第八幕:治らないのなら治せばいい
ユウのことはひと安心だが、コウヅマ医師が解任されてしまった以上、ライトサイドのライブまでに復帰する手段を新たに考えなくてはならない。
さて、一体どうしたものか。
「……どうせ君のことだから、脱走してでもライブ会場に行くつもりなのだろう?」
「…………えっ?」
「全く、君の考えなどお見通しだよ」
所長から諦めの感情と、ちょっと困ったようなため息。でもそこには、確かに“暖かいもの”が混じっていて⸺。
「変なところで謙虚、変なところで大胆、そして変なところで頑固ときた。
チキンでビビりだと普段から言っているくせに、自分が引きたくないと感じたら絶対に引かない。本当にどうしようもない奴だ。どうせコウヅマにも早く治せなどと無理を言っていたのだろう?」
うーん、全部バレてら。
流石というか何というか。
「こちらがいくら大人しくしろと言っても聞かんのなら仕方ない。できる限りの治療を受けさせてやる。痛かろうが辛かろうが文句は言うなよ?」
「あっ、ありがとうございます!」
やっぱ男前だ所長!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
コウヅマ医師に代わる主治医は、ササクラという若い男性医師だった。若い、と言ってもおそらく30代後半、俺よりはだいぶ歳上だ。
ユウが自分の病室に戻り、それを見届けて所長も退出してしばらく経ってからやって来た彼は物腰も言動も穏やかだった。コウヅマ医師みたいな怪しい雰囲気もなく、親身に患者の世話をしてくれる街のお医者さん、といった感じの人物だ。
ダメ元で、明後日のライブ会場に入りたい旨を彼に伝える。
コウヅマ医師から聞かされた損傷部位と全治を話し、無理なのは分かっているが、それを承知の上でどうにかならないか、とお願いしてみた。
「コウヅマ先生が、そんな事を仰いましたか」
ササクラ先生が少し驚いたような顔をする。
「……何か恩でも売るつもりだったんでしょうかね……?」
「?というと?」
「貴方の怪我はそこまで酷いものではありません」
「……はい?」
ササクラ先生によると、骨折部位もそこまで多くなく、粉砕骨折や複雑骨折も見当たらないという。手術前のレントゲン写真も見せてもらったが、確かに肩関節こそなかなか酷かったが肩甲骨はそこまで無残な姿ではなかった。鎖骨や肋骨に至っては、どこが折れてるのか分からないぐらいだ。
「まあ鎖骨も肋骨も折れているのは折れていますけど、仮に骨折がそれだけだった場合、ギプス無しで日常生活を送れるレベルです。問題なのは肩関節と肩甲骨、それに削げ落ちた僧帽筋と三角筋の損傷のほうですね」
「……つまり、俺は騙される所だった、と?」
「まあそこまでは言いませんが。もしかして、何かお願いされませんでしたか?」
「あー、それはまあ……」
少し迷ったが、どうやら自分とユウを使って何かしらの実験を、おそらく無許可でやるつもりだったらしい、と話した。
「あの人、懲りもせずにまたそんな……。貴方も貴方で、よくそんなの了承しましたよね」
「いや日曜までに治療を間に合わせてくれってお願いして、交換条件を呑んだらその後にそんな事を言い出したもんだから困っちゃって」
「…………それは、説明責任を果たさなかったコウヅマ先生の方が悪いですが……」
とか言いながらもササクラ医師からは“憐憫”の感情が漏れてくる。分かってるから!だからその可哀想なモノを見る目はヤメテ!
「ていうか、あんな人を雇ってて大丈夫なんですかね」
「コウヅマ先生は、あれでも精神損傷研究の権威なんですよ」
…うわあ。一面の天才は他方面の狂人、っていうタイプの人間だったのか。
「あとですね、右上腕骨頭を含む右肩関節に関しては緊急手術を施して人工関節に置き換えています」
えっなにそれ聞いてないんだけど!?
「本来は患者の同意なしでは絶対できないんですがね。涅司令から可能な限り最善の治療を尽くせとの厳命でしたので」
「いやまあやっちゃったものに今さら文句言っても始まりませんけど」
「ご理解頂けて何よりです。⸺手術は無事に成功しまして、既存の上腕骨と人工骨頭との接合部はボルトで固定していますから問題ありません。ギプスでの患部固定も約2週間程度を予定しています」
「……で?つまるところ、全治は……?」
「そうですね、長く見積もっても3週間から1ヶ月といった所ですかね」
な、なんじゃそりゃ!?
--全然違うじゃん!
ギプス固定が2週間なら、少なくともマイのデビューライブの方はほぼ確定で間に合うって事じゃないか!
