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第五幕:五色の“感情”

 7日目、所長さんがやって来た。

 この人がこの部屋に来るのは2回目だ。


「気分はどうだね?」

「そりゃ最悪ですよ。いつまで俺はここに居なきゃならんのですかね?」

「まあそう言うな。身辺調査と精密検査の結果が出揃うまでは、自由の身にしてやるわけにはいかんのだ。だからもう少し、辛抱してくれないか」


…分かってますよ。大人の事情、ってやつでしょ?


「まあそういう事だね。全て済めばそれなりに説明もしてやれるし、疑問にも答えてやれる。今は不審に思うのも無理はないが、悪いようにはしないから安心して欲しい」


 また人の心を、いや表情を読んでるよこの人。もうツッコむのもめんどくさい。


 そう考えている顔を見てまた何か言いたげだったが、彼が口にしたのは違う話だった。


「とりあえず、現時点での決定事項だけ伝えておこうか。君には今後、この芸能事務所〖MUSEUM(ミュージアム)〗の職員として住み込みで働いてもらうことになる」


 なるほど、放免する気はないわけね。


「働いてもらう、って、具体的には?」

「我が〖MUSEUM〗所属の唯一のアイドルグループである、〖Muse!〗の専属マネージャーとして頑張ってもらう」


「…………は?」

「聞き取れなかったなら、もう一度言おうか?」


 いや聞き取れはしたけどさ。素人にいきなりアイドルのマネージャーやらせるとか、正気か?


「もちろん正気だとも。彼女たちには、その表の顔も“裏の顔”もよく知る協力者が必要だ。そして該当するのは、現状で君だけ(・・・)だ」

「いや、だからといって……」


「検査の結果、君には人の〖感情(アフェクトス)〗をコントロールする能力があると判明した。それだけではなく、記憶に関しても何らかの影響力を行使できる可能性が高い。

そしてその能力は、figuraたちの持つ力を飛躍的に高める可能性がある、と判断された」

「そんな力、本当に俺にあるんですかねえ……」

「とぼけようとしても無駄だよ。君は人の(・・)感情を(・・・)見る力(・・・)を持っている。⸺そうだろう?」


…どうやら、バレちゃってるみたいだね。



 そう。実は俺には人の感情を“色”として見ることができている。感情は主に喜怒哀楽で大別され、いわゆる三原色をベースに感情の系統によって微細に色が変わる。だから細かい感情の動きも、色が変わることですぐに察することができるのだ。


 “喜”は(イエロー)。喜び、嬉しさ、満足といったポジティブな感情、それらを含めて他者から与えられるものに応える気持ちの全般は黄色系の色合いで視える(・・・)

 “怒”は(マゼンタ)。怒り、憤慨、痛みといった負の感情や、愛情、奮起、不屈といった激情系の感情は赤系統の色合い。

 “哀”は(シアン)。哀しみ、苦しみ、失意といった自発的なネガティブ系の感情、そのほか自信や自慢などの自己肯定、それに慈しみや同情など“他者を思いやる気持ち”、冷静、落ち着きといった知的な感情は全般的に青系統の色として目に映る。

 “楽”は(グリーン)。楽しさ、希望、期待、ワクワクする気持ちや欲しい、知りたいといった自発的な欲求、それから快楽を含む身体的な喜びなどは緑系統の色で示される。


 そしてもうひとつ、“(おん)”と名付けた感情がある。

 (パープル)系統の色で視えるこの感情は、恨み、憎しみ、絶望といったネガティブな感情の中でもヤバい(・・・)もの全般だ。だから見かけたら必ずスルーして速やかに距離を取る。巻き添え食ったらかなわんし。



 これら五色をベースに、感情は様々に混じり合って複雑な色彩を示す。一瞬たりとも安定することはないし、一度たりとも同じ色になる事はない。目で追うのも一苦労だ。

 そもそもこれは、ひと目視ただけで全部分かるというようなものではない。というより、見た目には『他人が様々な色のオーラを纏っている』だけにしか視えず、見える色が何の感情を示すのかも表示されないから、ぶっちゃけた話、すごく使いづらい。今示した類型だって、自分で実際に色を見て、感情(それ)を出している人と話したりして確認し、『この色はこの感情』と自分で分類し記憶したものに過ぎないのだ。

 覚えるまでは大変だったし、正直今でも未分類の色やまだ未見の色がある。全部の色と感情を紐付けするとか多分無理。一生かかっても終わらない気がする。


 ちなみにこれらの感情は明度が高くなればなるほど、つまり色合いが白に近づくほど純粋かつ他者を思いやる度合いが高くなる。逆に他者への害意や現状への不満が高まれば高まるほど明度が低くなり、色も黒に近付く。

