第六幕:乳白色のギプス(1)
目が覚めると、自分の部屋のベッドだった。
「ん……」
あれ、なんで、部屋で寝てるんだろう?
まず思ったのはそれだった。……部屋に戻ってきた記憶、ない……よな?
ていうか、今、何時?
「⸺お。ようやくお目覚めかしら?よく寝たわねえ、アンタ」
すぐ近くで、リンの甲高い声がした。
「……やっと目覚めましたか。なんなら二度と目覚めなくても……」
サキのやや低い声もする。
ってか自分でついた悪態に自分でショック受けんな。
「もう昼だぜオマエよぉ。ほんとマジで、いいご身分だなオイ」
んん?アキまで……いる?
…………あー、新ライトサイドのメンツかぁ。
「……って、みんな何やってんの?」
ここ俺の部屋だよな?
「ご挨拶ねえ。みんなで交代々々に看病してあげてたってのに」
…ああ。看病。
それで部屋にいるわけね。
「…………看病?」
「アンタ憶えてないの?指令室で倒れたじゃない」
「まぁだ寝ぼけてんのかよ。ったく」
「まあマスターの頭の回転がニブいのは、今に始まったことじゃありませんが」
「ごめん、憶えてない……」
ってか悪かったな、頭の回転鈍くて。
「……まあいいわ。お手柄だったんだし、お疲れなんだからもう少し寝てなさいよ」
そう言ってリンは、耳に取り付けたインカムの受信端末に手を当てた。
「ナユタ、聞こえる?ようやくお目覚めよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「桝田さん、私のこと分かりますか?」
「ナユタさん……」
「はい、そうです。桝田さんは昨日、指令室で私たちに“記憶の鍵”について説明している最中に、気力を使い果たして倒れたんです。
それで昨夜から、みんなで夜通し付きっきりで看病していたんですよ」
「……なんか、迷惑かけたみたいで……」
「迷惑だなんて、とんでもない。みんな感謝してるんですよ。桝田さんはみんなに希望をもたらしてくれたんですから」
「そうそう。アフェクトスの注入だけでなく記憶まで本当に取り戻してくれるなんて、みんな思っても見なかったんだもの。いまだに信じられないくらいだわ」
……記憶、取り戻す……
「…………あ。」
「んだよ、ようやく思い出したか。遅っせえな」
「…………今、何時?」
「もうお昼の2時半です。無駄に15時間ほども寝倒してた計算になりますね」
「心配しなくても桝田さんはまだ休職中ですから。ゆっくり休んでて下さい。大丈夫ですからね」
「お腹減ってるでしょ?ちょっとお粥作ってきてあげるから。もう少し待ってなさい」
リンが作ってきてくれたお粥を食べて、ようやく意識がハッキリしてきた所で昨夜の説明を改めて受ける。マイに施した記憶の解放に関して、指令室で所長以下に説明をしていた所で、突然倒れたんだそうだ。
--糸の切れたタコみたいにプッツリ逝ったよね。
…いや表現が色々オカシイけどね?
「ホント、最初は騒然としたわよ。今度こそ死ぬんじゃないかって、ハルやサキなんか泣き出しそうになるし、マイは自分のせいだって真っ青になるし」
「なっ、泣いてなんかいませんよ失礼な!」
「でもナユタがすぐバイタルチェックして、単純に眠っただけだって判って。それでみんなで部屋まで運んだの 」
「む、無視ですかリンさん!」
「アンタ重かったんだから。感謝しなさいよね?」
あ、スルーされ続けてサキが不貞腐れちゃった。頭撫でてやりたいけど、残念ながらギプスが邪魔で無理だわ。諦めてくれ。
「……本当に迷惑かけたみたいだな。申し訳ない」
「いいわよ、全然。迷惑かけたって思うんなら、早く元気になんなさい。夕方には全員帰ってくるから、顔見せて安心させてあげて」
「…………そうだな」
今度こそ、ハルのタックルが飛んでくるな。
覚悟しとかないと。
「それでは、私は仕事に戻りますので。
リンちゃん、後お願いしておきますね」
ナユタさんはそう言い残して部屋を出て行った。
改めて部屋を見回す。
ベッドの脇にはカラになった洗濯カゴが置いてあった。……あれ?そういや確か、昨日ランドリーから洗濯物引き上げてそのままベッドに置きっぱなし、だったはずだよな?
