〖閑話3〗第四幕:彼女たちの実力は
夕食後、再び全員でシミュレーションルームに移動した。figura9人と俺、それに所長とナユタさんも一緒だ。
なんでレッスン場じゃなくてシミュレーションルームなのかっていうと、ミオとハクが対外的にまだ研修生加入も発表されていない秘密の存在で、誰かに目撃されるわけにいかないからだそうだ。
「パレスから出られない事態を想定して、シミュレーションルームでレッスンも可能な造りになっていますから、大丈夫ですよ」
「いや何が大丈夫なのかサッパリなんですが」
ていうかパレスから出られない事態って何を想定してんのナユタさん!?
シミュレーションルームのコントロールパネルは何故か音楽も流せるようになっていて、ご丁寧に〖Muse!〗の発表済み楽曲が全てデータ収録されていた。なんとマイたちが音楽番組で一度だけ生歌披露しただけの『Fabula Fatum』のレフトサイドバージョンまでデータ化されていて、いやもうホントに何故?
ま、それはひとまず措いとくとして、まずはミオとハクがどれだけ歌って踊れるかを見ないとな。それ次第でチーム編成が変わってくるもんな。
まあ、俺は歌の良し悪しとか分からんけどね!
「マスターも来てるけど、アンタ歌唱チェックとか出来るわけ?」
「いや、全然?」
「…………出来ないのになんで来てるのよ?」
そんな寂しい事言うなよなリン。俺だって見たいに決まってるじゃんか。
「さて、ではまずミオとハクの実力を見ていこうと思うが、歌は何がいいかね?」
「そうですね、やはりここはMuse!の代表曲でもある『Fabula ᖴatum』がいいのではないかと」
うん、異論無し。ていうかマイの生歌披露の時だって、一番歌い慣れてるって理由でそれだったもんな。
ちなみに、タイトルの意味は『運命の物語』。ラテン語で、“Fabula”が物語、“ᖴatum”が運命って意味なんだそうだ。なんでラテン語かっていうと、魔術師の世界ではラテン語が基礎言語なんだとか。道理でなんかやたらラテン語多いなと思ってたんだよね。
「では、カラオケモードにセットして……」
「そんなのまでついてるんですか!?」
そのコントロールパネル、マジで一体どんだけ機能つけてるのナユタさん!?
「はい、こんなこともあろうかと♪」
「いや準備良すぎ!」
「なんでしたら、曲なしでもパフォーマンスできますが」
「できるのミオ!?」
「現時点で発表済み曲の歌詞と振り付けは全て見て覚えています。歌唱チェックさえクリアすればデビューは可能だと考えていますが」
「覚えてんの!?」
「かつての仲間には違いありませんから、Muse!の動向は常にチェックしていましたので」
…んん?
「えっそれって、もしかしてミオたちも実はアイドルやりたかった……ってこと?」
顔逸らしたよこの子!えっなに、ってことはもしかして「許さない」ってそういう意味!?
ハクはいつも通り……いつも以上にモジモジして上目遣いしてくるよ!何なのもう早く言えよな!
「…………やれやれ。ではとりあえず、ふたりがどれだけできるのか、ひと通り確認してから結論を出そうか。どれだけやれるか、実際見てみないとなんとも言えんからな」
--所長さんも若干呆れてるし!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………で、まあ、ひと通り歌ってもらったわけだけども」
シーンと静まり返ったシミュレーションルーム。声を上げたのは俺だけだ。ハクはオドオドしてたのがすっかり消えて、今はスッと背筋を伸ばしてしっかりと俺の方を向いて立っている。こうして見ると美少女っぷりがより際立つな。
ミオの方もやり切ったいい笑顔で、なんならちょっとドヤ顔まで決めている。額にキラリと光る汗が眩しい。
チラリと所長とナユタさんの顔色を伺う。ふたりもコントロールパネルの椅子に座らせてもらってる俺の方を視線だけで見返してきた。
えー、やっぱ俺が全部言わなきゃダメかなあ?
「えー、まあその、なんだ」
ああもう!リーダー3人の生暖かい視線が辛ぇなマジで!
