〖閑話1〗第二幕:マスターは二度死ぬ!?(1)
事務所には挨拶以上の用はないので、そのまま寮棟のリビングに上がる。もうすぐ昼だからみんな揃ってるだろう。
こっちには所長はついて来なかった。まあ、あの人は普段からあまり寮棟には近寄らないしなあ。
「あっ、マスター!」
エレベーターから廊下に出たところで、いの一番にマイに見つかった。
「もう戻ってきて大丈夫なんですか?」
「ほえっ!?マスターがいる!?」
「あ゛?なにやってんだオメェ!?」
「……なんでこっちに来てるんですか。怪我人は大人しく治療されてて下さいよ」
「えっ、貴方、もう歩けるの?」
「……ちょっとアンタ?まさか無理してんじゃないでしょうね?」
ええい!一斉に詰め寄ってきて口々に話しかけんじゃねえ!俺は聖徳太子じゃねぇぞ!
…聖徳太子ってのも古い言い草だなあ。
「……ええと、うん、まあ。一応、今後は自室療養って事になってさ」
「それにしても、車椅子ですらなくなっているのは驚きだわ。ギプスも少し軽くなっているようだし。⸺本当に、大丈夫なのね?」
レイはまだ少し不安そう。
目の前で見てたのに自分が助けられなかったという負い目が、まだあるのかもな。
「ここのホスピタルって普通の病院ではないから、本来は入院加療には不向きなんだそうだ。かといって一般の病院にかからせる訳にもいかんから、治るまでは上で大人しくしてろ、とさ」
「はぁ!?なにそれ、それじゃ怪我人を無責任にも放り出したってこと!?」
「いやいや、早とちりすんなってリン。いくら入院施設じゃないと言っても、通常の生活もままならない状態で放り出すのを所長が認めるわけないだろ。職務復帰はまだ無理にしても、日常生活にはひとまず問題ないから戻ってこれたんだよ。
現にほら、車椅子じゃなく歩いてるだろ?
それに俺は住み込みだから、いつでも好きなだけ通院できるしな」
「…………ん、まあ、そういう事ならいいんだけどさ……」
ってかハル。
お前、抱きつきたくてウズウズしてるだろ。
でも止めてくれなマジで。今お前のタックルに耐えられる自信はねえぞ。
「ハルさん。気持ちは分かりますが抱きつくのはダメですよ。マスターの怪我に障ります」
…いや、思いっきり障ってくれた人のセリフじゃないよねサキさん!?
「え~!?サキちゃんは抱きついてたじゃ~ん!」
「なっ!い、いや、あれは違……!」
違わねえだろ。
「ハル、我慢なさい。サキだってあのあとみんなから叱られて随分しょげてたでしょう?」
「えっ、いや、それも違……!」
いや目に浮かぶけどな?
「それはそうと、ユウは?」
彼女は俺と違ってfiguraだから、大っぴらに回復魔術も使われてて、それでライブの時にはもうほとんど全快していた。だからもう上に戻ってきているはずなんだけど。
「ユウなら自室にいるはずよ。そろそろ降りてくると思うけれど」
「……治ってる、んだよな?」
「ええ、もう平気よ。さすがにドレスも着用してない状態でガードもなしに攻撃を受けたのは初めてのケースだったから、それで治癒にも時間がかかったようだけれど」
「まあ正直、俺も死んだかなとは思ったけどな。でも戦闘の現場に出てる以上はそういう事もあり得るって覚悟はしてたし。だから、レイもあんまり気に病み過ぎずに、気持ちを切り替えてくれると嬉しいんだけどな。⸺リンも、サキも、それからユウにも」
「ユウはまあ、アタシ達には分からない色々なものを抱えてる気がするのよね。だから多分、ああいう時の対処法というか、経験があったんだと思うわ」
名前を出したからか、リンが複雑な顔をして話に加わってくる。
「だからレイも、ユウにだけ庇わせて自分が動けなかったの気にする事ないわよ。アタシだって咄嗟に動けなかったんだし、サキだってそうでしょ?」
「…………まあ、認めたくはありませんが」
「そうかも知れないけど、でも……」
リンはさすがというか、もう気持ちを切り替えてるみたいだ。正確には切り替えるように努めてる、ってところだろうけど。
でもレイとサキは、まだそこまでは切り替えられてなさそうだ。まあすぐに忘れられるわけもないし、これは時間が解決するのを待つしかないかな。
「あー。リンがfiguraになるまで、ユウは実質独りきりだったんだよな?」
「⸺え、っと……ええ、そうよ。その間のことはアタシもよく知らないのよね。ユウも自分から話そうとはしないし。だからそのあたりの話は、なるべく本人が言うまでそっとしとく方がいいんじゃないかしら」
多分、なんとなく感じるだけだが、ユウにある経験というのは、目の前で多くの命を失っていくのに何も出来なかった経験、なんじゃないのだろうか。独りきりだとオルクスを倒すにも限界があっただろうし、まだ生きている人たちを守りきれず、喰われていくのを虚しく見ているしか無かったのだとしたら、それはどんなにか辛かったことだろうか。
そういった非情な現実を目の当たりにして、幾度となく悔しさや無力感を味わってきたからこそ、再びそんな状況に直面して思わず身体が動いた。そんな気がする。
…っていうか、今のリンの微妙な間はなに?
