第三十二幕:五色に染まる鍵(2)
「じゃあレイ、『霊核』の鍵穴を出して」
「選んでくれて嬉しいわマスター。ではお願いするわね」
そう言って微笑むレイの胸に霊核のシルエットと鍵穴が浮かび、みんなの目が彼女の胸元に集まる。
そこに青く染め直した鍵を挿し込み、回す。
「あぅ……んん……、っ……!
ん、んぅ……は、あっ、あ、ああああっ!」
レイが顔を赤らめて喘ぎ、その身体がビクンと跳ねる。腰から砕けるように崩れ落ちそうになる彼女を、慌ててその腰を抱き留めて支えた。
それを見た周囲から羞恥を始めとして興奮、嫉妬、嫌悪など様々な感情が飛んでくる。
…いや邪魔。今はそれ要らないから。
ていうか嫉妬とか嫌悪ってなに!?なんで!?
内心で驚いてる間にも、あっという間に周囲にあった青哀のアフェクトスが流れ込んでいく。
あまり一度に入れすぎないように……とか考えるまでもなく俺の精神力が尽きた。鍵は消えて、それと同時にレイへの青哀の注入も止まる。
一瞬だけ自力で立てなくなったレイはすぐに身体のバランスを取り戻していて、だから俺も鍵が消えると同時に彼女から身を離した。彼女は暴れる心臓を落ち着かせるように荒い息を吐きつつ、すぐにコントロールして呼吸を落ち着かせてゆく。そのあたりは流石にMuse!のリーダーといったところだ。
というか俺のほうが汗だくで、立ってるだけでも精一杯だ。正直、よく崩れ落ちなかったと自分を褒めたいところだ。だけど気にするべきは俺自身よりも。
「レイ、大丈夫か?」
「はあ……はあ……。ええ……OK、落ち着いたわ。こんな感じなのね」
「うん。最初はあんまり無理はしないでおこう」
とか言いながら、多分それなりの量は入ったと思う。注入の感触というやつも何となく感覚的に分かってきた。
「貴方のほうが今にも倒れそうだわ。一度座った方がいいわよ」
そして俺を支えるように寄り添ってくれて、そんな風に気遣ってくれるレイの額や胸元が、しっとりと汗ばんでいてやたらとエロい。
「な、な、な、なああああに抱きしめてんのよっっっ!?このエロオヤジっっっ!!」
それを見てリンが顔を真っ赤にして何か喚いているが、もう構っていられなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「しかし、結局メモリアクリスタルは発現しなかったようだね」
やや期待外れとでも言うように、所長が呟いた。
それは多分、俺が限界にきて鍵を保持出来なかったから。あるいは、1色だけしか注入しなかったから。
まあ両方かも知れない。ちょっとそこは、今後確認していく必要がある。
「おそらく、1色しか注入しなかったからでは?」
顔を真っ赤にしたリンにどつき回され、倒れ込んで返事が出来ない俺の代わりに、ナユタさんが推測で答えてる。
リンってば1回見てるはずなのに、他人の喘ぎ声を聞かされるのは恥ずかしいらしい。いやまあこの場合は俺がレイを抱き留めたからかも知れんけど。
「いずれにせよ、継続して確認する必要があるな。ひとまず、彼の鍵が一昨日の1度だけの奇跡的な発現ではなかった、という事が分かっただけでも収穫だ。注入再現も成功したことだし、今日はよく休むよう伝えてくれ」
そう言ってシミュレーションルームを出て行こうとする所長。
いや、ちゃんと聞こえてます。リンのせいで返事出来ないだけです。
「いや、実に興味深いものを見せてもらいました」
…ん?男の声?誰?
「トドロキか。まだ戻っていなかったのか」
「お疲れさまですトドロキ係長。まだいらしてたんですね」
…あ。今日は魔防隊の人がシミュレーターの調整に来てたんだっけ。
って事は、見られた?
