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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【記憶の迷宮】
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第四幕:記憶の鍵

「⸺マイ。ここ、見覚えないか?」


 とある大きな建物の前まで来て、後ろをついてくるマイに声をかけた。


「えっ?」


 振り返ったら、マイが、言われて初めて気がついたとでもいうように、周囲を見渡す。


「ここって……」


「マイは知ってるはずだよ」


 彼女が戸惑ったような表情を見せる。

 憶えているような、知らないような、そんな表情と感情。


「ここで、俺たちは初めて出会ったんだ」

「えっ!?」

「先月ここであった1周年記念ライブ。その開演前に、目の前で倒れた俺に気付いて介抱してくれたんだよ、君は」


 きっと今のマイの目には俺の背後に、1周年記念ライブの会場だった多目的複合施設の大きな建物が見えているだろう。あの時起こった惨劇の痕跡なんかもう全然残ってなくて、辺りはいつも通りの穏やかな、そして平和な光景を取り戻していて、彼女が生前(・・)最期に(・・・)見ていた(・・・・)景色(・・)とさほど違わないはず。

 そのマイの目が大きく見開かれて、そして少しだけ、揺れた。


「お互いライブチケットを持っていたぼっち同士、同じライブを見に来たって分かって開演前に少し話をしたよな。そしてライブが終わった後にもまた会うことができた。君が今見たばかりのライブの感動を誰かに話したくて堪らない様子だったから、さっき行ったコラボカフェでお喋りしようって、そう約束したんだよ」


「1周年記念ライブ……コラボカフェ……」


「そして、カフェに向かう途中で、君はオルクスに襲われて、俺の目の前で命を落としたんだ」


「あ…………」


 ちょうど、あの時と同じ時刻、同じ夕暮れ。

 ふたりの立ち位置も、あの日と同じ。


 ふたりの間を風が吹き抜ける。

 まるで、飛んでいないはずの、光の塊が飛んでいるかのよう。


「私、わたし……」

「思い出してくれ、マイ。

生前、お互い名前も名乗れなかったけど、俺達はあの時確かに人間として(・・・・・)逢ってるんだ。figuraとマスターとしてではなく、ね」


 立ち尽くすマイに歩み寄り、左手で鍵を作る。

 鍵に呼応するように、彼女の胸に『霊核(コア)』の鍵穴が浮かぶ。


「思い出せ、マイ。

君は憶えているはずだ……!」


 鍵を鍵穴に挿し込んで、回した。

 同時に鍵が赤怒(あか)く染まった。


「ああ……っ!は……あ、うう……っ!」


 マイが手に持った荷物を取り落し、両手で俺の左腕にしがみつく。


「思い出せ……!

君は元からMuse!の大ファンだったんだよ……!

Muse!を大好きだった自分を、取り戻せ!」


「あっ……い、いや……っ!」


 ここはシミュレーションルームではなく、周囲には“舞台(スケーナ)”の展開もない。道行く一般の人たちが自然に発する感情(アフェクトス)の量には当然、限りがある。

 それでも探せるだけ探し、集められるだけ集めて、ありったけの“感情(アフェクトス)”を全部マイに、彼女の『霊核(コア)』へと注ぎ込む。赤怒(マゼンタ)がなくなれば青哀(シアン)、次いで黄喜(イエロー)も、緑楽(グリーン)も、さらに紫怨(パープル)まで。

 精神力の続く限り、どんな遠くからでも、全部かき集めて注ぎ込んでやる!




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 やがて俺の気力が尽き、鍵が溶ける。

 俺もマイも立っていられず、崩れ落ちるように道端にへたり込んだ。


 はあ、はあ、はあ。

 ダメ、なのか……?


