第三十幕:透青色の舞台
夕方4時を回り、帰宅ラッシュに呑まれる前に早めに巡回を切り上げてパレスに戻ることにした。実のところ、今日は帰ってからが本番だ。
「ただ今戻りました」
「お疲れさまです。マイちゃん、大丈夫でした?」
「あー。魂抜けたみたいにしょげてますけど、まあ大丈夫でしょ」
「楽観視してないで、ケア、しっかりお願いしますね」
「もちろんですよ。早速行って来ます」
ナユタさんに見送られつつ、巡回に出た4人を連れてそのままシミュレーションルームに直行する。まだ5時過ぎで夕食までには少し時間があるし、確認するにはちょうどいい。
「マイ、巡回で出来なかったやつ、やるぞ」
「えっ!?は、はい!」
「マイの“舞台”と、戦闘のやり直し、ね?」
「うん、そう。まずはスケーナからかな」
マイはシミュレーターでもスケーナを張っているのを見た憶えがない。まあまずは戦闘に慣れることが肝要だし、それでユウもリンもマイを戦闘に回しているのだろう。
だから正直な話、マイがどれだけしっかりスケーナを張れるのか、見てみないと何とも言えなかった。
「わ、私、スケーナ展開した事ないです……」
「…………え、マジか」
「マイ、本当なの?」
「嘘でしょ!?」
「ハルが張れるからマイちゃんもできるよ!」
--いや、君は出来て当たり前じゃん。
「んーまあとりあえず、やり方は分かるだろ?」
「それは、一応……」
「じゃあ、やってみ?」
シミュレーターを起動させないで、まずはマイにスケーナだけ張らせてみる。その間サキに起動の準備だけしてもらう。セッティングは午後の3体と同じにしてもらった。
「はい……スケーナ、展開します!」
マイは大事そうに両手に握りしめた『鍵』を、胸に浮かんだ『霊核』に挿し込む。虹色の光がマイの『霊核』から溢れ、ふわっと拡がった。
初めて展開したせいか、なんだか微妙に場が不安定な感じがする。マイの自信のなさがモロに影響しているような印象を受けた。
「これじゃあダメだろ」
「……そうね。実戦では張らないで良かったかも知れないわね」
「最初はみんなこんな感じか?」
「いいえ、少なくとも私が知る限りはそんな事はなかったわね」
…僕とレイの会話がマイにも聞こえていたのか、スケーナの揺らぎが大きくなり、とうとう破れてしまった。
このままじゃあヤバいな。
「あの、その、ごめんなさい……」
「マイ、もう少し自信を持って、イメージをしっかり作ってみようか」
「で、でも、私……どうしたら……」
「……そうね。もっと空間を押し広げて、しっかり固めるイメージを作ってみるのはどうかしら?」
「空間を……広げて、固める……?」
「私も正直、こんな風になった事がないからよく分からないのだけれど。例えば両手で『押し広げる』ような動作を交えてみたらどうかしら?」
ああ、なるほど。ジェスチャーを交えるとイメージは作りやすくなるよね。
「じゃあ、それでもう1回張ってみようか、マイ」
「は、はい!」
そして再びマイがスケーナを展開する。彼女は『霊核』の鍵穴に鍵を挿し、そのまま両手を突っ張るように左右に大きく押し広げた。
『霊核』から溢れた虹色の光がその手に押されたように拡がり、スケーナの空間が綺麗に出来上がる。
「……今度は問題ないみたいだな」
「ええ。これなら大丈夫だと思うわ」
「だ、大丈夫、ですかね……」
「じゃあこのままマイのスケーナで、サキとハルが戦ってみて」
レイに起動をお願いする。
マイのスケーナの中、戦い慣れたふたりはあっという間に敵を殲滅した。縦横無尽に飛び回るハルを適切にフォローするサキはさすがの適応力だった。
マイも初めてにしてはなかなか適切なサポートが出来ていたと思う。
多分、実戦で初めてスケーナを張っていたら、さっきみたいに途中で破綻させたりしてしまったかも知れない。もしそんな事になっていれば、下手すると彼女は二度とスケーナを張れなくなっていたことだろう。そう考えれば、今ここでマイにスケーナ展開を経験させた事は大きなプラスになるはずだ。
次に、サキにスケーナを張ってもらってレイとハルに戦ってもらう。マイには、レイの動きをしっかり追うように言い含めて見学させる。
今度は、ハルがちょうど普段のマイのような動きになる。自由に暴れてるのはいつものままだが、レイの動きにしっかり合わせて、レイのトドメに繋がるよう微妙に戦い方を変えてきた。
さらに、ハルにスケーナを張らせてレイとサキの動きを見せる。レイが上手くサキのフォローに徹し、サキが生き生きと躍動する。レイもユウやリンと同じく万能型なので、自分が戦うのも仲間のサポートをするのもお手の物だ。