 真っ白や真っ黒というのは今まで視たことはないが、おそらく自己を顧みず他人の命を救おうとする人は白に近いだろうし、例えば怨恨殺人の犯人なんかは真っ黒に近いんじゃないかと思う。



「その力をどのようにして得たのかはまだ調べきれてはいないが、その能力は我々にとって必要なものだ。彼女らMuse!は、人の感情(アフェクトス)を集めるためにアイドル活動をしている。君のその力は、彼女らの大きな助けとなるはずだ。

我々の目的のため、君の力を貸してもらえればありがたい」


「貸してもらえれば、って、要は強制ですよね?」

「そう言ってしまうと身も蓋もないがね。

それに本来、部分的にでもオルクスにその身を喰われた人間は記憶と感情の大半を奪われるはず。個人差こそあるが、それは今まで襲われて生還した人々の傾向からも明らかだ。

だが驚くべきことに、君はオルクスに襲われたにも関わらず、それらのほとんどを保持したままだ。少なくともこの3年間、一度もそのような報告例はない」

「はあ……」

「正直、我々も少々戸惑っている。そのため、継続しての検査・調査が必要だというのが現時点での結論だ」


…要するに、何をどうしても解放するつもりはないって事ね。


「というわけで、だ。明日、figuraたちに改めて君を紹介する。君には今後“マスター”として彼女たちを統率してもらう事になる」


「…………は?」


「具体的には、オルクスとの戦闘における現場での戦闘指揮を担当してもらう」


 いやいや、待って待って?

 俺が、あの子達を指揮して、オルクスと戦う、だって?


…いやいやいやいや、それこそド素人もいいところなんですけど!?


「素人なのは解っている。しばらくは戦闘シミュレーターで訓練を積んでもらう事になるだろう」

「いやそういう事じゃなくて!」

「不満かね?表の世界では人気急上昇中のアイドルグループ〖Muse!〗のマネージャー、そして裏の世界ではオルクスを殲滅する戦闘人形(プーグナ・フィギュラ)〖MUSE〗のマスター。なかなか刺激的で魅力的なやりがいのある仕事だと思うが。

⸺無論、何の予備知識もなしにはどちらも務まらないだろう。だからすでに君にはレクチャーを受けてもらっているはずだ」


 あっ、あれってそういう事だったのか!

 まだ受けるとも何とも言ってないのに!何を勝手な!


「重ねて言うが、マスターとしてもマネージャーとしても素人なのは解っている。前任者からの引き継ぎを進めているから、これも明日に顔合わせの予定だ」

「勝手に!話が!進んでる!」

現時点での(・・・・・)決定事項(・・・・)だと言ったはずだ。君に拒否権はない」


 ぎゃああああ!!

 こんな裏でトントン拍子に話が進むんだったら最初にもっとガッツリ抗議しとくんだったーーーー!!


「ああ、それと」


…まだなんかあるの!?


「君の名前をまだ聞いていなかったと思ってね」


 い、今さらそれ聞く!?ていうか、身辺調査してそのデータ見てるんなら名前ぐらい分かってるでしょお!?


「…………マスタ。桝田(マスタ)(ユウ)……です」

「そうか。改めてよろしく頼むぞ、桝田君。

私は特殊自衛隊・魔術防衛隊司令官、一等特佐(・・)(くろつち)刹那(せつな)だ」


 差し出された握手の手を渋々握り返す。


「って、え、自衛隊!?特殊!?」


「表向きには私は芸能事務所〖MUSEUM〗の代表取締役所長ということになってはいるがね。

魔術防衛隊とは、自衛隊が秘密裏に保持・運用する魔術師(・・・)部隊(・・)の名称だ。陸海空いずれの自衛隊にも所属しない独立部隊とするため、そのためだけに特殊自衛隊は設立された」


 お、おおう……なんか国家機密を聞かされとるがな……。

 今すぐ頭ん中真っ白にして、全部無かったこと(・・・・・・)にしてえ…………。


「君も知っての通り、国家が魔術を容認し関わっていると公になれば国民から非難の声が上がることは必至だ。故にその存在を公表されることはないが、我々は特殊公務員(・・・・・)として確かに任務を帯びている。

そして、君も暫定的にではあるがその一員になってもらう」


 もはや、驚きのあまり声も出ない。

 ていうか魔術(・・)って。


「君も知っているだろう?〈恐怖の大王(フィアーフォール)〉の事件と、その際に突如として現れた“魔術師”たちを」







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