第三幕:四人組(フォーマンセル)での“出撃”
巡回に出るまで少し時間があるので、今のうちにファクトリーで旧ライトサイドのライブ用衣装を受け取ってこよう。ようやく支給されたIDカードでエレベーターのセキュリティを抜け、ファクトリーに向かった。
ファクトリーは地下三階にある。一応聞いている中ではパレスの最下層部分らしいけど、まあ話半分に聞いている。
一通り案内されて見てはいるけど、パレスってどうも俺に教えてない秘密がまだまだたくさん隠れてる気がしてならない。事務所棟最奥部の大扉の向こうとか、IDカード支給されても結局入れなかったし。
なんでも、嘱託職員じゃなくて正規職員になれば入れるらしい。いやそれ魔防隊に入れっていうことかよ!?
地下三階でエレベーターを降りると、壁も床も天井もベージュ一色の小さなホールになっていて、正面に扉がひとつだけ。その扉を開けると、いかにも怪しげな工房の雰囲気と空気感。知っちゃいけない機密のニオイがプンプンする。
扉を開けて中に入ると正面に受付のデスクがあって、というか何もない部屋にそれしかなくて、そこに小さなゴーレムが鎮座している。そのゴーレムにIDカードを見せて、許可を得ていると認証されれば攻撃されないで済むらしい。なんだそれ怖えなおい。
ゴーレムへのIDカード照会は呼び鈴代わりにもなっていて、すぐに丸顔で小太りでメガネをかけた、白衣の男性が壁の向こうからやってきた。年齢はよく分からない。中年、まではいかないと思うけど。
…もう何度か来てるけど、ファクトリーの人たちってここでしか見ないんだよね。普段どこで何をして、いつどこを通って帰ってるんだろうね?
ファクトリーにしろホスピタルにしろ、色々と謎だな……。
「いらっしゃい。ライトサイドのライブ用ドレスだよね」
「はい。仕上がったと聞いて」
「うん。この中に入ってる」
そう言われて手渡されたのはUSBメモリ。
…え?
「MUSEのドレスはステージ用の物も全て戦闘で使える特殊なドレスになってるんだ。これももちろんそう。だから、君のそのタブレットにデータを入力すればいつでも彼女達が着られるようになるって寸法さ」
「…………あ、そういう事ですか」
「ただ、実際にステージで着用する分はそれとは別に、普通の実物の衣装としても用意してある。⸺それがこれ」
そう言って彼は一旦奥に引っ込んで、すぐに衣装ケースを持ってきた。
いや、そっちをもらいに来たんだってば。
「実物の方は裏地にそれぞれのfiguraのコードネームが刺繍してある。サイズも各個体に合わせて作ってあるし、間違うことはないはずだよ」
「はあ、そうですか。じゃあ、もらっていきます」
「そのドレス、こないだ君が精製したメモリアクリスタルを仕上げに使わせてもらった。今までのドレスよりも強力な一着になっているはずだから、戦闘でも是非使って欲しい」
「分かりました、ありがとうございます。では」
あの小さな虹色の結晶が、どうやったらこの衣装になるのかサッパリ分からんけど。繊維とかに加工でもしたんかね?
まあいいや。多分それも魔術的なナニカなんだろうし、考えたって仕方ない。
渡された衣装ケースを抱えてファクトリーを出て、事務所に戻る。衣装の方はナユタさんに一旦預けておくとしよう。それからダイニングに上がってfiguraのみんなと朝食を食べて。
ちなみに朝は調理師さんが来ないので、彼女たちが持ち回りで担当して自分たちで作っている。今日はリンだったようで純和風だった。彼女は煮物とか味噌汁が得意らしい。
先に事務所に降りて雑用を片付けることしばし。9時前にレイとリン、それにサキが降りてきた。
「結局この3人になったんだ?」
「だってアキ起こすのメンドいんだもん」
まあそうだと思ったけど。朝食にも出てきてなかったし。でもそれ面倒がったら終わりだぞリン?
