第八幕:当面の目標
全員戻ってきてからの夕食時、やはりというか、色々と質問攻めに遭った。
やはりみんなギプスのことと、怪我の治り具合、それに記憶の開放に関して色々と知りたがる。まだそんなに話せることもそう無いのだけど、できるだけ詳しく説明してやった。心配かけたぶん、安心させてやらないとな。
「マスター。あの、これ……」
夕食を終えてみんなで片付けしたあと、マイがおずおずと右手を差し出してくる。
その掌の中には、例の『記憶の鍵』が。
そうか、迷宮の果てでふたつめの鍵を手に入れてたんだっけ。
みんなが集まってきて、全員でマイを囲んで、彼女の『記憶の鍵』を見つめる。
「マイ、これが貴女の、『記憶の鍵』なの……?」
「『“舞台”の鍵』とは全然違うわね……」
「これ、やはりマイさんしか触れないのですか?」
「いや、俺も触れるよ。けど、他のみんなが触れるかは分からないな」
多分、触れないだろうと思う。感情にしろ記憶にしろ、他人が安易に触れていいものではないはずだしね。
「マイ、所長に報告に行こうか。実物があるうちに見ておいてもらった方がいい」
「あっ、はい!」
というわけでマイとふたり、所長室へと向かう。少し考えて、事務所に顔を出して、まだ残っていたナユタさんにも声をかけて一緒に来てもらった。一部始終を観測してもらったのだから、やはり立ち会ってもらうべきだと思う。
所長室の扉をノックして、返事を待ってから室内に入った。
「これが、その『記憶の鍵』か」
「はい、マイの“ふたつめの鍵”になります。ひとつめの鍵は、もう使いましたから」
「ふむ。つまり、鍵はいくつもあるということか」
最初に現れた『記憶の鍵』とこの鍵は、形こそ同じだけど色が微妙に異なっている。そして最初の鍵はあの時、マイの精神世界に飛ばされた時に彼女の『霊核』に挿し込んで以来、見ていない。
おそらく、『記憶の鍵』で開く迷宮を踏破すれば記憶が開放されて、次の鍵が手に入る。そういう事ではないかと思う。
「……マイちゃんの精神世界の観測で分かった事があります。
彼女の『迷宮』は、常時開放されています」
「本当か、ナユタ」
「はい。少なくともマイちゃんの『迷宮』は、あれ以来ずっと観測できています。おそらくその『鍵』は、もう『霊核』に挿し込んで回すだけで『記憶』が開放出来るものと思われます」
ということは、あの最初の鍵は『記憶の鍵』であり、同時に『迷宮を開く鍵』でもあった、ということか。
「それじゃあ、他の子たちも『鍵』さえ手に入れれば……」
「はい、おそらく『迷宮』が開きます。入れるのは本人と、『迷宮』を開いたマスターだけ……だと思います」
若干自信なさげなのは、それがナユタさんの推測に過ぎないからだろう。でも俺も同じ予測だし、多分間違ってはいないと思う。
「そうか。では暫定的にではあるが、その迷宮を『記憶の迷宮』と呼称することにしよう」
「『記憶の迷宮』、ですか」
「ああ。古来より迷宮には魔物や財宝が封じられているものだ。かの有名な“両手斧宮”のミーノータウルスのようにな。今回の場合、彼女たちの“記憶”が封じられた“宝”ということになるだろう」
『記憶の迷宮』か……。ややストレートだが、相応しい呼び名だと思う。
そしてこれで、当面の俺の目標が決まった。
「了解しました。では以後、そのように」
「俺は全員の鍵を手に入れて、必ず全員の『迷宮』を開放させます。そして、どこまで深いものか想像もつきませんが、いつか必ず、最深部まで踏破してみせます」
「先は長いだろうから、そう気負わずともいい。くれぐれも昨日のような無茶はするなよ」
「うっ。そ、それは……気を付けます……」
1日経って冷静になれば、あれはホントマジで無かったわ……。
--さすがに止めようかと思ったけどさ、まあ仕方ないかなって。でも次はないからね?
分かってるよ。
「昨日マスターが倒れたのは、屋外のアフェクトス濃度の薄い状況で無理に集めたせいで、精神に過度な負担がかかったためと考えられます。それを考えると、屋外でのアフェクトス注入、および『記憶の迷宮』の開放は禁止事項とすべきかと」
「はい、すいません、もう懲りました。あんな無茶はもうしません……」
ホント分かりましたから、そんなジトっとした目で見ないでナユタさん!
