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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【記憶の迷宮】
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第二幕:鈍色の新型タブレット

 ホスピタルを退出した時にはもう時刻は11時を過ぎていた。けどまだ昼飯には時間があるな。

 たぶん調理師さんが忙しく準備をしている時間帯だろうから、ダイニングには近寄らないでおこう。というか、洗濯物が溜まってるからランドリー回すか。


 2階のランドリールームはfiguraそれぞれの子の専用の洗濯機と乾燥機のセットが並んでいて、他に布団を洗う大物洗濯機や、事務所やキッチンで使う共用物の備品用洗濯機もある。ちょっとしたコインランドリーの雰囲気だ。

 みんな、いつもここで自分の洗濯物を自分で洗っている。あ、でもミオとハクの分の洗濯機はまだないはずだけど。


 その列から離れた隅っこに『マスター専用』と書かれた洗濯機が置いてある。もちろん俺の……というか、〖MUSEUM〗に拾われる前に独り暮らししていた部屋で使ってたやつがそのまんま据えてあるわけだ。

 ただし、figuraの子たちが誰かひとりでもランドリーを使用していると俺はランドリールームに立ち入れない。そういう時、表のドアには『使用中 マスター立入禁止』と書かれた札が掛けられる。

 幸い今は誰も居なかったし、回ってる洗濯機もなかったから、使うなら今のうちだな。


…まあみんな女の子だし、男がいる空間で下着なんか洗えないだろうしね。なので普段は、僕が洗濯出来るのはたいてい土曜の深夜だ。

部屋は無事に事務所棟三階に移れたけど、出来ればランドリーも男女別にしてもらえないかなあ。



 洗濯機を回す間、スマホでネットニュースをチェックする。Muse!関連のニュースがあればつい読んでしまう。けどまとめサイトなどは大抵デタラメとか憶測ばかり書いてるので読まずに飛ばす。

 SNSでは、今度のマイのデビューライブのチケットを買った、という投稿が結構目に付いた。あと10日ぐらいだから、そろそろ購入者の手元に届いてるはずだ。それにしても、これだけの人たちが彼女のデビューを見にきてくれると思うと気が引き締まる。

 無事に成功させるためには、あと他に何が必要だろうか。マイに自信をつけさせて、新レフトサイドの3人の結束を高めて、あと、何が……


 おっと、いつの間にか洗濯機が止まってるじゃないか。

 自前の洗濯カゴに洗い物を全部上げて、洗濯機の上に据えてある乾燥機に左手でぽいぽい放り込む。乾燥時間は30分でいいか。


 さてと、そろそろ食堂行くかな。


「あっ、マスター。どこ行ってたんですか?もう皆さん揃ってますよ」


 なんか毎回マイに一番に見つかってる気がする。


「うん、ホスピタル行ってて。あと戻ってきてランドリー回してた」

「あ……せ、洗濯してるんですか、今……」


 あれ、マイも使いたいのかな。


「まあ今乾燥機に放り込んできたから、お昼食べ終わる頃には取り出せると思うけどな」

「そ、そうですか。なら良かったです」

「マスター、また手をお洗いしましょうか」

「うん、毎回悪いねユウ。よろしく」


 いつも通り、ユウに洗面所で手を洗ってもらってから食堂に戻る。今日の昼は軽めに冷やし中華だった。

 もう日中は汗ばむ陽気だもんなあ。冷麺の美味しい季節だ。



「マスター、あの、ちょっと買い物に付き合ってもらえませんか」


 食べ終わって各自それぞれの食器をキッチンに下げている時、マイがそう言ってきた。


「んー、ナユタさんがいいって言えばいいけど」

「じゃあ、お許しをもらえたらお願いしますね!」


 一応、まだ自室療養中だからなあ。でもまあ、たぶん大丈夫とは思うけど。

 ……あ。上着、これで大丈夫かな。一応、上にもう一枚羽織って行くか?

 ていうか、その前に乾燥機から洗濯物出してファクトリー行かなきゃ。


「あーでも、先に洗濯物を部屋に置いてくるから。あとファクトリーに寄る用事もあるから、少し待っててもらわないと」

「そうなんですね。じゃあリビングでお待ちしてますね!」


 ランドリーに行くと、ちょうど乾燥機が止まったところだった。手早く取り出して洗濯カゴに放り込む。畳むのはひとまず後でいいや。

 自室に上がって洗濯カゴをベッドの上に放り出して、それからクローゼットを開けて、ギプスの上から羽織れそうな上着を物色する。

 うーん、着れそうなのがないな。どうしようか、ホスピタルで相談してみるかな?



