第三十四幕:山吹色のやる気(2)
その後、ナオコさんと別れて他局を2ヶ所回り、収録を終えたリンとアキを拾って一旦パレスに戻った。昼食のあと再びナユタさんと車で移動して、TV局を1ヶ所と収録スタジオを2ヶ所回る。
これで〖MUSEUM〗の主な取引先は一通り挨拶が済んだ事になる。
午前中、オルクスの出現が1件あった。ちょうど移動中で、ナユタさんが横で遠隔ナビゲートするのを聞いていた。
--毎回思うけど、ナユタさんの使ってるタブレットって有能過ぎない?あれひとつで何でもできちゃうじゃん。
いやまあ、そういう俺も安全な場所に車を停めて、戦闘準備とか指示とか自分のタブレットでサポートしたんだけど。
今日は適切な選択ができたようで、レイとサキも問題なく戦闘を終えられたようだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
挨拶回りを全て終えた頃には、もう夕方の4時前になっていた。ナユタさんとパレスに戻ってから、マイたちのレッスンの様子を見に行くことにしよう。
この時間はマイを含めた新生レフトサイドの3人に加えて、レイがライトサイドに配置換えになるサキの稽古をつけているはずだ。巡回には朝の収録を終えたリンとアキが行ってるはずで、そちらも気にはなるけどナユタさんにお任せだ。ただ、彼女と挨拶回りしてた午後の間にはオルクスの出現報告も交戦報告もなかったから、多分午後の巡回は街ブラだけして終わりかな。
ガレージにワンボックスを停めて、事務所で帰投報告したあとリビングに上がり、“ツヴァイ”を呼んで、レッスン場に持っていく用に洗い終えたタオルの入ったリネン袋を受け取る。
レッスン場の脇にある更衣室には専用のリネン棚が設えてあり、そこにいつでも洗いたてのタオルが用意されていてレッスン中は自由に使うことができるようになっている。ただし洗濯を担当する“ツヴァイ”はパレスから出ることが出来ないので、それを持って行くのはレッスン場を使うfiguraたちか、マネージャーである俺ということになる。なお俺だと更衣室にも入れないので、リネン棚に置いてくるのは結局彼女たちの誰かに任せるしかない。
ちなみに使用済みタオルをパレスまで持ち帰るのも、当然ながらレッスン場を使用したfiguraたちか俺の仕事になる。
リネン袋の他に差し入れのドリンクを準備してレッスン場に向かう際に、ナユタさんと例のトドロキさんが話してるのを見かけた。俺は特に会話するつもりもなかったから寄り付かなかったけど、こちらをじっと見てくる彼の視線は多少気になった。
何だかなー。あの視線は何かしら企んでそうな気がするなあ。
…そういやあのトドロキって人、大臣がどうのって言ってたね。もしかして僕、政府の偉い人に目を付けられてる?
まあ、今考えたって仕方ない。そういうメンドクサイのは所長に何とかしてもらおう。
「あらマスター、替えのタオルを持ってきてくれたのね。ありがとう」
レッスン場に上がると、レイとサキはちょうど休憩に入るところのようだった。
「うん、これ更衣室に持ってってくれる?」
「ええ、分かったわ」
「そんで、調子はどんな感じ?」
「サキはもう仕上がってるわ。マイたちのほうも順調よ」
「そいつは何よりだね」
「マスター。もっと褒めてくれても良いんですよ」
まあ、レッスンに関しては俺は全然分からないからレイにお任せだ。その彼女が順調と言うなら順調なんだろう。
そのマイを含めた新生レフトサイド、ユウとハルとマイはこっちに居ないから、第二ダンスレッスン室の方だろうな。
「で、例によって差し入れあるから休憩ついでに、どう?」
「相変わらずスルーですか。ホント、失礼な人ですね」
「ありがとう、頂くわ。サキ、ユウたちも呼んできて頂戴」
「……っく、わ、分かりました。⸺って頭撫でるなぁ!」
スルーしてねえよ、ちゃんと頭撫でてやってるだろ。
「ふふ。相変わらず仲がいいのねサキとマスターは」
「どこをどう見たらそうなるんですか!」
お前、気付かれてないと思ってるんだろうけど、撫でるたびに照れと喜びの感情漏れてるからな?
