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第八幕:桃色の新生活(2)

 次に案内されたのは寮棟2階の一室だった。ソファやローテーブル、食器棚、冷蔵庫、TVなどがあり、まるで一般家庭のリビングのような、のんびり寛げそうな空間だった。


「こちらが寮棟のリビング。普段はfiguraの皆さんがここで寛いでいます。今はレッスンの時間なので誰もいませんが」


「あっ、ナユタさん」


 声がして、そちらを見ると、リビングに隣接したダイニングの奥にあるキッチンから顔を出したのは『マイ』だった。

 あの時、目の前で命を落とした少女は、今はお盆にいくつかのグラスとジュースのペットボトルを載せて、手に持って立っている。もうすでに、新し(・・)()生活(・・)にすっかり馴染んでいるように見える。


「あっ。それと、えっと、お久しぶりです」


 口ごもる彼女を見て、そう言えば名前を教えてなかったと今さらながら思い出した。


「うん、久しぶり。1週間ぶりかな。

名前、言ってなかったよね。桝田悠って言います」

「はい!……良かったあ。名前、聞いてなかったからずっとモヤモヤしてて。マスタユウさん、っていうんですね!」

「マイちゃん?今はレッスンの時間ですよね?」

「あっ、今休憩時間で。皆さんの飲み物を用意しようと思って」

「……マイちゃん。レッスン場の脇に給湯室、ありますよね?冷蔵庫もあったはずですよ?」

「へっ?…………あ!」


 うーん、どうやらこの子はそそっかしいぞ。


 ナユタさんがインカムを何やら操作する。


「ユウちゃん聞こえますか?マイちゃんがリビングに戻ってきてて。今、そちらに戻らせますね」

『まあ。マイさん、遅いと思ったらそちらまで行ってたんですね。

ふふ。慌てなくていいから戻るよう伝えて下さい』


 ナユタさんのインカムから落ち着いた、穏やかな声が聞こえてくる。この声はユウだ。っていうかインカムから話し声漏れてるけど大丈夫なの?それとも、スピーカー機能とか付いてんの?

 そしてマイがそれを聞いて、顔を青ざめさせていく。焦り、慌て、怒られることへの恐れ、それから後悔と“取り返さなきゃ”って決意と。

 いやいや、ちょっと君感情豊かすぎないか?


「はわわ……!す、すぐ戻ります!」

「マイちゃん、まだ慣れないことばかりで失敗も多いと思いますが、慌てず少しずつ覚えて下さいね。ユウちゃんもレイちゃんも、頑張る子はちゃんと認めてくれる子たちですから」

「はっはい!ごめんなさい!それじゃ!」


 慌てるな、って言われたそばからダイニングテーブルにお盆ごと置いて、大慌てで出て行くマイ。大丈夫かなあの子。

 そして彼女を見送ってから、ナユタさんがこちらに向き直る。


「マイちゃんはすでに研修生として加入が公表されていて、来月に正式加入とデビューを予定しています。彼女のデビューライブが桝田さんのマネージャーとしての初仕事になると思いますので、よろしくお願いしますね」


 うぇ、他人事じゃなかったー!?


「ていうか、あの子もMuse!の一員になるんですか?」

「当然です。figuraはその全員がアイドルグループ〖Muse!〗のメンバーと決められていますから。

彼女の加入によってMuse!は新たに7人体制になります。ライトサイド、レフトサイドの基本構成はそのままに、リーダーのレイちゃんがセンターソロとして独立する形になります」


 Muse!は今まで6人体制で、3人ずつレフトとライトでチーム編成をしていた。つまりひとつのアイドルグループでありながら、内実はふたつのアイドルグループの合同チームの体裁を取っている。

 そして新たにマイの加入によって、それが2チーム+ソロという編成になるのだという。


「じゃあレフトとライトのサイドリーダーも変わります?」

「レフトは今までどおりユウちゃんが務めます。ライトはリンちゃんが昇格ですね」


 ちなみにユウはあの時、マイの瞳を元に戻した物腰の柔らかなたおやかな美人で、リンはマイを見て『可愛い子』と言った小柄で活発な子だ。


「……本当は、今頃とっくに9人体制になっているはずだったんですけどね」


「……ん?何か言いました?」

「何でもありません。さあ、次をご案内しますね!」


 よく分からんけど、なんだか事情がありそうな感じ。ナユタさんから、ほんの少しだが深い悲しみと、軽い当惑の感情を感じる。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 寮棟の2階にはリビングと、それに隣接したダイニングとキッチン、バスルーム、ランドリー、トイレと洗面室、それに倉庫などがあり、3階と4階はfiguraたちの女子寮になっていた。各階はエレベーターの他に、ダイニングから階段でも上り下りできるようになっている。

 キッチンの奥には、通いの専属調理師夫妻の控室というか休憩スペースがあるそうだ。この時間はまだ来てないそうなので、そちらには行かなかった。

 調理師夫妻は正面から上がってくるのかと思ったら、キッチン脇にある勝手口から直接入ってくるらしい。勝手口があるのはキッチンから出るゴミを直接外に持っていくためでもあるそうだ。


「勝手口のセキュリティは私と所長、調理師ご夫妻しか解除できません。桝田さんもそれに加えておきますので、適切に施錠管理して下さいね」

「えっ…………あ、ハイ……」


 どうやらこれも拒否権なし(・・・・・)の案件っぽい。


 さっき事務所棟で会ったホムンクルスのメイドがやって来て、またカーテシーをしてくれた。顔、体格、髪型に服装……うん、これ“アインス”さんだよね?


