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第四幕:薄墨色の忘却

 マイクロバスはしばらく走ったあと、とある建物の大きなガレージに入ってから停まった。

 バスを降りたMuse!の少女たちが我先にと建物に入っていく。おそらくここが、彼女らの所属事務所である〖MUSEUM(ミュージアム)〗なのだろう。


「着いたぞ。降りなさい」


 所長さんに言われて、残っていた自分と彼女もバスを降りる。


「こっちだ。ついて来なさい」


「あの、俺たちはこれから……?」

「まずは精密検査を受けてもらう。詳細な身体データを取って……」


 所長さんはそこまで言って、俺の方に向き直る。


「君に関しては身辺調査も行わせてもらう。聞かれる事には全て正直に答えてもらうよ。隠し立てしないように」


 いや、何だか怖いんですけど。

 それになんか所々記憶が曖昧で……。


「……いや、その前に治療が先か」


 へっ?


「君、“光魄(アニマ)”の群れの中に突っ込んだだろう?それに左手の小指を失っているな?」


 アニマ、が何なのか分からなかった。けど何となく、あの光の塊のことかな、と察しがついた。そして左手と言われて見てみれば、確かに左手の小指が半分無くなっている。

 ただそれは、新しい傷ではなかった。少なくとも数年くらいは経っていそうだった。


「いや、これ、古傷みたいで……」

「みたい、だと?憶えていないのか」

「いやあ、どうなんですかね?」


 所長さんから少しだけ疑いの感情が出る。


「……なるほど。それも検査項目に追加しておくとしよう」


 彼はそれ以上なにも言わず、エレベーターホールに歩みを進める。仕方なく、彼女とふたりで無言でついて行く。

 エレベーターに乗り込むと、彼は操作パネルに何故か付いているIDチェッカーにカードを読み込ませ、出てきたテンキーを何やら操作する。

 すると、地上階の表示しかないはずのエレベーターが降り始めた。


「えっ!?」

「下に降りてる!?」

「一部の関係者以外、立ち入り禁止のエリアだ。他言するなよ?」


 ええ~。そういうのは事前に言って欲しいんだけど……。

 まあ聞かされたところでどうせ『拒否権はない』とかって言うんだろうけどさ。それでも、ねえ?


 エレベーターはB2Fで止まった。扉が開き、降りると白一色の廊下が延びていた。その天井の照明以外何もない、真っ白な廊下を突き当たりまで進む。やはり何の装飾もない無機質なドアの横のIDチェッカーに所長が再びカードを読み込ませると、ドアは音もなく開いた。

 中ではあらかじめ連絡を受けていたのだろうか、看護師の恰好をした女性がふたり待っていて、俺と彼女はそれぞれ別々の部屋に案内された。

 彼女がその後どうなったのかは、分からない。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 案内されたのはどう見ても病院の診察室だった。なんで芸能事務所の秘密の地下室にこんなものがあるのか分からないが、そこで簡単な問診を受け、傷の治療と検査を受けたあと、各種の簡易検査を受けさせられて、身体検査をされて、さらにヒアリングも受けた。


 でも何故か、自分でも不思議なくらい、自分のことが分からなくなっていた。

 まるで頭の中が、薄墨でまだらに塗りつぶされたみたいだ。


 自分の名前や年齢、家族構成、そうした事は覚えていた。だが職業履歴の一部や特定の友人知人の名前、どうしてライブに来たのか、どうやってチケットを入手したのかなど、サッパリ分からない。その他にも色々と思い出せない事が多々あった。


 記憶に混乱が見られるのは、オルクスに襲われたからだとのことだった。悍ましい異形の怪物たちだけでなく、あの光の塊、“光魄(アニマ)”と呼ばれているらしいが、あれもオルクスの一種なのだそうだ。

 そして左手の小指の古傷も、おそらくはオルクスによるものだと言われた。いやそっちこそ本当に、そんな(・・・)記憶は(・・・)一切(・・)ない(・・)んだけどな。


 オルクスに襲われた人間は、大抵は食われて死ぬことになるそうだ。だが運良く命が助かった場合でも、感情や記憶の大半を喰われて(・・・・)しまう(・・・)らしい。そればかりか、喰われてしまうとその本人に関わりのある全ての記憶も記録も、何もかもが失われて無か(・・)った事(・・・)になる(・・・)のだという。

 そのせいで、毎日のように犠牲者が出ているにも関わらず、全く明るみにならずに事件として報道されることもないのだそうだ。


 じゃあ、俺が記憶を部分的に無くしているのはそのせいだと?

 もしかして、自分自身も気付かないうちに大切な誰かを忘れてしまっているかも知れない、ってこと?

 嘘だろ。そんな、馬鹿な。

 信じられない。きっと何かの間違いだ。


 しかももっと衝撃的なことに、自分の存在自体もすでに周りから忘れられてしまっている可能性がある、とのことだった。つまり友人や知人、仕事上の知り合いはもとより親しい人や家族でさえも、俺という存在は最初から(・・・・)居なかった(・・・・・)事に(・・)なっている(・・・・・)、その可能性が高いと。

 それは事実上の死亡宣告に他ならなかった。

 まあこれに関しては、身辺調査が済んだらある程度は判明するだろう。何としても聞き出さなければ。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 最初にここに来てから、丸3日はこうした精密検査、身体検査、体力測定などに費やされた。

 その後さらに3日かけて、オルクスに関して分かっていること、figura(フィギュラ)と呼ばれる〖MUSE〗のメンバーたちの能力や、感情・記憶に関する記録、感情の種類、それからアイドルとしての〖Muse!〗の概要や活動の意義、芸能事務所としての〖MUSEUM〗の活動内容と組織の概要、さらにfiguraたちの衣装や戦闘に関する記録などの講義を受けさせられた。


 それに何の意味があるのかは分からない。


 だがひとつ重要な、見逃せない事実を知ることになった。

 彼女たちは全員が(・・・)オルクスの(・・・・・)被害者(・・・)で、その感情と記憶の全てを奪われて、『世界』から忘れ去られた存在なのだという。今彼女たちが普通に振る舞いアイドルとして活動できているのは、『霊核(コア)』を得て力を手にし、その力でオルクスを倒すことで“感情”を一時的に取り戻しているだけなのだという。



 この6日間、俺はずっと同じ部屋から一歩も出られなかった。天井も壁も真っ白で無機質な、何の飾り気も窓もない、ユニットバストイレの個室が備えてある他はベッドひとつでTVさえ置いてない、病室とすら呼べないような部屋に何日も閉じ込められるのはかなりの苦痛だ。どう考えても監禁されているとしか思えなかった。

 まあ、食事と着替えがきちんと用意されたことだけは有り難かったけども。







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