第五幕:3つの鍵
「マスター。私、思い出しました。
figuraになる前の、記憶」
淡々と、マイが話し出す。
「私、駅前のCDショップの前の、大きなモニターを見ていたんです。いろんなアーティストのプロモーションビデオが流れてて、それをずっと、見ていたんです。
その中に、Muse!のものも、あったんです。
私と同い年くらいの女の子たちが、歌って、踊ってて。みんな、自信に満ち溢れてて。歌も踊りも素敵で、とってもとっても眩しくて。
すごいなあ、あんな風になれたらなあ、って思いました。
私、その瞬間からきっと、Muse!の大ファンになったんです」
“記憶の鍵”を挿し込んで回した瞬間が、戦闘開始の口火になった。
オルクスの姿をした何かは突如として動き出し、同時に俺の戦闘指示に応じて3人もドレスと武装を身にまとう。
その後は、いつものバトルだった。
ただ違ったのは、迷宮のような狭い通路を進みながら一体ずつ倒して行かなければならなかった、ということだ。
不自由な右手と、慣れない左手。新型タブレットでの指示・操作にも苦労した。
「レイさんのダンスはすごく情熱的で、
ユウさんを見てるととっても温かくなって。
リンさんのパフォーマンスは力強くて、
ハルさんはたくさんの元気を分けてくれる。
アキさんはパワフルで頼もしくて、
サキちゃんからは目が離せなくて」
マイの精神世界の“迷宮”は細かく階層に区切られていて、戦い進むうちにどんどんと深層に降っていくような状態だった。
それはとても難解な、複雑な構造。
敵の強さも、いつもの実戦の比ではなかった。
「マスター、ありがとうございます。
この記憶は私にとって、とても大切なものでした」
だが3人は駆け抜けた。
まるで、さも当然と言わんばかりに。
いつもと同じように。いや、いつも以上に。
完全なフォーメーションと、完璧なコンビネーションで、次々と現れる“敵”を全て撃破した。
そして再び現れた鍵を手にした所で、俺たちはマイの精神世界から解放される形になった。
現実に戻った後、大慌てでマイとふたり、パレスに帰った。
そして今、事務所棟二階のカウンセリングルームで、誰も邪魔の入らない形でマイの告白を聞いている。
「私、憧れてたんだと思います。
こんな風になりたい、こんな風になれたら、って。
figuraになったことで、誰も私のことを憶えていなかったとしても。
⸺私は、私のこと、憶えてる」
マイは静かに、そして力強く、言い切った。
「Muse!に憧れてた、過去の自分のためにも、私、頑張ります。
だって、過去の自分が夢見ていた場所に、今いるんですから。
だから、誰のためでもなく、自分のために頑張ります!
だって私はMuse!が、Muse!のみんなが大好きだから!」
良い顔になったな、マイ。
思い出してくれて、本当に良かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その夜。
作戦指令室に全員が集合していた。
figuraの9人。
俺とナユタさん。
そして所長も。
「マイが記憶を取り戻したというのは本当かね」
所長の言葉に少女たちがざわめく。
「はい。私、思い出しました」
俺の代わりに返事をしたマイの目には、今までにはなかった強い光が宿っている。それは彼女の中の、揺るがぬ芯の軸を取り戻した強さの光だ。少なくとも俺は、そう感じた。
「本当なの、マイ?」
「まあ……!」
「……ウソでしょ!?一体どうやったのよ!?」
「記憶が……戻ったですって……?本当に!?」
「ふえぇ……マスターほんとに何でも出来ちゃうんだねえ……」
「本当に次から次へと、信じられない人ですね貴方……」
「おま、ほんとマジで有り得ねえ奴だなオイ」
「…………!!」
「マスターの指示で一部始終を観測済みです。
マスターの仰ることは全て事実です」
ナユタさんがそう補足したことで、再びザワつく少女たち。
「……ふむ、詳しい説明を聞こうか」
所長のその言葉で、全員の視線が一斉に俺に集まった。
「考えてみれば、簡単な話だったんです。
figuraたちは『霊核』に適合することで、記憶と感情を全て失います。でも、それは消滅したわけじゃない。
