第十三幕:青と銀の少女
「…………ふうん。思ったよりも元気そうなのね、貴方」
それは、唐突に訪れた。
昼にレイやマイ、ハルたちが所長に追い出されたあとは接近禁止令が出されたのか、午後には誰も来なくなった。まあ見舞いに来てくれるのは嬉しいんだけど、今はまだ何の治療も始まってないから喋るだけでも傷に響くし、そういう意味で静かな環境を確保できたことは有り難かった。
ただナユタさんだけは何回か様子を見に来てくれた。さすがにアハトだけしか顔を見れないのはちょっと寂しいものがあったし、それはそれで有り難かったものだ。ていうかアハトも呼ばなきゃ来ないしな。
夕方以降もそんな感じで、晩飯も食べ終えて、寝るまでの暇つぶしにと持ってきてもらった本を読んでいると⸺この本も片手ではなかなか読みづらかったんだけど⸺、唐突に扉が開いたわけだ。
「ええと、“ミオ”と“ハク”だっけか」
そう。病室に入り込んできたのはあの時救援に入ってくれた、ふたりの少女たちだ。
青い髪の長いポニーテールのほうがミオで、銀髪ロングのハーフアップの子のほうがハク。あの時すでに意識が朦朧としてたけれど、それでも頑張って意識に焼き付けたから間違ってないはずだ。
「なっ……!?」
「憶えてる、んですか」
明らかに顔色を変えるミオと、見た目にはさほど変わらないが僅かに目を見開いたハク。ふたりとも驚きの感情がダダ漏れだ。
「そりゃあね。ていうか所長から聞いてるんじゃないのか?」
「まさか、司令が私たちのことを⸺!?」
「あー、違う違う。所長は何も言ってないし、俺も所長の前では気付いてなかったフリしてたから、きっとあの人分かってないよ」
「じゃあ、だったら何故!?」
「だってあの時、レイが君の名を呼んだだろ?そしてハクの名はミオが自分で口にしたんじゃないか」
そう指摘してやれば、それまで以上にミオは驚愕した。
「なっ、な、何故それを憶えているの貴方!?」
「だからそれを所長から聞いたから、わざわざ会いに来たんじゃないのか君らは」
そう。このふたりもまた“figura”だ。
詳しい事情は全然分からないし推測する他はないけれど、このふたりがナユタさんの言ってた魔防隊の本隊だろう。あの時のハクのセリフから推測するに、おそらく当たっているはずだ。
魔術師が出張ってくると思ってたのに、結局のところオルクス対応はfiguraが担っていたわけだ。
で、そこで気になるのがもうひとり名前の出てきた“ソラ”だ。多分その子があの写真に写っていた蘇芳色のボブカットの髪の子で、戦闘中にロストしたというfiguraだろう。
そしてミオは、そのソラとしか組まないとはっきり宣言した。おそらくその辺りが、本隊に残ったこのふたりと〖MUSEUM〗に出た子たちとの分岐点になったんじゃないかな。
まあでも、それは推測でしかないからこの場で口にするものでもない。
「まあもう分かったと思うんだけど、俺はオルクスに襲われても記憶や感情を失わないんだ」
「ば、バカな!有り得ないわ!」
「目の前に有り得てるだろ。現実を直視しなよ」
「今まで!そんな人間など居なかったのよ!?」
「所長もナユタさんもそう言ってたな。まあ、だからこそ俺は〖MUSEUM〗に拾われて、MUSEのマスターをやることになったわけだけどさ」
「……そう。その話を、聞きに、きたんです」
それまでほぼ黙っていたハクが、ポツリとそう呟いた。どうもこの子は無口、⸺いや、感情に乏しいな。
そしてそのハクのひと言で、ミオのほうも本来の目的を思い出したのか、いくぶん冷静になった。
「…………MUSEUMはここまで、ユウたち6人だけでずっとやって来たわ。それが何故急に貴方みたいな部外者を受け入れたのか不思議でならなかったけど……」
「納得できたかい?」
「納得はしない」
冷静になったミオは、今度は敵意を向けてくる。
「だけど理解はしたわ」
理解したけど納得できない。それはつまり。
「ミオは、仲間思いなんだな」
「なっ、なにを、急に」
「だってそうだろう?袂こそ分かったけれどこの世で……」
ええと、6人プラスふたり、いや3人でひとりロストして……マイは多分除外でいいから……
「たった8人だけの“figura”だものな。仲間意識がない方がおかしいと思うぞ」
「はい。皆さん、大切な、仲間です」
「ちょっ、ハク!」
「マイが新しく入ったから、今は9人だな。figuraと呼べる存在は、この世にそれだけしかいない。それで合ってるよね?