「では、行きましょうかマスター」
「そうね、さっさと行きましょ」
「今日も渋谷駅周辺ですか。あの辺り、ぼちぼち狩り尽くしたんじゃないですか?」
「汚染度は順調に下がっていますがまだまだですよ。今日はセンター街から井の頭通りの辺りを回ってもらえたらと思います」
「まあ、ナユタさんがそう言うのなら異論はありませんが」
「じゃ、そういう事ですからサキさん。参りましょうか」
「……っく!その言い方止めて下さい。思い出すじゃないですか!」
「ごめんごめん。ちょっとからかってみたくなってさ」
「最悪だこの人……!さてはいじめっ子だったでしょうあなた!」
「いやいや、そんな事ないって」
ってナユタさんね、保護者みたいな目で見るの止めて下さいよ。俺とほとんど同世代のはずでしょ?⸺いや、正確な年齢はいくら聞いても教えてくれないんだけどさ。
「無駄話はそのくらいにして。行きましょうマスター」
だが、レイにそう言われたところで、ふと思いついてしまった。
「……あー。どうしよっかな」
「?どうかしたのかしら?」
「いや、せっかくならやっぱりユウも連れて行こうかと思ってさ」
マイは連れて行けないけど、ユウなら大丈夫じゃない?って思っちゃったんだよね。
「……またこないだのパターンですか」
「ユウも連れてくの?なんで?」
リンが怪訝そうな顔で聞いてきたので、こないだレイたちに話したことをかいつまんで説明する。指揮を教えたいと思ってるレイ、リン、サキが偶然揃ったんだから、どうせならユウも一緒に、って思っちゃったんだよね。
「あーそういうことなわけね」
「私たちは構わないけれど、ユウはオフにしたのでしょう?」
「午前中だけね。午後はユウは収録があるから、午後の巡回に帯同してもらうわけにはいかなくてさ」
「いずれにしても、決めるのは貴方よ。私たちは従うだけだわ」
だよねえ。まあ聞くだけ聞いてみようか。
タブレットの通話アプリを操作してユウに繋ぐ。全体リーダーであるレイとレフトサイドリーダーのユウ、それにライトサイドの新リーダーになるリンには、連絡用にこのアプリ専用の受信端末が渡されている。ナユタさんが使っているインカムより小型化されたワイヤレスイヤホン型で、受話と送話だけの簡易的なタイプだ。
だから俺とナユタさん、新旧リーダー3人は、それぞれがどこにいても通話が可能な状態になっている。街中だろうと地下だろうと距離があろうと、常に連絡が取り合えるので何かと便利だ。
まあ、街中で通信してると独り言言ってる変な人になっちゃうけど、そこはスマホのワイヤレスイヤホンと同じことだから別に問題ない。
…ていうか、これもなんか知っちゃイケナイ極秘技術のような気がするんですけど。距離も場所も無制限とか凄くない?
「ユウ、今ちょっといい?」
『マスター?どうかなさいましたか?』
「午前中なんか予定入れた?もしよかったら、やっぱユウだけ巡回に同行して欲しいなと思って」
『あら。マイさんのシミュレーター訓練にお付き合いするつもりだったのですが』
いやオフだって言ってんだろ。
『レイさんが仰っていた件、ですよね?それでしたらもちろんOKです♪今から事務所に向かわせて頂きますね』
「あ、もう聞いてたんだ?話が早くて助かるよ。あとマイには『いいからちゃんと休め』って言っといて」
『分かりました。ふふ、ちゃんと休まないとこないだみたいに怒られちゃいますものね。⸺では少々お待ち下さいね』
そういうこと。Muse!のライブDVDでも見てのんびり過ごしてなさい。
そうしてしばらく待てば、ユウが事務所に降りてきた。
「お待たせしました。では、参りましょうか」
「お、来た来た。悪いねユウ、オフだって言った直後に」
「構いませんよ。マスターのお考えには私も賛成なので」
「ありがとな。⸺じゃあ、行って来ます」
「はい。気をつけて行ってらっしゃい」
ということで、今日の午前巡回はレイ、リン、サキとユウの4人で回ることになった。
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次回更新は28日です。