第一ダンスレッスン室でみんな集まって、輪になって座る。
借りてるレッスン場にはダンスレッスン室が2部屋、ボイスレッスン室が1部屋、それに簡易収録スタジオとジムスペースが設けてある。簡易とは言っても機材は本格的だし、おそらく大家さんに許可を得ているんだろうが、それぞれの部屋も改装の手を入れて防音設備もある程度整えてある。
まあ、レッスンで使うなら当然のことだ。
「マスター。マイさんにどんなアドバイスをなさったんですか?」
サキに呼ばれて第一ダンスレッスン室にやってくるなり、ユウがそう聞いてきた。
「というと?」
「今日のレッスン、見違えるほどマイさんの動きが良くなっているんです。何だかずいぶん自信も付けているようで。それで、レイさんたちと巡回した時に何かあったのでは、と思いまして」
ああ、そういう事ね。
レイとふたりで戦闘も歌もダンスも格段にレベルアップしてると褒めたこと、それで泣くほど喜んで自信を付けたこと、ただ戦闘に関しては少し応用が利かない所が見られたからシミュレーターで修正を加えたこと、そういった事情をかいつまんで説明する。
「そうだったんですね。ふふ、マイさんは自信のないところだけが玉に瑕でしたから、自信がついたのなら良かったです」
「あ……いえ、私なんかその、まだまだで……」
マイが一丁前に照れてるけど。
「……お前まだ『私なんか』って言ってんのか」
俺がそう言ったら、マイよりもサキがビクッと反応した。
「…………え?」
「あのな、サキにもこないだ言ったことだけどな、『私なんか』なんて言うんじゃない。自分を卑下したっていいことなんかひとつもないんだからな」
「え、で、でも……」
「『でも』じゃない。俺だけじゃなくてレイにも褒められただろ?それでマイだって号泣するほど喜んだじゃないか。だったらあとはそれを自信に変えて、胸張って前向いて頑張るだけだろ?」
「そ、そうですけど……」
照れと喜びと羞恥と、ほんのちょっとだけ、自信も。
いや“自信”の感情少ねえな!?八割がた“照れ”と“羞恥”じゃねぇかよ!
んーこれは、もうひと押し必要かぁ。
「昨日も言ったけどな、マイはもう最低限はこなせてるんだから、もっと自信持ちなって。歌とダンスに関してはレイからも褒められるくらいになってるし、戦闘に関してもちゃんと結果出してただろ」
「ええ。ガードに飛び出してユウを守った話も聞いたし、シミュレーションでは実戦でダメだった部分もきっちり修正して見せてくれたわね」
すかさずレイがフォローを引き継いでくれる。歌とダンスの方はレッスンに張り付いてるわけじゃないから俺はほとんど見ていないけど、レイは歌もダンスも、そして実戦もシミュレーターもマイを見て知っている。その彼女の言葉に、マイの“自信”が少しだけ濃くなる。
「マイちゃん声もキレーだし、ダンスもちゃんと踊れてるよー!バトルの方もまた一緒にやりたいな!」
「そうですね、まあさすがに先輩である私たちと同レベルとまではいきませんが、“人形”としてもアイドルとしても及第点には達してると見ていいのではないでしょうか」
ハルとサキもフォローしてくれて……いやサキのそれはフォローになってるか?基本的に天邪鬼だからか分かりづらいな。
「わ、わたし……ちゃんとやれてますか?」
「だからそう言ってるだろ」
「マネージャー一年生のマスターの言が信用できるかはさておいて、レイさんが認めるんですからそこは信用すべきかと」
「私もレイさんと同意見ですよ、マイさん。貴女に足らないのは、あとは自信と経験だけです」
「早くマイちゃんとステージで一緒に踊りたいなっ♪」
「皆さん……!」
みんなから口々にフォローされ、マイの“自信”が少しずつ増えていく。いやハルのはフォローになるのか?まあいいけど。
しっかしまあ、褒めたら伸びる子だとは思ったけど、褒めて伸ばすのも一苦労だなこりゃ。
「ああ、そういやリンも言ってたな。『マイはガッツあるから大丈夫だ』って」
「リンさんまで……!」
言ってた言ってた。聞いたのが初日だったから半分以上忘れてたけど。
「わたし……わたし、頑張ります!」
そうして結局、決意のこもった表情を浮かべてマイは力強くそう断言した。
力強く頷くマイからは、山吹色の感情がゆらりと立ち上っていた。
やれやれ、ようやく“やる気”になってくれたか。だけどまあ、これでひと安心かな。
その後、休憩がてら30分ほど談笑して、レイがまだレッスンの続きをやると言うので俺は一旦退散する事にする。彼女たちも夕食までには切り上げて戻ってくるだろう。
せっかくだからレッスン見て行けとレイが言っていたが遠慮しといた。そろそろリンとアキも帰ってきてる頃だし、それを放っとくのも可哀想だしな。