「…………ミオ」
「はい!」
「デビューは諦めようか」
「……………………………は?」
彼女は名前を呼ばれて満面の笑みになって、すぐにポカンとして、何言われたのか分かんない様子で混乱の感情を吹き出して、それから愕然とした。
いやミオも結構な美少女なんだけど、そんな美少女の百面相なんて結構レアだよなー、とか思ったりしてみる。まあ現実逃避だな。
「な……な……な……」
まあ気持ちは分かる。君自信満々だったもんな。
「何故ですか!?」
「超がつくほどの音痴だったから」
もうホント、その一言に尽きた。
確かに言うだけあって、ミオのパフォーマンスは完璧だった。ただしそれはダンスに関してのみの話だ。歌は、歌詞こそ完璧に覚えてはいたものの音程から細かいテクニックから何から何まで、ひとつもいい所がなかった。
「お…………おん…………」
「音痴。下手にごまかしても君のためにならんと思うから敢えてハッキリ言わせてもらうけど、絶望的に音痴」
「二度も言わなくたっていいじゃないですか!」
トドメを刺された格好のミオはもはや涙目だ。でもこれは、心を鬼にしてでも言わなくちゃ。
「というわけで、ミオには地獄の猛特訓が必要だ、ってのが俺の判断。⸺デビューさせない、って選択肢は無いんですよね?」
言葉の最後は所長に向けて、所長もそれをちゃんと分かってて返事を返してきた。
「そう、だな。今後のfiguraは9人での一体運用が基本となるし、〖MUSEUM〗に所属するのはアイドル活動を行うことが前提となるからね」
まあそりゃそうだよね。アイドル活動してアフェクトスを稼ぐって前提のもとに魔防隊の外郭機関である〖MUSEUM〗は成り立ってるんだし、そこに所属するfiguraがデビューもしないで、例えばマネージャーみたいな立ち位置でいられるわけがない。『アフェクトスを稼げないfiguraなど不要』とか言われたら目も当てられない。
ミオのことは正直まだほとんど何も知らないけれど、この子だって今まで戦い抜いて来たんだからそれに報いてあげたいし、アイドルやりたいって希望もちゃんと叶えてあげたい。これがソロデビューとかなると難しいだろうけど、グループの一員としてなら個性で押し通す事だってできるはず。
「というわけで、ミオのデビュー時期は未定。少なくとも人前に出して恥ずかしくない程度の歌唱力を身につけてから、ってことになるね。⸺他に意見のある人?」
意見を求めて見回したけど、みんなも何と声をかけていいやら迷っている様子。ミオはがっくりと肩を落として、明らかに落胆……と羞恥と、あと悔しさ?
うん、ならこの子は大丈夫だな多分。
そんな中、最初に声を上げたのはやっぱりレイ。
「……確かに、現状では酷かったと思うけれど。でも最初から上手く歌える子なんて居ないわ」
「そんなの慰めにもならないわよレイ!全然説得力がないわ!」
…そうなんだよねえ。だってハクの方はこの場の全員が聞き惚れるほどの美声で、完璧に歌い切っちゃったもんなあ。
「あら。ハクは確かに完璧に近かったけれど、彼女は声量が足らないわ。そういう意味ではハクだってデビューさせるためにはレッスンが不可欠よ」
あ、そうなんだ。さすが、普段からみんなのレッスンつけてやってるレイは見てるとこが違うな。
「だから、ふたりとも研修生加入の告知だけして、あとはマイと同じで巡回デビューだけ先行すればいいと思うの」
「うん、妥当なところかな」
ミオだってこのままじゃ終われないだろうし、奮起に期待ってところだね。
「分かった。ではその方向で調整しよう」
というわけで、ひとまず予定通りに告知済みの新レフト、新ライトの構成で〖Muse!〗第二期は始まることになった。ミオとハクは顔写真だけ撮って、公式ホームページ上で研修生加入告知だけ行うと決まった。
彼女たちの正式加入とデビューは、レッスンの進捗を見ながら決める、ってことになりそうだ。
これにて閑話集は終了です。
次回更新は新年1月5日、新章【記憶の迷宮】開始となります。全14話(予定)。
年内の更新はここまでです。お付き合い下さりありがとうございました。
では皆様、良いお年を。




