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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【オールナイトダンス】
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第五幕:泥茶色の瞳孔(2)

 少し気まずくなってた雰囲気も戻ってきたところで、世間話的に気になることをちょっと振ってみた。


「みんなは、感情を取り戻したのってどのくらい時間かけたんだ?」


 この子たちも『霊核(コア)』に適合した直後は、あの時のマイみたいに感情を一切見せない人形みたいになっていたはずだ。それが今やこうして喜怒哀楽あふれる感情豊かな、等身大のひとりの女の子として自然に振る舞えている。

 彼女たちがここまで回復(・・)するために、一体どれほどの“感情(アフェクトス)”をその身に取り込んだのだろうか。


「アタシが見た限りだと、ハルやアキやサキは割と早かったわね。シミュレーション訓練させてるだけでも自発的に話すようになったし、一通り感情を見せるようになったのって半月もかからなかったんじゃないかしら」

「ええ、そうね。あの子たちの時には、もうアフェクトスを安定的に収集する手段が確立されていたものね」

「ですが、それまでは大変でした。リンさんの時はおよそ3ヶ月、レイさんでも1ヶ月以上は必要でしたから」


 えっ、そんなにかかったのか。


「その頃って、オルクスに勝てなくて撤退したりしてたっていう……?」

「はい。まだあの当時はスケーナの術式も万全ではなくて、私たちも上手く展開できなくて破られたりもしていました」

「サキが加入した頃はもうそんな事もなくなってたけれど、ハルとアキの頃はまだね……」

「それでもアキが絶対諦めたりしないもんだから、リンが苦労してた、と」

「そう、そうなのよ!もうホントに聞いて!アイツったらさあ!」


 あっしまった、これ話長くなるやつだ。


 俺がちょっとウンザリするような顔をしたもんだから、レイが苦笑している。


「リン、昔話もほどほどにしないと、ひたすら聞かされるだけのマネージャーが困ってしまうわよ」

「だってアタシがどんだけ苦労したと思……ってまあ、マス、マネージャーが居なかった頃の話をされても困っちゃうか」

「うーん、興味はあるし古い話を聞かせてもらえるのは俺は嬉しいけどね。でもまあ、それは夜とか時間ある時にでもゆっくり聞きたいかな」


「……マネージャーは、人に気を遣いすぎるのが欠点ね。気遣いも大事だけど、あまりやり過ぎるとシワが増えるわよ?」

「うっ!き、気にしてるんだから言わないで欲しい……!」


 ぼちぼちセンター街を抜ける。そのままターンして井の頭通りに入った方が良さそうだ。

 今日はオルクス、出ないのかな。今日出ないのは割と痛いんだけどな。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 センター街を通り抜け、折り返して井の頭通りに入る。こちらは大通りで人も車もそれなりに多い。


「ところでさ、今度のライブの衣装、ようやく上がってきたから。午後のレッスンの時に早速着てみたらいいよ」

「ようやく出来上がったのね!間に合わないんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたわ!」

ライトサイド(アタシたち)の最後のステージ衣装よね?ねえどんなの?サンプルとかないの?」

「まあ私はまだレフトサイドですから関係ありませんが。でも、それは私も早く見てみたいですね」

「あら~。私とハルさんは午後はお仕事ですから、拝見できないのが残念ですね」


「衣装はね、今度のライブ用の新曲にアップテンポのダンスナンバーがあるだろ。あれのイメージに沿った、カッコよくてセクシーな感じ」

「あはっ!ライトサイド(アタシたち)のこと良く分かってるじゃない!」


 いや俺がデザインしたわけじゃないけどね?


「セクシー、の辺りが若干気にはなりますが」

「一応これ、ライトサイド用だけじゃなくてレフトサイド用もあるんだよね」

「…………えっ!?」


 戦闘用にも使える、と言われてデータ入りUSBメモリももらったからね。ってことは全員分あるはずなのよね。まあまだ確認してないんだけどさ。

 だけどそう言われたサキがサッと青ざめる。なんだよ、セクシーな衣装着たくないのか?もしかして恥ずかしいとか思ってる?


「サキにも似合うと思うぞ。セパレートタイプで上はチューブトップ、下はホットパンツでセクシーにもボーイッシュにもなるやつだから」

「うう……そうですかね……」


 多分、幼児体型気味のハルやアキだとボーイッシュな感じになるだろうし、ユウやリンみたいなグラマラス体型だとセクシー系になると思う。レイやサキは比較的バランスの取れたプロポーションだから、それはそれで映えるんじゃないかな。

 まあ、実物をチラッと見た限りの印象だから、あんまり断定的なことは言えんけど。


「そう聞くとますます楽しみになるわね!」

「一応、データはもう入ってるから戦闘で使えるんだけど、どうせなら戦闘よりもレッスン場で実際に着てみたいだろ?ナユタさんに預けてあるから、昼のレッスンの時に忘れずに持って行きな。きっとみんな気に入ると思う」


…まあ僕は、レフトサイドの送迎しなきゃだから見られないけどね。

でも反応見てみたいから、データだけでも今見せようかな?