「彼女が“ツヴァイ”です」

「えっアインスさんじゃ?」

「よーく見てください。一見して黒に見えますが、色味がかすかに青く見えるでしょう?それに髪型もアインスに比べて少し短いですよね」


 えっいや、そう言われれば青っぽく見えなくもないけど、もうこれほぼ黒じゃん!?これが勝色(かちいろ)ってやつなん?ていうかふたりで並んでもらわなきゃ違いなんて多分分かんないと思うよ!?髪型だって、ボブカットとショートボブの違いとか普通に分かんないし!


 “ツヴァイ”は再び綺麗なカーテシーを披露すると、そのまま奥の方へと消えて行った。あっちはランドリーがあると言われた区画なので、多分洗濯してたんだろう。

 ていうか、ツヴァイも喋らないのか。


「ちなみにランドリーはfigura専用になります。ですが桝田さんの専用洗濯機も設置されますので、ご用意できたら桝田さんも入れるようになりますね」

「えっ洗濯って、さっきのツヴァイさんがやるんじゃなくて?」

「ツヴァイが担当するのはお布団やカーテン、カーペット、それにキッチンやリビングで使う共用の布類が中心です。各人の衣服は個人で洗ってもらっています」


 あー、言われてみればそうか。年頃の女の子たちだし、仲間とはいえ他人の衣服と一緒くたに洗われるのはやっぱ嫌なんだろうな。


「ていうか、彼女たちと俺とで洗濯スペース共用ってまずくないですか?」

「そこは皆さんと話し合って、使う時間帯を分けてもらえれば」

「あーなるほど。つまり、彼女たちが洗濯している時は俺は入室禁止と」

「そうなりますね」


 まあ当然か。洗濯物の中には下着だってあるだろうしなあ。

 とか思っていたら、ナユタさんから驚愕の発言が飛び出した。


寮棟(ここ)の3階と4階は女子寮になっています。空き部屋がいくつかあるので、桝田さんのお部屋がご用意できるまではそのうちのひとつを居室として使って頂くことになります」

「えっ!?」


 俺の部屋って女子寮(ここ)なの!?


「でも、ここ女子寮ですよね?ていうか俺の部屋ないの?」

「そうなんです。事務所棟の3階を改装して桝田さんの居室を用意しますので、改装が終わればそちらに移って頂くことになりますが、なにぶん急な決定だったのでまだ整っていなくて。最初から水回りと寝具が整っている居室ってここにしかないんです」

「いや、でもそれってマズいんじゃ……女の子ばっかりの中に男がひとりとか……」

「ふふ、そうなりますね。桃色の新生活ってやつですね!うらやましいです!」


…いやいやいやいや!ダメでしょ絶対!


「各階五部屋ずつあってですね、空き部屋は3階のこことここと、あと4階のこの部屋が空いてますので」


 ナユタさんは女子寮の見取り図をタブレットで表示しながら見せてきて、空き部屋を指し示してくれる。


…だーからダメだって!人の話聞いて!!


 だーもうこの人感情からしてニヤニヤしてんじゃねーか!


「まあまあそう仰らずに。お部屋が用意できるまで桝田さんが身を律してくれれば済む話ですから♪」


 やっぱりかー!!


「……本当のことを言えば、やはりfiguraたちも年頃の女の子たちですから、彼女たちと同じ屋根の下に男性である桝田さんを一時的にでも住まわすのはどうかという話も出たんです。私もせめてフロアぐらいは分けるべきだとは思います。

でも女子寮(ここ)以外で桝田さんが寝泊まりできそうなのって、他には事務所棟の仮眠室かホスピタルくらいしかなくて。かと言って、中庭や屋上にテントなどで隔離するのも人道的にどうかと思いますし……」


 うん、まあ、それは嫌だけど。

 特にホスピタルはねえ……。


「それに……まあ、最悪そう(・・)なっても実際のところ問題はない(・・・・・)と言いますか……」

「…………えっ?」


「既に聞いているとは思いますが、我々は極秘事項の塊のようなものなので、外に部屋を借りさせる訳にもいかないんです」


 うっ。まあ、それは確かに。

 ていうか今サラッとスルーしたよね?


「なので。お部屋がご用意できるまでの間、桝田さんが鋼の意志で身を律してくれることが一番安上がりで丸く収まる方法なんです♪」


 うう……やっぱハーレムという名の地獄じゃねーか……。


「で、どの部屋にします?」

「……じ、じゃあ……3階のこの部屋で……」

「はい、了解しました♪」


 4階だと彼女たちの部屋にどうしても隣接する事になるし、3階で空き部屋を挟めば、まあ何とかなる…………と思うしかない。







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