「で、でも私、マスターに思い出の場所に連れて行ってもらえて、その……嬉しかったです……」
「だが、結局その時の事は思い出してはいないのだろう?」
「えと、その、何となくなら……思い出したようなそうでないような……」
おそらく、マイが持っているそのふたつめの鍵がその時の『記憶』なんじゃないかと思う。推測に過ぎないけど、“近い時間軸の記憶”で“強い印象の記憶”から順に開放されていくんじゃないだろうか。
まあ、あまり根拠もなしに思い込む訳にもいかないけれど。
「とりあえず、今日のところはもう安静にしていなさい。あまり消耗されても復帰が遅れるだけだし、それではこちらが困る。
ようやくギプスも取れたのだから、今まで以上に自重してもらわねばならん。もう君はウチの重要な戦力だ。失うわけにはいかん」
「はい、分かっています。でもナユタさんの言う通り、マイのこのふたつめの鍵に関してはもう何の労力も要らないと思います。
これを手に入れるまでが大変なんだと思いますし」
「そうかも知れんが、鍵はいくつもあるのだろう?それを使えば再び“守護者”を呼び覚まして、そして3つめの鍵を手に入れるまで解放されない可能性が高いのではないかね?」
あ。そう言われれば、確かに。
「まあそれも推測に過ぎないが、確証もないまま動くのは禁物だ」
…ちぇっ。
まあ正論だけどさ。
「……そうですね。分かりました。
ひとまず今後は、彼女たち全員のアフェクトス注入と『迷宮』の開放を目指して動きたいと思います。まだ『迷宮』の開放条件も確定してはいませんが、おそらくアフェクトスの注入で鍵が現れるのではないかと思います」
「そのあたりもおいおい確認していけばいい。焦ることはない。
今はとにかく、休め」
「はい、分かりました」
そこまで話してから、所長室を後にした。
「それにしても、本当に桝田さんはすごいですね!今まで2年以上ほとんど何も進展しなかったfiguraの皆さんの感情と記憶の環境が、桝田さんが来てからひと月も経たないうちにこんなに激変してしまうなんて。1ヶ月前までは思いもよりませんでした!」
一緒に所長室を退室してきたナユタさんが、感嘆の感情とともに話しかけてくる。まあ、こんなこと他の人には絶対無理なんだから当然と言えば当然だけど、何となく面映ゆい。
「ん……まあ、目の前でマイがオルクスに襲われてなければ今の状況は有り得なかったですけどね」
今の状況と言ったのは、言うまでもなく俺が『魔防隊=figuraに味方している状況』ということ。もちろんナユタさんには何も明かしていないから、彼女はその真意を解らない。
実際、あそこでマイと知り合っていなければ、そして彼女が襲われたりしなければ、今でも俺と魔防隊やMUSEUMとの接点は無いままのはずだったわけで。
「そうですね。その意味ではマイちゃんも大きく貢献していると言えますね」
「えっ、わ、私ですか!?そ、そうですかね……?」
「そりゃそうさ。マイが全員の縁を繋いだとも言えるしな。それに部分的にでも記憶を取り戻して、これからはfiguraとしてもMuse!としてもやっていける自信になったんじゃないか?」
「じ、自信はその、相変わらず無いままなんですけど……。
でも、私は私のために、figuraもアイドルも頑張っていくって、その覚悟はできました」
うん。本当に良い顔になったよね、マイ。
力強い、決意を秘めた、良い顔にね。
ナユタさんも、そんな彼女の顔を見て微笑んでいる。
「あ、ところで。桝田さんは予定通り来週から復帰してもらいますので。だからそれまでに、体調を万全に整えておいて下さいね♪」
「うっ。忘れてた……」
ていうか、休みすぎて働きたくねえ……!
新型タブレットの使い方もよく確認しておかなきゃだし。ああ、なんか面倒くせえ……
「面倒くさい、って顔してますね?
ダメですよ。休んでた分までしっかり働いてもらいますからね?」
「うう…………はい……」
チッキショウ!月曜なんて二度と来なきゃいいのに~!
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次回更新は15日です。




