〖閑話1〗第四幕:マスターは二度死ぬ!?(3)
「全く。お前たち、マスターを殺す気か?」
なんか、所長の声が聞こえる気がする。
「あら。結構上手く作れたと思うのだけど?」
「その、私も、良かれと思って……」
レイと、ユウ?
え、なんか怒られてる……?
「とにかく!レイちゃんは今後一切、お料理禁止ですからね!」
ナユタさんまで……なにを怒ってるの……?
「心外だわ。美味しいと思うから食べてみて頂戴」
「その美味しい料理を一口食べたマスターがこのザマなんだがね。今さら確かめるまでもないだろう」
料理…………?
うっ、頭が……!
なんだろう……よく……思い出せない……
「レイ。アンタさぁ、今まで散々やらかしてるのにまだ分かんないの?」
「あら。前は失敗したかも知れないけど、次は上手くいくかも知れないじゃない?」
「それで犠牲になるのはこっちなの!
いい?マイに食べさせたら絶対ダメだからね!」
リンまで……レイを怒ってる……?
何か……あった、のか……?
「レイさんのアレは知らないと食べられませんし、知ってたら絶対食べませんからね……」
「ハルも……ちょーっと遠慮したい、かなあ……」
「遠慮どころじゃねえだろがよ。そもそもありゃ食いもんじゃねえ」
「えっそ、そうなんですか!?」
サキが青ざめてる。
ハルが怯えてる。
アキが呆れてる。
それを見てマイが戸惑ってる。
レイは自分の旗色が悪いと思ったのか、黙ってしまった。
もしかして…………いや、どういうこと……?
「あっ!マスターが、気がつきました!」
あ、目覚めてるのがマイにバレた。
「桝田さん、大丈夫ですか?」
すぐにナユタさんが駆け寄ってきてくれた。どうやら俺はまた、ソファに寝かされていたようだ。
ということはここは寮棟のリビングで、……え、所長やナユタさんまで来てるってよっぽどの事じゃない!?
「桝田さん?聞こえますか?
私のこと、分かりますか?」
「えっと……」
ナユタさんですよね?
「私の手を見て下さい。指が何本に見えますか?」
「ええと」
いや二本立ててますよね。
ていうか何の確認なんですかそれ!?
「まだ意識が朦朧としているな。念のためにホスピタルに運び込むか」
ホスピタル……
えっ、そんな重症……?
って誰が……?
その時、腹がグウゥゥゥと鳴った。
誰の?もちろん俺のだ。今日なんか朝から全然食べてない気がする。
「ユウ、お粥でも作ってやれ。極力胃に優しいものがいいぞ」
「……はい!すぐに!」
「マスター!お水、どうぞ!」
「あっ、マイちゃん!食器棚の引き出しにストローが入ってますから持ってきて下さい」
「あ!そ、そうですね!」
「マイさん、ただの水よりスポーツドリンクの方がいいですよ。冷蔵庫に入っていたはずです」
「えっ。あ、そうだねサキちゃん!」
「あっマイ!空きっ腹にいきなり冷たいものを飲ませたらダメよ。レンジで少し温めて持ってきて」
「リンさん!分かりました!」
なんか、周りがバタバタしだした。
ちょっとうるさい……
それにしてもお腹すいた……
「おお〜。みんな分担してて手際がいいねえ」
「こういう時にオレらにできるこた無えよ。適材適所ってやつだ」
慌ただしく動くみんなを、アキとハルは傍観しているらしい。なんか言い訳してるみたいに聞こえるな。
「スポーツドリンクできました!」
「よし、じゃあ少しずつ飲ませて」
「マスター、どうぞ」
カップに差し込まれた先曲がりのストローを咥えさせられる。
一口吸い込むと、妙に生温かい変な味の液体が口腔から食道を通って胃に流れ込んだ。
ああ……この温かさは……なんていうか、優しいなあ。
食道も胃も、全身が喜んでる気がする。
『五臓六腑に染み渡る』って、こういう事を言うんだろうなあ。
「マスター、お粥できましたよ」
ユウがお椀に入れたお粥を持ってきた。
レンゲで掬って、息で何度か吹き冷ましてから口元に持ってきてくれる。
咀嚼して、飲み込む。
ああ、これも染み渡る。
旨い。
「ああ……生き返る……」
「わあ☆マスターが!」
「喜んで頂けて何よりです♪さ、もうひと口召し上がれ」
「はー、やれやれ。何とかこれで一安心、ってところかしらね?」
「……どうやら、ホスピタル収容の必要はなさそうだな。
ナユタ、後は頼んだぞ。ひと段落ついたらお前も今日はもう上がっていい」
「はい、分かりました。お疲れさまでした所長」
所長は、どうやらそのまま出て行ったようだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ユウの作ってくれたお粥を平らげる頃には、だいぶ意識もハッキリしてきていた。
時刻はいつの間にか夜8時を回っていた。
今リビングに残っているのはリン、サキ、それにナユタさん。あとユウが、キッチンで洗い物と片付けをやってくれている。
ハルとアキは状況が落ち着いたところで早々に部屋に引き上げて行ったし、レイは居たたまれなくなったのもあるだろうけど、いつもの就寝時間もあるから部屋に戻った。というか俺が戻らせた。
そしてマイはレイを心配していたけれど、まだ加入して間もない彼女に何ができるわけでもないので、彼女も言い聞かせて部屋に戻した。
そんなわけで今残っているのはこのメンツ、というわけだ。
ただまあ結局、今日1日、何やってたかほとんど記憶がない。昼前に所長に連れられてホスピタルから戻って来て、事務所に顔出してからリビングに上がったところまでは憶えてるんだけど。
おい悠、お前見てただろ?
