第一幕:少女たちの秘密
「昨夜はご苦労だったね。無事に成功したようで、何よりだ」
今日も俺は朝一から、所長に呼ばれて所長室に来ている。用件は……まあ深く考えなくても、マイのデビューと生出演を成功させた件だろう。そう思っていたら案の定だった。
「はあ。ありがとうございます。でも褒めるならマイを褒めてやって下さい。頑張りましたから」
「無論だとも。だが彼女のデビューを成功させたのは君の功績でもある。もっと誇っていい」
「俺以上にユウやレイやリンがあの子を認めて支えてくれたからですよ。それに比べれば、俺のやった事なんて微々たるものです」
…まあ確かに僕も多少は苦労しましたけどね。でも、やっぱりマイと仲間たちで勝ち取ったものだからね。
マネージャーは裏方だから、あくまでも表に出ちゃダメだし。
「……謙虚なのは美徳だがね、もう少し自分を認めてやってもいいと思うんだがな。まあ、天狗になるよりはマシだが」
「天狗になってるヒマはないですね。今週末はライトサイドのミニライブですし」
「なるほど、確かにそうだ」
「でも、マイの正式加入、少し早くないですか?」
研修生加入発表からわずか10日あまりでの正式加入は、一般的な感覚からすると少し早いと思う。デビューライブまでもまだ2週間はあるし、個人的にも、ライトサイドのライブ後になると思っていたし。
「まあ、確かに多少前倒しにした面はある。上の意向もあったのでね。だが、それもマイの感情が最初から戻っていたからこそだ」
…いや、それにしたってちょっとどうかと思うけどなあ。そのしわ寄せでマイも、ユウもハルもそれなりに大変だったんだし。
でも、そう言われて腑に落ちる部分も確かにある。要はアイドルとしても“戦闘人形”としても早くデビューさせたかったってことなんだろう。
要するに所長も中間管理職に過ぎないって事なんだろう。上の意向に下が振り回されるのはどこの世界でも同じ、ってことだな。
「君が何を思っているか知らんが、まあ概ねその通りだ」
いやきっちり見抜いてますやん。
でも、この際色々と聞いておきたい事もある。
「ところで話は変わるんですが」
「なんだね?」
「figuraたちって一度死んだ少女たちですよね」
「そうだな、そういうことになる」
「彼女たちは『霊核』で擬似的に生かされているだけで、生命活動の実態はない。それで間違いないですね?」
「そのはずだが、それがどうした?」
「いえね、もし今後、彼女たちが恋愛したりした場合はどうなるのかな、と思いまして」
マイもこれからは本格的に芸能活動に身を投じることになる。リンに言い寄ってきたという〖ルクステラーエ〗のメンバーの件もあるし、彼女たちが普通の人間である芸能人たちに混じって仕事をする以上、そういう事が絶対無いとは言い切れないはずだ。
「ウチは基本的に恋愛禁止だ。理由は言わずとも分かるだろう」
「分かりますけど、それでも、人の心って時に制御が利かないものじゃないですか。だとすれば、もしも彼女たちが誰かと恋愛してしまったらどうなります?生きている人間のような恋愛活動は、出来ませんよね?」
「……君にしてはずいぶん直接的に聞いてくるじゃないか。⸺だが、そうだろうな。無論、確かめたわけではないが」
やっぱりそうか。
figuraだとか秘密組織だとかはさておくとしても、彼女たちは生きた人間ではないから子供を生むことが出来ないんだ。だから仮に恋愛しても結婚しても、彼女たちにその先はない。
だけど彼女たちは年頃の女の子で、心も感情もある。いざそういう時になってショックを受けるのは彼女たちだ。
生者ではないにも関わらず生きた人の心を持っているfiguraたち。運用する上でそのズレはきちんとケアしてやるべきではないのか。
「その辺りはマネージャーとして常に側にいる君がケアしてやるといい。余計な虫を寄せ付けなければそれで済む。⸺ああ、もしや、君が彼女らの誰かに惚れでもしたのか?」
「ん?あー、いや、特にそういう訳ではないんですが」
「まあ、君であれば構わんだろう。彼女らの真実を知っている君であれば、な」
「……それは、俺に対する褒美のつもりですか?」
生殖能力のない女性と自由恋愛しても構わない。それはつまり、夜の相手として慰み者にしてもいい、と言ったに等しい。
俺に対しても、彼女たちに対しても、それはこの上ない侮辱だと思った。
「……気分を害したなら済まない。
その、そういうつもりではなかったのだが」
「まあそのあたりはデリケートな話にもなりますのでね。というか、俺が彼女たちの誰かひとりを選んでしまったら、ほぼ間違いなく今後の活動に支障が出ますよ。そのぐらいは弁えてます」
「そうか、そうだな。済まなかった」
まあ正直、そのぐらいの役得があってもいいとは思う。
俺はオルクスに殺されたのでもfiguraになった訳でもないのに実社会から抹消されて、この特殊な条件下でしか生きていけなくなったのは動かしようのない事実なのだから。しかもその上で、命の危険を冒して戦いの日々を生きていかねばならないわけで。
ぶっちゃけ、俺自身にメリットはほとんどない。最低限度の身体的・精神的自由があるだけで、社会的自由など無いに等しい。そしてもちろん拒否権などないし。
「まあ、褒美をくれるってんなら別のものをねだりますかね」
「なにか欲しいものがあるのか?こちらで用立てできるものなら、可能な限り応えるつもりだが」
話の流れから丁度いいと思ったから、数日前から考えていた事を言ってみる。
「護身用に銃が欲しいです」