 まあそれはそれとして、ファクトリーに降りる。応対してくれたのは歳の若い女性の職員さんだった。初めて見る人だけど、他の人と同じような白衣を着ているし、まあ研究者の人なんだろう。

 彼女の白衣の左胸にネームプレートがあり、ローマ字で「コナミ」と読めた。パッと見はモロズミさんと同じぐらいか、もう少し若い感じ。ファクトリーってこんな若い人もいるんだな。


「ああ、君がマスターくんだね」


…って、なんか歳下扱いされてる?


「出来てるよ君の端末。はいこれ」


 そう言われて手渡されたのは、タブレットではなくて頑丈そうな鈍色(にびいろ)の小さな薄い箱だった。

 10cm×15cmに満たないぐらいのかなり小さなサイズで、前のタブレットよりも一回り小さい。厚みは約2cmといったところで、ほぼ何も入りそうにない。入ったところで書類やハガキぐらいか。

 なのに相当頑丈そうな作りで、重量もそれなりにある。絶対壊れないジュラルミン製のケースとか作る某有名メーカーの製品か?ってぐらいの重厚さだ。


「いや、タブレットじゃないんですか?」

「タブレットだよ。何言ってんの」

「そうは見えないですけど……」

「まあ説明するから。貸して?」


 彼女はそう言って俺の手から半ばひったくると、四辺の長い辺の片方に出ているスライドスイッチを動かした。

 カシャッ、と小気味よい動作音がして、箱が開く。

 箱じゃなくてちゃんとタブレットだった。しかも折り畳み式の2画面のタイプだ。画面的には7インチないくらいだけど、それが2画面あるからすごく広く見える。こんなん初めて見た。


--えーなにこれカッコいいじゃん!


「ちょっと待ってね~今設定するから」

「設定?」


 彼女は開いたタブレットをテーブルに置いて、いくつかタップした後、置いた方の画面をタタタタと指先で叩き始める。その手元をよく見たら、叩いてる方の画面にキーボードが表示されていた。

 マジか。ノートパソコンになってるぞ。


 しばらく操作して、彼女はパタリとタブレットを閉め、そして俺の所に持ってくる。


「ここのスライドスイッチに、利き手の一番触りそうな指の指紋を5秒当てて。それで指紋認証とパーソナルデータの登録が完了するから」


 言われるままに従う。少し考えて右手の親指にした。多分左手で持って右で操作するから、これでいいはず。

 いやあ、右手のギプスが半分開放されてて助かったなこれ。


「じゃ、そのままスライドさせて開けてごらん」


 言われるままにスライドさせると、先ほどと同じようにカシャッ、という音とともにタブレットが開く。


「これで、もうこの端末は君しか開けないから」

「えっマジで?」

「うん、ほら」


 彼女が一旦閉じて、改めてスライドスイッチを動かそうとする。しかしもう微動だにしない。だけど俺が触るとすんなり動く。

 ていうか、俺でも登録された右手親指以外では開かなかった。こりゃあセキュリティはバッチリだけど、ギプスが完全に取れないうちは使いづらくてしょうがねえな。


「防水、防塵、防圧、耐衝撃それぞれで最高等級の性能があるから。閉じた状態なら車に轢かれたって壊れないよ」

「マジか!」

「それと基本的な設定はあたしが済ませておいたから。あとの詳しい使い方はこれ見てくれればいいからさ」


 と言われて彼女に渡されたのは取扱い説明書。


…いや待って?厚み1cmぐらいない?


「全部読む必要はないよ。半分以上はもう済んでるし。

あ、あとこれもやっといてもらわないと」


 そう言って彼女はホームボタンを指す。


「さっきの要領で5秒読ませて。そこ長押しで戦闘指示プログラムに替わるのは前と同じだから」


 はあ、なるほど。二段セキュリティなんだな。

 確かに俺が指紋認証を済ませた後は、彼女がいくら長押ししても戦闘指示プログラムは立ち上がらなかった。これはますます俺専用だな。とてもじゃないがナユタさんと交換するどころの騒ぎじゃないや。


「じゃ、そういう事で。大事に使いなよ?」


 彼女はそう言い残して、さっさと奥に引っ込んでしまった。ありがたく使わせてもらおう。






【注】

作中に出てくる新型タブレットは本作オリジナルです。もしかしたら現実にもあるのかも知れませんが、少なくとも作者は二画面タイプのものは見たことないです。

あとコナミさんはめっちゃ童顔ですが、これでも30代半ばで子供もいる人妻(という設定)です。

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