 タブレットを立ち上げて、ホームボタン長押しで戦闘指示プログラムを呼び出す。figuraのドレス選択画面を開くと、インストールしたばかりの新衣装が表示される。

 ホットパンツにチューブトップのセパレートタイプで丈の短いジャケットを合わせた、黄色と白とオレンジを基調とした衣装だ。MUSEの戦闘衣装(ドレス)は軍服とか制服、鎧といったやや無骨な印象のあるモチーフの衣装が多いけど、これはちょっとカジュアルに振った感じで目新しい。


「なんだったら、今見て……」


 おくか?と、そう言いかけて顔を上げた時、何かが浮いているのが目の端に映る。

 青白い……光の塊……?


「飛んでる……」

「?どうしたのよマネージャー?」

光魄(アニマ)だ!近いぞ!」

「えっ?」

「貴方、もしかして光魄(アニマ)が見えているの!?」


 目の前の空間が不意に歪んだかと思えば、反応する間もなく空間が上下に裂ける。

 “大きな眼球(イビルアイ)”が、その中からこちらを覗いていた。


『マスター!“マザー”がオルクス出現を検知!』


 “眼球(イビルアイ)”の、泥のような茶色の瞳孔に“光束(アフェクトス)”が集まってゆく。

 ヤバい。逃げないと……!


『すぐ目の前です!気をつけて!』

「マスター何やってるのよ!?離れなさいよ!」

「聞こえているの!?返事をしてマスター!」


 だが、身体が反応しない。さながら蛇に睨まれた蛙のように。無理やり動こうとするも、反応するより瞳孔に“光”が収束する方が早い。

 死。そのイメージが心を縛り付けて、尚のこと動けなくなった。


「マスター!危ない!」


 ユウの声と身体が覆い被さってくるのと、“光”が視界を満たしたのが、ほぼ同時だった。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「マスター!しっかり、マスター!」


 悲鳴に近い呼び声と、誰かに身体を揺すられる感覚で、緩やかに意識が浮上する。


 ん……?レイ、か……?

 なんで、そんなに動揺して……?


 痛っ…………右腕が、動かない……

 何かが身体に覆い被さって……これは……ユウ、か?


「…………!」

「マスター!良かった、気が付いたわね!」


 レイ……そんなに不安一色で……

 ユウは……気を失ってるのか……?


 ああ、そうだ……確かいきなり出現したイビルアイに……攻撃されて……それで……


『マスター!応答して下さい、マスター!』

「マスター!何やってるのしっかりしなさいよ!」

「ウソでしょ……!嫌だ、こんなことって……!」


 俺のことより……ユウを……

 守らないと……


「レイ……頼む……」

「……!任せて頂戴!

サキ、“舞台(スケーナ)”を!奴らを逃がしてはダメ!」

「やだ、そんな、マスターが、嫌……!」

「マスターもユウも!ねえ、起きなさいよ!」

「サキもリンもしっかりなさい!」


 ダメだ……みんなの動揺が激しすぎる……

 何とか、しないと……


「サキ……スケーナを……」

「……!マスター!」

「急げ……逃げられる……!」

「はっ、はい!」

「マスター、もう少しの辛抱よ。あのオルクスたちを瞬殺して貴方もユウも必ずホスピタルに連れて行くわ!だから待っていて!⸺リン!やるわよ!」

「……分かったわ!マスターとユウの仇、絶対に逃がさないわよ!」


 ああ……ヤバい……戦闘衣装(ドレス)を……

 みんな……私服のまま……じゃ……ダメだ……

 タブレット……どこだ……


 うう……!くそ……っ!

 動け……っ、俺の腕……!


「アッサリとやられるなんて。無様なものね」


 その時不意に、冷めた声が降ってきた。

 聞き覚えのない若い女、いや少女の声。

 途切れそうな意識を無理やり奮い立たせて声のした方に顔を向けると、そこにはふたりの少女の姿があった。


 ひとりは青い長髪をポニーテールにまとめた子。

 そしてもうひとりは、銀髪のハーフアップ。


 声に憶えがなくとも、その容姿には見覚えがあった。


「レイ、リン。貴女たちが付いていながらこのザマはなに?」

「……ミオ!?」

「えっ、誰ですか!?」

「うるっさいわね!あんたたち何しに来たのよ!?」


「わたしたちは、〖MUSEUM〗が巡回対応できないというので本日だけ渋谷地区に配置されました」


 また聞き覚えのない声。

 こちらは銀髪ハーフアップの子か。


「緊急即応も出来ないなら〖MUSE〗は大人しく引っ込んでいることね。⸺ハク、やるわよ!」

「はい、ミオさん」

「ちょ、待ちなさいよ!せめて三人組(スリーマンセル)⸺」

「必要ないわ。私たちが組むのはソラだけよ」


 彼女らの間の空気が刺々しい。

 それが気にはなったが、どうやらもう限界のようだった。


 リンが慌てたようにサキに代わって“舞台(スケーナ)”を展開する中、限界を迎えた俺の意識は無情にも再び暗転していった⸺。






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