「銃、だと?」
「はい。対オルクス用の、figuraたちが使ってるような、アフェクトスをエネルギーとして射出できるタイプのものがあればなって。それも、街中で服の下に隠し持ってても目立たない程度に小型のものがいいですね」
「君の護衛には常にfiguraたちが側についているはずだ。そんなものが必要とも思えんが」
「まあそうなんですけどね。でも、戦闘の最中に俺が無防備になる瞬間が一瞬たりとも無いとは限りませんから。
こう見えても割とチキンなので、万が一にも怪我したり死んだりするのはゴメンです」
万が一のその事態に備える方策として、すでにレイに指揮の様子を見せている。今後はユウやリン、サキにも教えていくつもりだ。
だが、それはあくまでも万が一のことが起こったらの対応策だ。その万が一を防ぐための備えも当然必要になる。
「……なるほど。確かにそうだな。万が一の備えとしては必要かも知れん。
だが、服の下に隠し持てるほど小型でオルクスを倒せるとなると……」
「あ、倒す必要はないです。一瞬怯ませて、動きを止められさえすればそれでいいと思います。その一瞬さえ逃れられれば、彼女たちの誰かが必ず間に合ってくれると思いますし」
別に俺自身が倒す必要はないと思うんだよね。あの子たちが常に俺の側にいるってのは事実だし、奇襲を受けても一瞬だけ凌げれば、あとは彼女たちが守り切ってくれるはず。
だから、その一瞬さえ稼げればいい。
「そういう事か。なるほど、分かった。
ファクトリーに打診してみよう」
お。通っちゃった。そういうワンオフものは開発費用がバカにならないから、ダメ元で言ってみただけなんだが。
まあ、検討の結果やはりダメでした、ってオチもあるだろうけど。
「あと、もうひとつ確認しておきたいんですが。彼女たちに生命活動の実態がないということは、つまり、歳も取らない、ということですかね?」
「それに関しては、『霊核』の未解明の部分に属する事柄で現時点ではまだ何とも言えん。運用開始からまだ3年ほどしか経っておらず、現時点で結論を出すのはいささか尚早と考えている」
「でも十代の少女の3年は大きいですよ。例えばユウ。最初のfiguraだそうですけど、あの子が2年経過していると考えるとfiguraになったのは16歳の時のはずです。もし今と同じ18歳でfiguraになったのなら、本来なら20歳になっていなければならないはずです」
オルクスが初めて出現してからすでに3年が経過しているという。けど『霊核』がどうやって見つかって、どういう経緯で彼女たちがfiguraになったのか、詳しいことは何も聞かされていない。
だが少なくともパーソナルデータを参照すれば、オルクス出現から半年以上経過した翌年の春にユウがfiguraとして覚醒している。つまり彼女は、新たにfiguraとして生まれ変わってから少なくとも2年半近く経っている計算になる。
「ユウは、外見上の顕著な年齢的変化は見られないな。
この件に関して今ホスピタルが注視しているのはサキだ。彼女は今まさに成長期年齢で、1年単位で有為な変化が見られるのではないかと考えられている」
「まあ、擬似的にでも外見上の成長があればいいんですがね。アイドルとして多くの人の目に触れる活動をしている以上、もし外見上の成長や加齢がなければ、必ず誰かに疑念を持たれる事になるでしょうから」
そう。figuraたちに生命活動の実態がないのなら、普通の人間のようには成長しないし歳も取らないということになる。
リンなんて普段から口癖のようにダイエットダイエットと言っているが、そもそも実際本当に体重や体型の変動があるのかも疑わしい。生前の名残でそんな気分になっているだけかも知れないのだ。
「確かに、その点がアイドル活動を行っていく上での最大の懸念事項ではあるだろう。
オルクスとの戦いがどこまで続くのか現時点で誰にも分からない以上、最悪の場合、『霊核』を引き上げて違うfiguraを仕立てる必要も出てくるかも知れん」
…ああ、恐れていた答えが返ってきてしまった。そういうことにだけはなって欲しくないと願っていたんだけど。
「解っていると思うが、他言するなよ?」
「勿論言いませんよ。これを今聞くのは、今後彼女たちと暮らしていく上でマスターとして知っておかなければならない事だと感じたからです。最悪の事態は常に視野の片隅に見止めておかないと、いざその時になって慌てるのでは遅すぎますから」
「……君という人間が、少し解ったような気がするな」
「……?なんです?」
「いや、独り言だ。気にするな」
所長は少しだけ目を細めて、けれどそれ以上何も言おうとしなかった。
「質問は以上か?では、そろそろ仕事に戻ってくれて構わないが」
「分かりました。……あ、でも、鍵の精製は今夜またやりますので。昨日はやれませんでしたから」
「分かった、ではまた同席させてもらうとしよう。それと、今日のうちにファクトリーに顔を出しておいてくれ。ライトサイドのライブ用のドレスがようやく仕上がったと連絡が来ている」
「あ、いよいよですか。じゃあすぐにでも受け取りに行ってきます」
「ああ。頼んだぞ」
「了解しました。では、これで」
そこまで言ってから、所長室を後にした。
自分で聞いておいてなんだが、しばらくは平静を装うのが少し大変になりそうだ。でも、とりあえず、今はライトサイドのミニライブを成功させることだけ考えるとするか。
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