 ちなみに調理師さんには、昼食と夕食の間の空き時間にはこの休憩室で休んでもらっている。とはいえ食材の発注なんかもお任せしてるから、空き時間はたいてい業者との連絡なんかであまり休んでないらしいけど。


 食品保管庫や調味料棚は個人のスペースもある。

 土日は調理師さんが休みで、平日でも朝は来ないため、figuraの中でも料理の出来る子たちがそれぞれ自分の専用スペースを確保して材料や道具を揃え、毎朝と土日は交代で食事当番を務めている。みんな女の子らしく、壁に並ぶ彼女たちの道具はカラフルで目を引く。

 業務用っぽくて飲食店の厨房っぽいキッチンだけど⸺まあ委託してる調理師さんご夫妻はご自分でもお店持ってるそうだし⸺、そんなわけで意外と色とりどりだ。極彩色、とまでは言わないけど。


…古い言い方だと、総天然色?


 いやホントに古いな!


 ちなみに普通の家庭用冷蔵庫もリビングの方に備えてあって、こちらは個人で買ってきた飲食物や、リビングで全員で飲むぶんの飲み物などを入れておくのに使われる。先ほどの麦茶や俺の朝食が入っていたのもこちら。

 こっちの冷蔵庫に個人の飲食物を入れておく時は必ず名前を書いておく。でないと、たいていハルやユウに食べられてしまう。あのふたり意外と食いしん坊だから、誰のか分からない食べ物があるとすぐ食べちゃうんだよね。



 なんとなしにキッチンに降り、チャンバーに入ってみる。

 チャンバーというのは「小さな部屋」を意味する英語で、要は飲食業界の専門用語でいう“人が中に入れるように作ってある大型の冷蔵庫”のこと。食材の長期保存のため、中の温度は-5℃で固定だ。夏場はついこの中で涼みたくなるが、密閉空間なので30分以上連続しての入室は禁止だ。それ以上入っていると窒息するおそれがある。

 食品保管庫には主に乾物系や常温保存系の食品が収められ、業務用冷蔵冷凍庫には主にすぐ使う食材が入っていて、このチャンバーに入っているのはそれ以外の備蓄になる。figuraたちが自前で用意している食材は調理師さんの使うものとは区別しておくため、こちらにストックすることが多い。

 そう考えると、総量で言えば10日分と言わずそれ以上の分量がストックされているかも知れない。


 チャンバーの中を見回すと、上段の棚の隅の方が空いていた。ちょうどひとり分の食材スペースになりそうだ。そう言えば調味料棚もひとり分空いてるよな。

 んー、このスペース、俺もらっちゃおうかな。






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