「洗濯物?そんなのとっくに畳んだわよ」
「いや、下着とか結構あったはずなんだけど……」
「触るのも嫌でしたが片付けましたよ。邪魔でしたし」
「全員で畳んだげたから一瞬で終わったわ」
「んなもんテキトーだ、テキトー」
ぜ、全員に見られちゃったのね……下着……。
「タンスの引き出しの似たようなのが入ってるとこ探して入れておいたから。そこも感謝しなさい?」
「…………そっか。ありがとうな」
机の上には鈍色のタブレットが乗っていて、その脇に昨日買ってきた作務衣の紙袋が置いてある。これはマイが持ってきてくれたんだな。
それ以外には室内に特に変わった所はない。眠っていたせいか、カーテンが締め切られたままになっている程度だ。
「ところで3人とも、ちょっと出ててくれる?」
「なんでよ?」
「いや、トイレと、あと着替えすっから」
「あっ……、そ、そうね。分かったわ」
リンはこれだけで顔を赤くする。基本、ウブなんだよな。
「あー、じゃあオレはもういいか?元気になったんならもういいだろ?」
「アンタね!全員で付き添うってみんなで決めたでしょー!?」
アキは相変わらずだな。でもいつもの調子に戻ってるのは俺が目覚めて彼女も安心したから、ってのも分かってる。
「そういや、元々この時間のライトサイドは予定どうなってんの?」
「それがね。収録が一本入ってたんだけどバレちゃったのよ。だからアタシたち、体が空いてるから心配しなくても大丈夫よ。
⸺ホントはこの時間、ナユタしかアンタの世話出来る人居なかったのよ」
「そうか。じゃあオフならアキはもういいよ。ありがとな」
「おっなんだ、話分かるじゃねーかマスター。んじゃオレぁもう帰るわ」
そう言ってアキは先にそそくさと出て行った。
「あっこらアキ!……んもう。部屋に戻る時だけ素早いんだからアイツは」
「んじゃ、リンたちも一旦出ててくれる?」
「あっ、そ、そうだったわね……」
そうして、リンとサキも部屋を出る。
なんか、久しぶりにひとりになった感覚。
トイレを済まして、昨日買ってきたシャツと作務衣の新しいのを取り出して、タンスから下着を出して全部脱いで着替える。やっぱり衣服が替わるだけでも気分がサッパリするな。
シャワーはまだ浴びれないので、水を使わないスプレータイプのシャンプーを棚から取り出して頭に吹き付け、左手で揉み込んでからタオルで拭き取る。いざという時のために買って常備しているものだが、今回のケガでめちゃめちゃ役に立っている。
ああ、ホスピタルも行かなきゃなあ。
「お待たせ」
「結構時間かかったわね……って、なんか頭スッキリした?」
「おう。シャンプーした」
「……は?片手でどうやって!?」
「今はこういうモノがあるのだよ」
彼女たちを再び部屋に入れて、スプレーのシャンプーを見せてやった。
「へえ、こんなのあるんだ。便利ねえ」
「俺みたいに片手を怪我してる人とか、仕事が忙しくて家に帰れない、風呂も入れないって人とか世の中には結構いるからな。あと、災害で避難してる時なんかにも重宝するらしい。
値段もそんなに高くないし、念のため買い置きするようにしてるんだわ」
「なるほどねえ。使い道はたくさん、ってわけね」
「そういう事。今回ホント買っといて良かったって思ってる。⸺んで、ちょっくらホスピタルに顔出してくるから」
「あ、そっか。普段は午前中に行ってるんだっけ」
「うん。今日は午前中行けてないからな。リハビリも始まってるし、一応行っとかないとな」
「……アンタ、ひとりで大丈夫?付いて行かなくていい?」
「あ、付き添いならリンさんおひとりでどうぞ」
「まあ大丈夫だろ。最悪もし何かあっても、ナユタさんが常時モニタリングしてくれてるからすぐ気付いてくれるし。ていうか行き先が地下だから、別に外出する訳じゃないしな」
「分かったわ。じゃあアタシたちはリビングかどこかに居るから、何かあったらインカムで呼んで」
「うん。ありがとな」
「ってなんでそこで私の頭を撫でるんですか!?」
3人でエレベーターに乗り、リンとサキを渡り廊下のある2階で降ろして、俺はそのまま1階まで降りる。IDカードでテンキーを開いて暗証番号を入力し、地階へと進む。
頭がまだちょっとスッキリしなくてダルいけど、その程度で歩行には特に問題なさそうだ。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は2月5日です。