全ては『霊核』の中にあったんです」
彼女たち全員が、息を呑むのが分かった。
「なるほど、道理ではあるな」
「今まで誰の記憶も感情も戻らなかったのは、単純に『霊核を開ける鍵』がなかったからです」
「でも、鍵なら、私達は全員持って……」
「ユウ、それは『“舞台”の鍵』だよな」
そう、彼女たちが持っているのは“舞台の鍵”だけだ。
「鍵は3種類あったんです。
『“舞台”の鍵』
『“感情”の鍵』
『“記憶”の鍵』
この3種類。
感情の鍵は俺が作ったもの。そして記憶の鍵が今回見つかったもの、というわけです」
「しかし、彼女たちはfiguraになってしばらく経てば皆感情を取り戻しているが、それはどう説明するのかね?感情が戻っていなければ、アイドル活動も出来ないはずだが」
「それは推測になりますが、収集したアフェクトスによる擬似的な感情の復活だと思います。おそらく、アフェクトスを纏うことで一時的に自己の感情を取り戻しているだけなんでしょう。
だから、彼女たちの内に在る彼女たち本来の感情が完全に復活したわけではないんだと思います。万が一、今の状況でアフェクトスが涸渇するような事態になれば、再び感情を失ってしまうかも知れません」
「何……?」
「だって、アフェクトスを得る手段のなかったハクは、一度枯渇させて昏睡していたんでしょう?」
そう。まだ“舞台”もなかった頃のハクが“感情”を枯渇させて、復活するまで1年近くかかったと聞いたばかりだ。そして復活したあとも、彼女の感情の戻りは思わしくないのだ。
まあもっとも、彼女の場合は生前から喜怒哀楽が薄かったって可能性もあるにはあるけれど。
「その証拠になるかは分かりませんが、彼女たちそれぞれで同じ属性の感情でも傾向が少しずつ変わります。
現段階で俺が把握している限りでは、例えば同じ紫怨でも、
マイは『畏れ』。
レイは『不安』。
サキは『自虐』。
アキは『衝動』。
赤怒や青哀、黄喜や緑楽もそれぞれ違うはずです。感情の鍵で『霊核』を開けば、おそらくもっと顕著に個人差が現れてくると考えます」
「なるほど。君が作ったあの鍵では、そうした『個人本来の感情』を完全に回復させている、というわけか」
「だと思います。
まあ、推測でしかありませんが」
だが検証は必要だ。これはあくまでも推測でしかない。
「そして、どちらも『霊核』に封じられているせいか、ある種紐付けられています。だから感情を解放すれば『記憶の鍵』が現れるんだと思います。
今回俺は、マイの記憶に関連する場所が関係している可能性を考えて、彼女を1周年記念ライブの会場に連れて行きました。そこに行けば1周年記念ライブを見た記憶、そこで俺と会った記憶、そういった記憶が取り戻せると考えました。
ですが、実際にマイが思い出したのはもっと前の記憶、『Muse!との出会いの記憶』でした。
そこから考えると、『記憶の鍵』は単純に感情を解放するだけで発現すると考えていいと思います。そしてそれで解放される記憶は完全にランダムで、どの記憶が復活するか分からない……」
「またしてもお手柄だな。正直、こちらの想定よりはるかに大きな成果を挙げたと言える。
桝田君、本当にご苦労だった」
「いえ、まだです」
「……何?」
「今はまだ記憶も感情も復活の取っ掛かりを得ただけに過ぎません。不明な点も多いし、推測・推論で組み立てた部分も多いです。
成果として政府に報告するには、まだ不確定要素が多すぎます」
「む……」
「そもそも、まだ全員にアフェクトスを注入したわけでもないですし、記憶の解放に関してはマイがようやく成功しただけです。“鍵”の開放条件だってまだよく分かっていませんし。
だから少なくとも、全員に一通り試してみてからでないと『成果』とは言えないと思います」
「⸺ふ。相変わらず、自分に厳しいな」
所長が目を細める。
微笑んでる、のだろうか。
「あと、明日はちょっと休みをもらいます……今日はさすがに、やり過ぎ……」
立ちくらみが、した。
目の前の景色が、歪む。
そこまで言ってから、その先の記憶は、ない。
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次回更新は30日です。