「見ての通りだ。紫のアフェクトスのデータは今日得たもので充分だろう。引き続き明日も調整を進めてくれ」
「分かっておりますよ司令。先ほどのデータがあれば、明日にでもプログラム自体は完成するでしょうな」
「完成したら、プログラムデータをナユタに渡してくれればいい。それで君たちの仕事は終わりだ」
んー。なんか雰囲気がギスギスしてんなあ。
周りのみんなもやや警戒してるし。
…これは下手に起き上がらない方がいいかも。
「おや。それでは、次回の彼のアフェクトス注入は見せて頂けない、と?」
「貴様が見る必要はない。職務だけ遂行していろ」
「ご命令とあらばやぶさかではありませんが。さて……」
「…………何が言いたい?」
「いえね、大臣がデータに興味を示しておられましてね」
「……あいつか」
所長から紫のアフェクトスが立ち昇る。
マジか。
「と、とりあえず、戦闘データはいつも通り定例報告にまとめて上へあげますので」
…ナユタさんが何とかこの場を収めようとしてるけど。うーん。
「出来れば『霊核』とアフェクトスのデータも報告としてまとめて頂きたいものですなあ、白銀主任」
「報告書の内容は私が決める。貴様が口を出すべき問題ではない」
「そうですか。まあ、私は一向に構いませんがね?老婆心ながら、御身の立場もよく考えられて正しい選択をなさるとよろしいでしょう。⸺では、私は今日はこのへんで」
そう言い残して、トドロキという人物はシミュレーションルームを出て行った。
「な、なによアイツ。かん……!」
リンが悪態をつきかけるのを、左手で彼女の腕を掴んで制止する。
確かにいけ好かない雰囲気の人物だったが、オトナの世界には色々あるんだよ。
「マスター、そろそろ起きれるかしら?」
レイには狸寝入りしてたのがバレてたみたいだ。そう言われて上体を起こし、そして所長に声をかけた。
「もしかして、見られたらマズかったですかね?」
「いや。そういう訳ではない。積極的に見せたい訳でもないがね」
「なるほど。出来ればこちらの手札として隠しておきたかった、と」
「まあそんな所だ。メモリアクリスタルの精製まで見られずに済んだのは不幸中の幸いだったかも知れんな」
やっぱり隠したかったんじゃないか。それならそうと先に言っといてくれれば、シミュレーションルーム以外でやったのに。
…まあ、魔防隊から職員が来てるの忘れてた僕も悪いけどさ。
「なんにせよ、君たちが気にする事ではない。今日は皆しっかり休んで、明日また働いてくれ。
特に桝田君とレイ。疲労が顔に出ているぞ」
そりゃまあ、へばった所でリンにトドメ刺されたようなものですし?レイも慣れないアフェクトス注入で疲れただろうし。
所長がシミュレーションルームを退室し、こちらの様子を気にしながらナユタさんも出て行った。
「あ、あの、マスター。その、ごめん……」
グロッキーの相手に追い討ちをかけたことにようやく気付いたリンが謝ってくる。
「いいよ。リンの反応は年頃の女の子としてはむしろ普通だしな」
…まあ同世代の女の子がおっさんの魔の手にかかって喘いでるのを目の当たりにしたら、普通は恥ずかしくて見てられないよね。
「マスター。大丈夫ですか?立てますか?」
「ありがとうユウ。まあ何とか大丈夫」
「ところでね。みんなには見せてあげよう」
座ったまま、指先でみんなに顔を寄せるよう指示してから、固く握ったままの右手を開く。もし隠しカメラで撮られてたとしても、周囲を取り囲まれていればそうそう映る事はないだろう。
「わあ……素敵!」
「美しいわね……!」
「……マジかよ……」
「ふえぇ~!?」
唇に人差し指で『しーっ』としつつ見せたのは、メモリアクリスタル。鍵を消したのに、時間差で掌の中に精製されたものだ。あの時見なかったマイ、レイ、アキ、ハルがそれぞれ驚きの感情を浮かべる。
気付いた瞬間に強く握り込んで虹色の光を極力漏らさないようにしたから、あのトドロキって人はもちろん所長たちにすら気付かれてはいないと思う。
「これがメモリアクリスタルね。これを材料にして新しい武器やドレスが開発出来るんだってさ。後で所長に渡してくる」
「ほええ、すっご~い!マスター何でも出来ちゃうんだね!」
「なんで出来るのかは俺にもよく分からんけどね。さ、今日はもう解散しようか」
メモリアクリスタルをズボンのポケットに突っ込んで立ち上がる。そして、みんなを促してシミュレーションルームを後にした。
続きはまた明日以降だ。




