第三十一幕:五色に染まる鍵(1)
夕食後、シミュレーションルームに一同で顔を揃える。
MUSEの7人に、俺とナユタさん。
所長にも同席をお願いした。
「最初に言っておくけど、今日の注入はナシね」
緊張に張り詰めていた空気が、いっぺんにザワつく。
「それは何故かしら?」
「ええ〜、マスターやってくれないの〜!?」
「まあそう言うなって。今日は俺の練習ってことでさ」
「一昨日のマスターの消耗ぶりを思えば、まず練習して慣れてから、というのはセオリーではありますが」
「それもあるけど、そもそもどのアフェクトスをどれだけ入れられるかもまだ分からんし、一昨日注入した3人の反応を見る限りは君らの方にもけっこう負担がありそうだったからな」
「そのあたりの判断は桝田君に任せる。私としては何も言うことはない」
ユウ、サキ、リンが思い出して肩をすくめる。
いやユウ、顔は赤らめないでいいから。
「むー。そりゃあハルだってマスターに無理して欲しくないけど……」
「ハル楽しみにしてたもんな。でも、見るだけでもテンション上がるとは思うぞ?」
「じゃ、もったいぶってねえでサッサと見せてくれよな」
「じゃあまあ、始めるとしますか」
ひとつひとつ、説明を加えながら手順を踏む。
『霊核』はアフェクトスで動くものだと前提すれば、『鍵』はアフェクトスそのものだということ。アフェクトスが人間の感情である以上、人間がそれを扱うことも出来るはずだということ。
だったら自分にも鍵が作れるはずで、作った鍵にアフェクトスを込める事も可能だと考えたこと。
そして、ゆっくりと思い出しながら掌の中で鍵を作る。感覚は頭の中に、そして掌の中に明瞭に残っている。
思い浮かべ、構成し、強化し、固定する。
初めて見る子たちから、驚きの感情が伝わってくる。俺の集中を乱さないように、一生懸命に声を押し殺しているのも分かる。
うん。みんなのその感情も使わせてもらってるからね。
目を開けると、掌の上には白い鍵。
ここまでは思い通り。
俺が目を開けたことで、わっと歓声が上がる。
まだだ。まだだよ、みんな。
「これが、君の『鍵』か」
「はい。これにアフェクトスを注入します」
「……続けてくれ」
所長もちょっと興奮してるな。
再び目を閉じる。精神集中に入ったことで、周りが再び静まり返る。
まずは黄喜のアフェクトス。
選別。限定。抽出。そして注入。
周囲の反応を視なくても、ちゃんと成功した確信があった。
「実際に目の当たりにしてもにわかには信じられんが、確かにこれは『霊核の鍵』だ。無色の、無属性の鍵にイエローのアフェクトスを込めたのだな」
「はい。で、集めたアフェクトスを抜けば、こう」
集中していた気を解く。
鍵はすうっと色が抜け、白に戻る。
「こんなに、自在に出来るものなの……!?」
自在じゃないよレイ。結構これ大変なんだよね。気を抜きすぎると鍵まで消えちゃうし。
「次は青哀を集めます」
再び目を閉じ、念じる。手順は同じだし、少し慣れてもきた。
そして掌の中の鍵は青く染まる。
これ、慣れてきたらこの部分は省略できそうな気がする。
無色のままの鍵を『霊核』に挿し込んで、その段階で鍵の色を変えれば、そのまま霊核にアフェクトスが直接流れ込むんじゃないかな。
シアンを抜く。
そして今度は、赤怒。
鍵は赤く染まる。
さらにマゼンタを抜いて、緑楽を集める。これで喜怒哀楽の4色。
--あーあー、みんな目をキラキラさせちゃって。
…まあ、気持ちはよく分かるけどね。
「素晴らしいわ!」
「マスター、すごいです!」
「さすがにこいつは、オレもちょっとオドロキだわ」
「もう1色あるぞ?」
「ほえっ!?まだあるの!?」
もう一度目を閉じる。
五色の感情のうち、紫怨だけはややイメージしにくい。
全般的にネガティブな感情で、人のメインの感情ではない副次的なアフェクトスなので、俺自身触れた事自体が少ないのだ。
あー、でも。昼に、アキがたっぷり発してたっけな。
それを思い出した時点で、その後はスムーズだった。周囲に立ち上る感情、figuraたちの身体を覆うアフェクトス、そこから念じて紫怨だけを探し出す。今日は実戦を繰り返したおかげで、アフェクトスの量もそれなりに多い。
選別し、限定し、抽出して、そして注入する。
紫に染まった鍵を目の当たりにして、さっきまでとは少々違う反応が周囲から返ってきた。
「なに、この色……」
レイが不安そうに呟く。
「なんだか、怖い……」
マイが畏れている。
「これは、私なんかにはお似合いの色では……」
サキが自分を卑下している。
ああ、なるほど。みんな感情の傾向が違うのか。
アキに至っては、何か精神的な衝動を必死で抑え込んでいるようだ。
「……本当に、紫が……」
ナユタさんも驚いている。
それで思い出した。
「そういやナユタさん、これデータ取らなくていいですか?」
「あっ!そ、そうですね!」
ナユタさんがシミュレーターのコントロールデスクに飛んでいく。彼女がものすごい勢いで何やら操作するのを、そのまま数分待つ。
「桝田さんOKです!データ取れました!」
その声を聞いてから、紫を抜いた。
相変わらず仕事早いなー、この人。
「まあ、ひとまずこんな感じ」
そう言いながら、掌の上の鍵を握り込む。そのまま集中を完全に解いてから手を開くと、鍵はなくなっていた。
「ほえっ!?鍵無くなっちゃった!」
「精神と感情で作った物だからな。あー、やっぱ疲れるわ、これ」
終わった途端に汗が噴き出してくる。さすがに今日はへたり込んだりはせずに済んだけど。
「……メモリアクリスタルは出ないのかね?」
所長が訝しそうに訊いてくる。
そういや、今日は変化しなかったな。
「……さあ。そっちは、俺が何かしたわけではないので……」
「『霊核』にアフェクトスを注入しなければ変化しない、ということか」
「そこはまあ、分かりませんけど」
あー、ついでだからそのあたりも色々確かめとくか。今日やらないと次は明後日だし。
「じゃ、もう1回作ってみましょうか」
「無理はするな」
「無理だと思えば止めますから」
鍵はすぐに出来上がる。最後に握り込んだ感触をそのまま再現するだけだ。
そして、紫を集める。
「欲しい人、いる?」
誰も反応しなかった。まあネガティブな感情を欲しいって子もそうそう居ないか。
「じゃ、この色が欲しいってリクエストある?」
「私は、さっきの美しい“青”が欲しいわ」
「わ、私は燃えるような“赤”が!」
「“赤”はアタシも、また欲しいかな」
「マスター。私ももう一度黄色を頂けますか?」
「私は今度は緑色がいいですね。何だか楽しそうな色でした」
「ハルは黄色ー!ていうかオレンジとかないのマスター?」
「サキと被んのはシャクだが、オレももらえるなら緑だな」
「えーと、じゃあ」
目をキラキラさせて、口々に欲しい色をリクエストする彼女たち。んー、誰を選ぼうかな。