…ノーコメントで。
いやなんでだよ!?
「ええと……。結局、何がどうしてどうなったわけ?」
仕方ないのでみんなに聞いてみる。未だに何がどうなったのか把握できてないので、ちょっと説明を求めたい。
「……その、ですね。説明するのを忘れていた私たちが悪いと言いますか……」
「まあこの場合、レイさんとふたりきりになってしまったのが不運というか」
「事前に警告しとかなかったのはアタシとしても迂闊だったわ。考えてみればマスターって、レイの手料理のこと知らないはずだものね。それはホント、ゴメン」
ナユタさんもサキもリンも、バツが悪そうに口ごもる。いや要領得ないな?
「記憶がおぼろげなんだけど、なんかレイかなり作り慣れた様子だったような……?」
「レイはさ、なんでか分かんないけど味覚が死んでるのよ」
「死んでる?」
「多分、生前に何かあったんだと思うのよね。あの子基本的に万能でさ、アイドルとして必要なスキルだけじゃなくて家事全般なんでもこなせるのよ。特にお料理は得意だったみたいでね……」
聞けば、レイは和洋中なんでもひと通り作れるそうだ。なのになぜか彼女は味覚が欠落していて、本人はきちんと味見をしているつもりなのだが全く出来ていないのだとか。
いや、より正確には『どんな不味いものを作ってもレイには美味しく感じられる』らしい。おそらくその状態が生前の若いうちから長く続いていて、その間違った味覚のまま彼女なりに創意工夫を重ねてしまっているせいで、彼女の作る料理は一見まともでも、どれもとんでもない事になっているそうだ。
舌にある「味蕾」という器官の中にある味細胞と呼ばれる細胞が味を判別し、本来ならそれぞれの味に特化した神経細胞と接続することで味を正しく判断するのだが、ホスピタルが調べたところ、レイの味細胞は神経細胞と正しく結合できていないらしい。その他の舌の機能、つまり発声や呼吸、嚥下などは正常に働いているため、レイの障碍は味細胞に限定したものなのだそうだ。
「例えばさっきのミートソース」
呆れてるんだか哀れんでるのか怖れてるのか、リンの表情も感情もなんだかよく分からんことになっている。
「あれ、あの赤いの多分ハバネロだからね」
「……は!?」
思わず声が出た。いやいや待って?ミートソースの赤い色ってトマトとケチャップの色味でしょ!?
「挽肉なんか入ってないわよ。そう見えるのは細かく刻んだカリフラワーだから」
「マジで!?」
「どうも一時期、ヴィーガンかじってたっぽいのよね、あの子」
まあそれも生前の話だけど、とため息混じりのリン。
「だからさ」
いつになく真剣に、リンがずいっと顔を寄せてくる。
「マスターがアタシたちの記憶まで取り戻せるんだったら、是非ともあの子の記憶を取り戻して欲しいわけ!なんでああなったのか、アタシたちも知りたいしあの子にもちゃんと自覚してもらいたいわけ!」
「分かった、分かったから落ち着け」
「ほんとマジで、マスターだけが頼りなんだからね!」
そんなことまで頼られたって、こっちだって困るんだけど!
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次回更新は25日です。