「は~。皆さん凄いなあ……」
マイが感心したようにため息をつく。
「ああやって組む相手によって少しずつ動き方を変えるんだ。誰しも得意不得意があるから、相方の長所を引き出せるように動かないとダメなんだ。
今までマイはユウやリンに合わせよう、ついて行こうって、そればかり考えてただろ。ユウたちもそういうのきっと分かってるだろうから、マイと組むときはおそらくマイをフォローするような戦い方になってたはずだ」
「そ、そう言われれば……」
「ということで、だ。もう1回ハルと組んでみようか」
そしてサキのスケーナでハルとマイ。
午後の組み合わせに戻る。
「今度こそ、お手並み拝見ね」
レイのその言葉で戦闘がスタートする。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ま、そこそこはやれたんじゃないの?」
「そうね、少なくとも巡回の時とは大違いだったわね」
「いいと思いますよ、私は。マイさんもハルさんの動きをちゃんと見て、合うように動いてましたし」
「だ、大丈夫ですかね……?自分ではよく分からなくて……」
「ええ。マスターの言うとおりだったわね。マイ、貴女はもう充分戦えているわ」
「ハルはぜーんぜんなんにも変えてないけど、戦いやすかったよー!」
口々に褒められて、ようやくマイも照れ臭そうに笑みを浮かべた。もっとはっきり喜んでいいと思うんだけどな。
「てな訳で、次。ハルのスケーナでマイとサキね」
「えっ?まだやるんですか!?」
「もちろん。頑張れ!」
「ふえぇ……!」
終わった時にはさすがに肩で息をしていたが、それでもマイは頑張って戦いきった。
うーん、もう少しスタミナが必要か。
「お疲れさま、マイ。よく動けていたわよ」
…ちゃんとフォロー入れてくれるあたり、さすがはレイだなあ。
「ホントですか……だったら、良かったです……」
「いや、なかなか新鮮でした。たまにはこういう普段組まない組み合わせもアリだと思います」
「サキちゃん、私、迷惑じゃなかった……?」
「マイさん、もう少し自信持って下さい。慣れないから迷うことぐらいは当然ありますが、迷惑だなんて感じるはずはありません」
「サキが良いこと言ってくれたね。そう、みんな同じfiguraの仲間なんだから、遠慮なんか要らないんだぞマイ。それよりも、自信なくて自分の動きをためらってしまう方がよっぽどマズいからな」
「マスターの言うとおりよ。実戦での迷いは死に繋がるものね。迷うぐらいならミスした方がマシだわ。ミスは仲間がカバー出来るもの」
「じゃあ、私……」
「おう。もっと自分の直感を信じて、自分の行動と選択に自信持っていい。お前はちゃんとやれてるんだから。
午前中、ユウの代わりに躊躇なくガードに飛び出した、あの時の感覚を忘れるな。もしあの時お前が迷っていたら、ユウは死んでたかも知れないんだからな」
「は、はい!」
「珍しいわね。ユウがミスしたの?」
レイが意外そうな顔をする。
「正確には俺のミス。囲んだオルクスが6体だとばかり思ってて、7体目の出現を把握してなかったんだ。だからユウも6体目を倒した時点で気を緩めちゃったし、その瞬間をを7体目に狙われてね。
そこをマイがカバーしてくれたんだ。指示も待たずに咄嗟に飛び込んでガードしてくれてね。ユウが褒めたのもその動きだった、ってわけ」
「そういう事だったの」
「なるほど、それは確かにマスターが責められるべきですね」
「ハルもねー、見つけてすぐ警告しようとしたんだけど一歩遅かったんだよね」
「まあ、そういうとこも含めて、まだまだ俺も経験不足だなあ、と今日の巡回では痛感したわけでありますよ」
「ふふ。そこは、マイと一緒に経験を積んでいってもらえばいいだけの話だわ。でもマスター?うかうかしてたら私の方が戦闘指揮に関して上手になってしまうかもよ?」
「うっ、それはマズいなあ。頑張らんと……」
ボーン。ボーン。ボーン。
ボーン。ボーン。ボーン。
シミュレーションルーム内に、6時の時報が響き渡る。
「おっと、そろそろ飯の時間かな。じゃあ今日はお開きにしようか」
「ええ、そうしましょう。みんな、お疲れさま」
エレベーターで地上に戻り、レイたちは食事の前にシャワーを浴びにバスルームへと向かう。
俺は、そろそろ心の準備を始めるとしようか。
後でもう1回、全員でシミュレーションルームに集合してもらわないとな。