まあ、そりゃおそらくミオとハクの事だろ。あのふたりがいつfiguraになったのかとか、こっちは全然知らんしな。もしかすると、リンやユウよりもあのふたりの方が早いのかも知れんしな。
と、そこにユウが降りてきた。
彼女はもう、左手を吊っていなかった。ちゃんと回復したってのは本当のようだ。
「……!マスター……!」
「ただいま、ユウ」
俺の姿を見て、驚きと喜びを浮かべながら、ユウが階段を駆け下りてきて走り寄ってくる。
ん、まあ、ハルのタックルはキツいけど、ユウは仕方ないかなあ。
「ちょっとユウ!それはダ……」
慌ててリンが制止しようとする。多分、ハルやサキみたいに俺に飛びつくんだと思ったんだろう。
俺もそう思った。
でも。
ユウは寸前で立ち止まると、両手を伸ばして俺の頭を抱き寄せて、そのまま自分の大きな胸にうずめた。
ムギュ。
柔らかくて大きくて暖かい感触が、顔面を丸ごと包み込む。
おわぁ!?
こ、これは、動けん……!
…いやあの、ユウさん!?
--ぜ、全員ドン引いてるからねー!?
「マスター、お帰りなさい。
今までたっくさん私達のために身体を張って頑張って下さった、これはその感謝とご褒美です♪」
い、いやいや!待って!
気持ちいいけど待って!
紫!リンが真紫出してるから!
ていうか密着し過ぎてて喋れねえ!
喋るどころか息が出来ねえ!
まずい、左手一本しか動かねえから振りほどけねえ!ていうか意外と力強いなユウ!?
やっべ、苦しくなってきた!
タップ、タップ!
えっユウ気付いて!?
違ぁう!余計に強く抱き締めて欲しいわけじゃあなーい!
「……なんだか、マスター、だんだん苦しんできてるように見えませんか?」
「どうなのかしら。確かにそう見えなくもないけれど」
「…………はあ?オトコなら誰でも好きなんでしょああいうの。そのまま昇天させてあげたら?」
「むしろ万死に値します。本当、死ねばいいのに」
いやみんな!のんきに眺めてないで助けて!
「おいマスターよォ、いいご身分だなオイ。Muse!いちの巨乳に埋まってる気分はどうだ?抵抗しねえってことはさぞかし堪能してるんだろうなあ?」
「ユウちゃんのオッパイ、すっごい柔らかいもんねえ。マスターいいなあ、ハルもあとでやってもらおーっと」
冗談じゃない!動けねえんだよ!
けど……や、ヤバイ……
し、しぬ…………
ガクッ。
今まであまり描写してないのでアレですが、ユウさんはMuse!いちのグラマーさんでバスト91cmFカップ、身長はレイに次いで二番目に高い168cmあって、いわゆるダイナマイトボディってやつです。マスターが来る前には何度か水着グラビアの仕事も受けていて、男性ファンが大勢います(笑)。
ちなみにこの時の彼女の服装は、夏(7月)だけに胸元の大きく開いたワンピースで、マスターの顔は地肌(胸の谷間)に直接埋まってるとお考え下さい(爆)。
いつもお読み下さりありがとうございます。
次回更新は15日です。




