第二幕:スケジュール調整も大変だ
「今日のお話、少し長かったですね。何かありました?」
事務所に顔を出すと、すぐにナユタさんが寄ってきて聞いてくる。
この人ほわほわしてるようでいて、実はかなり鋭いよなあ。
「いや、別に何でもないですよ。ひとつお願いごとをしただけなので」
銃の話だけを選んでナユタさんに話す。
こういう時、感情を読む能力が普通の人になくて良かった、と思う。少なくとも感情を隠せるような器用さは俺にはない。
「……確かに、万が一に備えるという意味では、そういったものの用意も必要かも知れませんね」
「まあ、杞憂で済めばそれでいいんですがね」
「そうですね。で、今日の予定ですが」
今日はレフトサイドにインタビューや雑誌対談の申し込みが殺到している。昨日の生歌披露がかなり話題になっているためだ。ネットの芸能ニュースやまとめサイトなどでも『Muse!に期待の大型新人登場』などといった見出しが踊っているようだ。
…いや、あんまり煽られても困るというか。
またマイが緊張しちゃうだけなんだよなあ。
「とりあえず、対談の申し込みは全部断っといて下さい。あと今日はレフトサイドの巡回は無理そうですね」
「そうなんです。午前中はひとまずレッスンさせておくとしても、しばらくは街中を歩けないかも知れませんね……」
「……レフトサイドが次に表に出るのは来週がいいと思います。じゃないとライトサイドの話題まで食いかねないでしょうから」
「そうですね。そのあたりはお任せします」
「俺が決めていいのなら、レフトサイドは午前中オフにしてやりたいですね。ただライトサイドもミニライブが控えてますし、午前の巡回はどうするかな……」
当初の予定では、ユウとハルは午後にバラエティの収録が入っていたはずだ。午前の巡回をレフトサイドに出てもらって、その時間にライトサイドはレッスンさせる予定だった。そうして午後の巡回をライトサイドで回す予定だったのだ。
レフトサイドを午前の巡回ではなく午後に回すなら、午前はレイ、リン、サキ、アキの誰かに替わってもらうことになる。
でも、待てよ。確か……
「……あー。でも〖ルクステラーエ〗と一緒の収録になるのかあ」
ナオコさんに送ってもらってるムーンライト所属タレントの出演状況を確認すると、ちょうどそのバラエティ出演者の中にルクステラーエのメンバーの名前がある。だったらリンは収録に出せない。
となると残りは3人だが、そこからふたり出してしまうと午後のレッスンまで潰れてしまう。ライブ直前にレッスン無しにするのも考えものだし、仕上がったドレスも早く試着させてやりたい。
「ちょっと無理っぽいですね。
じゃあ午後の収録は予定通りユウとハルに行ってもらいます。車で送迎するしかないですね」
「そうですね、それがいいと思います」
「で、午後の巡回なんですが……」
そう。レフトサイドを午前半休にするとなると、必然的にライトサイド+レイで午前の巡回に出ることになる。でもそうなると、ライトサイドのレッスンを午後に回した以上、午後の巡回に出られる子がいなくなるのだ。
「そうですね……“マザー”の判断次第ですが、無しでもいいと思います」
「え、マジで?」
「あまり取りたくはない手段ですが、いざとなったら魔防隊の本隊もいますから、対応は可能です」
あ、そっか。魔防隊の本隊を使えばいいのか。何人いるか知らないけど、多分みんな魔術師なんだろうし、MUSEが出張らなくても何とかなる……のか?
「ただ、基本的には本隊出動は極力控えたいですけどね」
「それはまた、なぜ?」
「どこまで説明していいやら……私の個人的判断では何とも言えませんが、その、色々とあるんです」
あー、MUSEの運用に否定的なお偉方のアレコレとかあるんだろーなー。
「でも一点だけ、これは覚えておいて下さい。本隊はアフェクトスを収集しません」
「え、そうなんですか?」
「はい。正規の魔術師は魔術の行使にあたって魔力を用いますから、感情を特に必要とはしないんです」
「それはつまり、本隊にはアフェクトスを収集する手段がない、と?」
「そういうことです」
なるほど、つまり本隊は“舞台”を展開できないわけだ。そうなると、確かに本隊にオルクス討伐を任せるだけこちらの損になるな。
「……分かりました。でもとりあえず今日のところは」
「はい。アイドル活動との両立がどうしても難しいとなった場合にのみの、例外的な手段だと考えてもらえれば」
結局、新レフトサイドの3人は午前中はオフ、午後からはユウとハルで収録。午前中の巡回は新ライトサイドにレイを含めた4人のうち3人に出てもらって、午後は4人でレッスン。午後の巡回は休止ということにして、オルクスが出現したら本隊に応援出動を依頼する、ということになった。ちなみにマイは頑張ったご褒美という意味合いも込みで、終日オフだ。
予定の変更を伝えるため、早速ユウに降りてきてもらう。
「いいんですか?お休みを頂いても?」
「うん、午前中だけだけどね。当初の予定では午前の巡回に出てもらうつもりだったんだけど、昨夜のアレがかなり話題になってるみたいだから。
できれば終日オフにしたかったんだけどライトサイドのレッスンの予定もあるし、午後の収録は予定通りで。ただ念のため俺が送迎するよ」
「分かりました。ではお言葉に甘えますね」
「うん。ハルとマイにも伝えといて」
続いてレイも事務所に呼び出す。
「おはようマスター。今朝はどうしたのかしら?」
「おはよう。今日は終日レッスンの予定だったんだけどさ、レフトサイドの代わりに午前中は巡回行って欲しいなと思ってね」
「……そうね。かなり話題になっているようだから、今レフトサイドが巡回に出るのは止めておいた方がいいかも知れないわね」
「それで、午前はレイと新ライトサイドのうち3人で巡回行ってもらうことになったから。で、午後はアキも含めて4人でレッスンね」
「了解したわマスター。リンたちにも伝えて、メンバーを選んでおくわね。出発時間はいつも通りでいいかしら?」
「うん。悪いね、ライブ前のレッスン時間削ることになっちゃうけど」
「私たちはもう仕上がっていると言ったでしょう?大丈夫よ。心配しないで頂戴」
さすがレイ。レッスンに関しては安心して任せてられそうだな。
「あ、巡回は俺も行くからね」
「それも了解したわ。では、また後で」
そう言ってレイは手を振ってから、寮棟への渡り廊下に続く階段を登って行った。
「あ、ところでナユタさん。ミニライブのチケットの販売状況ってどうなってます?」
「もうとっくに売り切れてますよ」
マジか。
「桝田さんがマネージャーになってからの初めてのライブですから、レイちゃんたちも張り切ってましたよ。マスターのために絶対成功させるんだ、って」
「いや、実際に担当してるのはナユタさんですけどね」
このライブは俺が加入する以前から組まれていた旧ライトサイド最後のライブで、段取りを仕切ったのはナユタさんだ。俺が段取りから仕切るのは、その次のマイのデビューライブから、という事になっている。
ていうか、俺みたいな素人がホントに段取りから組めるのか、正直不安しかない。まあナユタさんが色々助けてくれる事にはなってるけど。
「そうですけど、会場に同行するのは桝田さんですよ」
「……はい?」
「だってもう、マネージャーは桝田さんなんですから♪」
「いやまあ、確かにそれはそうですけど……」
それ、傍目には俺が仕切ってるように見えやしないか?
「私は黒子に徹しますから、安心して下さいね♪」
こんな美人で目立つ黒子がいてたまるかっての!
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次回更新は21日です。