手術後のレントゲン写真も見せてもらった。確かにこれだと、肩関節と肩甲骨さえ気をつければ短時間の外出程度なら何とかなりそうな感じだった。
「じゃあ、えーと、明後日のライブは……」
「明後日はさすがに厳しいでしょうが、右上半身を全部固めるようにすれば、何とかならない事もないかも知れません」
あいつ、安請け合いしたのはそういうカラクリだったのかー!
「ただ問題は、骨折ではありません」
「えっ?」
「貴方の場合は、肩周りの筋肉が比較的広範囲に削り取られているのが問題なんです。さらに肩関節の靭帯も部分的に喪失しています。それらの回復の方が時間を要します。
また、確かにコウヅマ先生の仰る通りかすっただけなんですが、それは要するにオルクスに喰われたのと同義です。貴方に記憶と感情の減退がほぼ見られないのは奇跡と言っていい」
あ……そういう事か……。
「筋組織に関しては両大腿内側部から組織を移植していますので、これが癒着して大腿部も併せて完治するまでには約1ヶ月ほど要するでしょう」
…うーん、そんなには待てないな。
最悪でも、マイのデビューライブには間に合わせたい。
こうなれば仕方ない。意を決して、ササクラ先生に自分の能力について話をした。話せるところは話し、話せない所は伏せつつ、なるべく詳しく説明する。
話したのは主に、人の感情が色として見えること、それを色ごとに選別して抽出できること、そしてそれをイメージとして固定化し物質化できること。
コウヅマ医師やトドロキ氏の例もあるし、魔防隊の関係者だからといって無条件に信用はできない。親身になってくれるからと何でもかんでも喋るのは粗忽に過ぎる。信用出来そうなのは今のところ所長とナユタさんだけで、モロズミさんですら現状ではやや信用しかねる。
だけどそれを踏まえてもなお、話していくうちにササクラ先生に頼ろうとする自分を自覚していた。さすがに少し精神的に弱っていたのかも知れない。
「……話には聞いていましたが、本当にそんな能力があるんですか……」
ササクラ先生はさすがに驚きを隠せない様子だった。発する感情も表情通りの印象だ。少なくとも何か隠してる様子はない。
これでもし俺を騙し通しているのだとすれば大したものだし、そんな人に太刀打ちするのは多分無理だ。だったら、やっぱり信じて賭けてみた方がいい。
「それでですね、アフェクトスで骨や筋肉の補強や再生が出来ないかと思いまして」
そう。治らないのなら治せばいいのだ。
復元する、ともいう。
つい最近、感情とイメージを固定化して鍵の実体化まで成功させたばかりなんだから。やってやれない事はないだろう。
「いや、それは、どうだろう……」
さすがにササクラ先生も懐疑的だ。
だが、『霊核』と『感情』を心臓と血液に見立てる話をすると、少しだけ彼の目の色が変わってきた。
「なるほど、そう考えれば不可能ではないのかも知れませんね。ただ……」
「ただ、何です?」
「その『イメージの固定化』をずっと続けられますか?」
…あ。
「ずっと、と言うのは少々大袈裟ですが、完治する約1ヶ月間、そこまで言わずとも上腕骨と肩甲骨が癒着を始めるまでの約2週間は、少なくとも常時継続する必要があるかと思いますが」
それを24時間毎日続けるとなると。
「無理…………ですね。さすがにそれは」
「でしょうね。そこまで至る前に貴方の精神が破綻する可能性が非常に高い。主治医としては勧められません」
「ダメか……」
我ながら良案だと思ったんだがなあ。
「まあしかし、そうまでして会場に駆け付けたいという熱意は充分伝わりました。こちらとしても、できうる限りの事はさせてもらいます」
…マジで!?
「あっ、よ、よろしくお願いします!」
「承りました。ひとまず今日のところはしっかり心身を休めて下さい。まだ襲撃されてから5時間と経っていませんから、まだまだ心身ともにボロボロのはずです。何かするにしても明日にしましょう」
「……はい。分かりました」
そうしてササクラ先生は一礼し、部屋を出て行った。
無理なのは解ってるんだ。
でもどうしても、治さなければダメなんだ……。
【お断り】
医学に関する専門知識は持ち合わせてませんので、手術に関する描写はなるべくツッコまない方向でお願いしますm(_ _)m
一応これでも一通りは調べたんですよ。一応ね!
【お知らせ】
誰も望んでないとは思いますが、ストックも書き溜まってきたので更新ペースを若干早めます。とりあえず次回は9月の30日、その次は10月の5日にアップして、以後は5の倍数日に更新致します。
ということで、よろしくお願いします。