 変化のないことに若干気落ちしていると、不意にマイの『霊核(コア)』が光を発して浮かび上がった。


「…………えっ!?」


 光はどんどん眩くなり、一点に集まってゆく。

 ちょうど、彼女の『霊核(コア)』の鍵穴の上に。


 光が収まった時、そこには見たこともない鍵が浮かんでいた。


「マスター……わたし……」


 座り込んだまま茫然自失のマイが、おそらく無意識に、言葉を紡いだ。


「ここで、レイさんに声を、かけられて……」


「思い、出したのか……!?」


「わかん、ないです……

なんだかモヤがかかったような……

でも、すごく、大事なことを忘れているような気がして……」


 鍵はまだ鍵穴の上に浮いている。

 まるで、挿し込んでくれと言わんばかりに。


「⸺マイ、もう一度行くぞ。

頑張って思い出そう!」

「えっ?…………あ!」


 左手で鍵を掴むと、そのまま挿し込んで、回した。


「うあああああっ!」


 マイの絶叫が、夕暮れの街に響き渡った。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 突如。イメージの檻(・・・・・・)が展開する。


「えっ、“舞台(スケーナ)”?なんで!?」


 一瞬にして周囲の人の気配が消え、静寂に包まれ誰もいなくなった街に、虹色の瞳のマイだけが佇んでいた。

 無表情のまま、無言のままで。


 彼女が右手を俺に差し出した。

 その彼女の掌には、先ほど初めて見た、あの鍵が浮いていた。


「これを、使えってのか……?」


 不意に、視界の端の空間が歪んだ。

 慌てて振り返ると、そこにあったのはオルクスの姿。

 “大きな口(マウス)”だった。あの時マイを喰い殺した、憎い仇。


 だが、様子がおかしい。

 攻撃してくる気配がない。


 なんだこれ、どうなってる……!?


ピピッ。


 支給されたばかりの新型タブレットから、ナユタさんの通信を知らせる着信音。


『マスター!?マイちゃんと一緒ですか!?』

「えっはい、一緒ですが」

『マイちゃん、無事ですか!?たった今、彼女の昏睡状態を観測したんですが!』

「えっ、マイなら目の前に立ってますけど……」

『それだけではありません!マスターの存在確立も揺らいでいます!今どちらにいて、何やってるんですか!?』


 まさか、これは、もしかして、マイの精神の中にいる、って事なのか……!?


「ナユタさん!マイの精神状態をスキャンしてみて下さい!そこに俺の存在の一部でも観測出来ませんか!?」

『えっ?は、はい……


か、確認できました!マスターの、精神体?が確かにマイちゃんの精神の中に!』


 やっぱりだ。

 ここはマイの心の中。

 あの鍵はおそらく、記憶の鎖をほどく、鍵。


「ナユタさん!観測強度を最大まで上げて下さい!今からマイの記憶を取り戻します!」

『えっ!?どういう事ですか!?』

「“記憶の鍵”を見つけたんです!おそらくマイの精神の中で、彼女の記憶を閉じ込める存在(ナニカ)を倒せば、部分的にでも記憶が解放されるはず!」

『で、では、バトルということですか!?』

「そう、シャドウバトルみたいな、影を使ったバトルになるはず!」


 戦闘ならfiguraが3人必要になるが、ここがマイの精神の中なら、念じるだけであと2人の増援が来るはず。


「マイ。誰に助けて欲しい?

お前が頼りたい子を2人、喚んで(・・・)ごらん?」


 すると、無言のままの彼女の脇に現れるふたつの影。

 現れたのはユウとリン。まあそうだよね、マイは模擬戦闘(シミュレーション)ではこのふたりに鍛えてもらってるもんな。


『さらにユウちゃんとリンちゃんを観測!

え、これ、本当に、そこにいるんですか!?』

「もちろん。今から3人でマイの記憶を解放してきます!」


 ナユタさんにそう宣言しながら、彼女の掌の鍵を受け取った。


「さあ、行くよマイ。

大切な記憶を、取り戻そう!」


 最後にそう声をかけて、鍵を彼女のギアに挿し込んだ。






いつもお読みいただきありがとうございます。



【お知らせ】

ちょっと使ってる小説執筆アプリで本作『その感情には“色”がある』の保存してある本文が大量消失する不具合がありまして。【オールナイトダンス】までの全話と、現在書いている最新章(記憶の〜の次の次)が全消失しました。

今のところは現在更新中の【記憶の迷宮】全十四幕は無事なので更新は続く見込みですが、万が一【記憶の迷宮】まで消失する事態になれば更新が止まる可能性があります。現在、運営元に不具合修正依頼を出していますが、なんとも予断を許さない状況です。


まあ読んでくれている方もほぼいないんで(更新日でも日当たりPV100件未満)、別に問題ないかも知れませんが(爆)。

とりあえずデータが残っているうちは、毎月5の倍数日更新は継続する予定です。また状況が変わればお知らせします。

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