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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【閑話集1】
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〖閑話1〗第五幕:動揺の残したもの

「でもさあ、それならそれでなんでレイが料理作るの放ってるのさ?」


 興奮するリンを何とかなだめすかして落ち着かせて、ようやく大人しくなってくれたところで聞いてみた。

 分からないのはそこなんだよね。さっきナユタさんが言ってたみたいに禁止してしまえばいいのに。


「あの子、オフの日とかにたまに自分で作って食べてるのよ。だからそれまでダメって言うのはちょっと……って思ってたのよね」


 あーまあ、それもそうか。


「でも、それを食べられるのはレイ本人だけなの。他の子も必ず一度は振る舞われるんだけど、無事に食べきれた子は今までひとりもいないわ」


 そ、そんなに……!?


「一度でも味わえば、そのあとは誰もレイの料理を口にしようとしなくなるし、レイもそれを分かってるから時々しか勧めてこないし」

「いや時々勧められるのかよ!?」

「さっきあの子自身が言ってたでしょ、『前のはダメでも次は美味しいかも知れない』って」


 うわあ、確かに言ってたよ。


「レイさん自身は次こそちゃんと美味しいものを、って本人なりに努力してるんです。ただ舌の機能が正常に働いてないから上手く行ってないだけで。だから、その努力まで全否定してしまうのはちょっと違うかなと」


 優しいなサキ!優しいけど、その優しさはなんか諸刃の剣じゃないのかなぁ!?


「レイ自身は食べられるんだから、あの子が自分で作って食べる分には問題ないしね」

「いやまあ確かにそうだけどさ」


 てかそれはそれで、栄養価的に大丈夫なのか?


「……と思って今までは禁止まではしてなかったんです。けれどさすがに桝田さんまで餌食になってしまった以上は……」


 いや餌食(・・)て。

 ナユタさんも時々、言葉の選択に容赦がなくなるよね?


「ま、そういうアレなんでマスターも以後気を付けて下さい。

レイさんに悪気が全くないから少々気の毒ではありますが、二度以上食べてる私やハルさん、ユウさんが揃って毎回同じ目に遭ってるんで、再チャレンジはオススメしません」

「今回はたまたま他に誰もいない瞬間だったのが不運だった、としか言いようがありませんね。他に誰かいたら絶対作る前にレイちゃんを止めていたでしょうから」


「……こ、今度から気を付けます……」

「でも、桝田さんの意識が無事に戻って本当に良かったです。こんなにトラブルが重なる日なんてそうそうないと思いますし、明日はきっと、いい1日になりますよ♪」


--うーわナユタさん無責任~。


…まあ、そう願わないとやってらんない部分はあるけどさ。


「あっ。ところで、俺のタブレットなんですが」

「桝田さんのタブレットはあの時現場で落としてしまっていたので、精密チェックの結果を踏まえて念のために新しいものに交換する事になりました。

中のデータはリアルタイムでバックアップされていたので、替わるのはほぼ外側だけになりますが、次はもっと頑丈なものをファクトリーが準備するそうです」

「って事は、まだ届いてない?」

「はい、1週間程度はかかるそうです」


 ええと、怪我したのが何日で、今日は何日だっけ……?


…兄さんが襲われたのが7日で、今日が11日だよ。


「新しいタブレットが届くのは、予定では13日か14日ぐらいですね」

「じゃあ、それまでは……」

「はい、桝田さんはお休みです」


 うわぁ……その間どうやって暇潰そうか……。


「あ、そういえばアカウント管理は……」

「それは私が代理ということで復帰して、桝田さんの机のPCを使わせてもらっています。ファンの皆さんもずいぶん心配して下さってて、経過報告ぐらいはしないといけなくなってるので」

「お手数かけてすいません……」

「謝らないで下さい。オルクスと戦う以上はマスターの負傷事例も当然起こり得ることなので、これは最初から想定された事でもありますから」


 そう言われれば確かにそうだ。そういう意味でも俺とナユタさんの2人体制は必要って事になるのか。


「まあその点はね、今回のことでアタシ達も改めて気を引き締めなきゃって思ってるとこ。ちょっと最近、余裕の戦闘が増えてきて油断してるとこもあったと思うし」

「そうですね。それは所長も言ってました」


「……私は正直、マスターなんて最初から居ないほうが良かったのに、って気持ちになってます……」


 不意に呟かれたサキの一言に、全員がハッとして彼女の方を見た。

 サキは、今までに見せたこともないような泣きそうな表情で、自分の肩を抱いていた。立ち昇る感情は……失望、不安と……あと情けなさ?


 そっか、この子は……


「俺が怪我しただけであんなに動揺すると思わなかった、ってことだよな?」

「我ながら、自分自身に失望する思いですよ。今まで経験を積んでどんな状況でもやれる自信を付けてきたと思っていたのに、あれで何もかも全部吹っ飛びました……」


 サキが正直に心境を吐露するのは珍しい。それだけショックだったということだろう。


「まあ、そこはね。アタシも動揺して焦るばかりで動けなかったし、サキの気持ちはよく分かるわ。

でも、レイも同じようにショックだったと思うのよね。ユウは動けたのに自分は動けなかった。その差は何だろう、って絶対考えてると思う」

「うん。こないだも少し言ってたよねリンは」


…正確には今日の昼、ね。


 最初がユウ、次がリン、そしてレイが3番目。

 この3人が一番最初期のfiguraで、Muse!が最初にデビューした時もこの3人だったと聞いている。彼女たちの間の連帯感も強いし、だからユウとレイの心のケアを出来るとすればリンしかいないだろう。


「レイに関してはリンに頼んでもいいか?そこの深い部分に関しては、俺じゃまだどうにもならんと思うし」

「もちろんそのつもり。マスターは歳も上だし何でも出来て考え方も深くて頼りにはなるけど、居なかった頃の事まではどうにもならないものね」


 いやハルにも言ったけど、何でもはできねぇよ。

 でもまあそれはそれとして。


「で、サキに関しては、特効薬はないと思うから地道にやっていこう。俺も二度とああいう失敗しないように頑張るから、サキも一緒に頑張ってくれればありがたい」


「私は…………私は自信、ありません……」


 サキはそう言って頭を振って立ち上がると、そのまま食堂から階段を駆け上がって部屋に帰ってしまった。


「サキちゃん、少しナーバスになってますね……」

「figuraの心身の健康管理もマネージャーの仕事、ですよね」

「アンタ簡単に言うけどさあ……。

ん、まあでも、マスターに任せるしかないか……」

「サキちゃん、繊細な方ですから。

マスター、どうかよろしくお願いしますね」


 洗い物を終えて戻ってきたユウに頼まれるまでもない。近いうちにきちんと時間を取って、彼女たちと話をしないとな。

 サキやレイだけじゃなく、気丈に振る舞ってるけどリンだってまだ完全に立ち直ったとは言いがたいし。でもまあ、根気強く地道にケアしていくしかないんだろうな。


 俺が油断してたばっかりに、このままでは彼女たちの心に大きな傷を残してしまいそうだ。だけどどうしたらいいものか、すぐには考えつきそうもなかった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

ちょっと不穏な雰囲気ですが〖閑話1〗はこれで終了、次回からは〖閑話2〗に入ります。


次回更新は30日です。

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