そんな仲間がどこの馬の骨とも知れない輩を、それも男を受け入れて、しかも懐いている……ように見える。だから俺がみんなを騙して籠絡したとでも思ったんじゃないか?」
「はい。それが不思議で」
「…………ええ、そうよ。対オルクス決戦兵器は、この世にそれだけ。だから貴方みたいに私たちを使いたい人間ばかりが群がって⸺」
「そうじゃない」
「…………えっ?」
この子もやっぱり、そうなんだな。
「君たちは“兵器”じゃないよ」
そうはっきり告げてやれば、ミオは一瞬だけ呆気に取られて。
「⸺ハッ。何を言い出すかと思えば」
そして嘲笑った。
「一度死んで、『霊核』に動かされているだけの、生命なき戦闘人形。使い捨ての兵器。『霊核』さえあれば替えは利く。⸺誰からもずっとそう言われ続けてきたんだろ?」
「……。」
「でもな、考えてみなよ。人間の身体で人間の理性と感情を持って、生まれてからの記憶こそ失くしてるにしても、『霊核』を得て自我を認識して以降の記憶を人間と同様に積み重ねて来ている君たちが、人間でないと何故言い切れるんだ?」
「…………。」
「“人間”と君らの違いなんて、一度死んだか死んでないか、その違いだけだろう?」
「………………。」
「そもそも君ら、自分が本当に死んだと、どうして納得できてるの?」
「……………………ハッ」
俺の妄言に惑わされまいと無を貫いていたミオは、その一言で自嘲の笑みを浮かべた。
「こんな鍵が出せる人間なんて、いないわ」
「ああ、鍵のことか?」
そうして動かぬ証拠とばかりに『霊核』のシルエットを胸に浮かび上がらせつつ、掌に鍵を出してみせるミオ。だから俺も純白の鍵を出して見せてやった。
ミオの鍵は藍色……あー、この子も瞳の色なんだな。じゃあハクのほうは、きっと黄色だな。
「な…………!?何故貴方が『鍵』を持っているの!?『霊核』は必ず少女にしか適合しないと“マザー”も言って……!」
あー、やっぱ“マザー”は魔防隊の本隊にいるんだな。
「俺は『霊核』には適合してねえよ。つうかそもそも死んでないしな。鍵を出せるようになったのもつい一週間前くらいだよ」
「なん……バカな……!」
「鍵を持ってる、のに、『霊核』を持たない、んですか?」
「だってこれ、人間の“感情”でできてるんだぜ?だったらむしろ、人間が作れないって思い込むほうがおかしくないか?」
「…………!?」
まあ、これを作れるのは俺もまたfiguraと同じくオルクスの力を持ってるからなんだけど。でもこの場でそれを正直に教えてやれるわけがない。そもそもまだ所長にしか伝えてないしな。
本当は所長にその話を聞いたから彼女たちが突撃してきたんだと、なんならオルクスと見なして襲撃に来たんだと思ってたんだが、どうも違ったみたいだな。
…だいたい所長は『秘密を隠し通す』って約束してくれたしね。
「……では、貴方は、私たちもまた人間、だと?」
そう。それが今この邂逅で俺が目指してる話の着地点だ。
彼女たちが今このタイミングでここに来たことは正直言えば想定外だ。だけど、一度会って話してみたいと思ってたのも事実で。アイドルとして普通の人間たちに紛れて、“人間”として生きているMuse!の子たちと、このふたりを区別する理由も必然性もないわけで。
Muse!の子たちをそうやって人間扱いして“味方”になると決めたんだ。それなのにこのふたりを除外していいわけがない。
「『鍵』を出せる俺は人間だ。だから同様に『鍵』を出せる君たちも人間、ってことでいいんじゃないか?」
「け、けど」
「とはいえ俺を含めて普通の人間にはオルクスと戦うなんてできないから、それができる君たちは確かに人間とは違う部分がある。でもそれならそれでさ」
そこで一旦、言葉を切った。
「“兵器”じゃなくて“兵士”と呼ぶべきだと思うんだよね」
そう。要するに彼女たちが自分を無機物だと思ってる、その認識を変えたい。まずはそこからなんだ。
「君たちは、『霊核』の力という“武器”を扱える、特別な“兵士”だ。その認識が一番しっくり来るんじゃないか?」
「私たちが、兵士……“兵器”ではなく……」
ミオはそう呟いて、やや俯き加減でそのまま黙ってしまった。ハクの方は同じく黙ったまま、じっと俺の顔を見つめてくる。
こんな可愛い子に見つめられるのは気恥ずかしいけど、目を逸らさないよう頑張った。
「………………帰るわよ、ハク」
「はい、ミオさん」
やがてミオは顔を上げると、俺には一瞥もくれずに踵を返して出て行ってしまった。その態度に文句も言わずにハクも従う。
扉が閉まり、ひとりきりになって、ようやく息を吐いた。だいぶ考えてくれてたみたいだし、ひとまずファースト・インプレッションとしては上出来だろう。
…単に惑わせただけ、とも言うよね。
うるせえよ。ここから先はあの子たち次第だろ。
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