第二十八幕:先々を見据えた布石(2)
コンサートホールを離れて、もと来た道を戻る。
マイは精神的ダメージが大きすぎてまともに歩くことも出来なかったので、俺が手を引いて何とか歩かせている。
でも、早いとこ復活してもらえないかなあ。
坂を下る途中でルートに少し迷った。
このまま戻るか、それとも曲がって小路の方に入るか。
小路は先ほど通ってないから行った方がいいとは思うんだけど、ここは有名な観光ストリートでいつも観光客でごった返しているから、まず間違いなくファンに取り囲まれる。そうなると狭い道だから身動きが取れなくなりそうだし、その状況でオルクスに出られても、スケーナを開くことも出来ないんじゃないか。
それに、そんな人混みの中に“研修生”のマイを連れて入るのもちょっとよろしくない気がする。
「小路に入るのは止めておいた方がいいかしら?」
レイも同じことを考えていたようだ。
『そうですね、ちょっと狭すぎますものね……』
よし、ナユタさんまで同意なら、回避。
駅前まで戻り、そのまま南下することにしよう。
「ところでさ。いざ出てきた時、誰を選ぶかなんだけど」
来た道を戻りながら、考えてたことを口にした。
「……そうね。4人いるものね」
「そうなんだよね。だから今日はレイに外れてもらおうか、と思っててね」
MUSEの戦闘は二人組ないし三人組が基本だ。望ましいのは三人組で、四人組以上はオルクスの数が多すぎるとか、よほどの強敵相手でないと組まれることはないらしい。だからもちろんシミュレーターでの訓練も、基本的に三人組で行っている。
そういうわけで、figuraが4人いるこの状況では誰かひとりが余ってしまう。それが分かっていて、今日は敢えてこの4人で巡回に出てきたわけだ。
「構わないけれど、それは何故かしら?」
「マイのスケーナを試してみたいから、最初はマイに張ってもらおうと思うんだ。で、後はハルとサキに任せて、レイには俺と一緒に外から見ててもらいたいんだよね」
「…………それはつまり、私にはマネージャーと同じ視点を経験させたい、という事かしら?」
さすがにレイは理解が早いな。ただ外で話してると、なんかどうもおかしな会話になる。まあ仕方ないけど。
「そういうこと。ゆくゆくは俺の代役をやってもらえるようになってくれれば、と考えてる」
「私に、貴方の代わりを……?」
「何故です?マネージャーさんがいればその必要はないと思いますが?」
レイもサキも怪訝そうな顔でこちらを見てくる。まあ就任したばかりの“マスター”が、ろくに仕事もしないうちからfiguraにその代行をやらせるって言い出したんだから、そういう顔にもなるだろう。
「もちろん、俺が動けるうちはそんな必要はないと思う。でも例えば、今朝のナユタさんみたいにどこかに呼び出される事があるかも知れないし、あるいは何か問題が起きて拘束されてるような場合だってあるかも知れんし。
⸺それに、負傷して指揮を取れなくなる事だって無いとは言えんしな」
「「!」」
そう、有り得ない話じゃない。所長のあのセリフから考えれば、現実として、すでにfiguraが戦闘で失われているわけで。
そんな戦闘の現場に、figuraのように戦える訳でもない一般人の俺が常に帯同することになるわけで。みんなが守ってくれると信じてはいるけど、戦いのさなかに守備や援護が間に合わないケースは絶対に起こり得るはず。
その想定をしないで済ますというのは、ちょっと考えられない。
「……貴方は、私たちが命をかけてでも守るわ」
厳しい表情で、レイが断言してくれる。
「それはもちろん信じてるよ。でも、それに甘えて万が一の備えを怠るのは『美しくない』だろ?」
「……それを言われてしまうと、何も言い返せないわね」
普段から美しくあろう、完璧であろうと努力を怠らないレイは、俺のその言葉に苦笑する。可能性を無視して失態を犯すわけにはいかない。そんなのは美しくないから。
一方でサキの方はそんなこと想定もしていなかったようで、顔が青ざめている。
「……で、でも、そんな……マスターがそんなこと……」
「マネージャーねサキ。でさ、最終的にはレイの他にユウとリン、それにサキにも俺の代役が務まるように教えていきたいと思ってるんだわ」
「え……わ、私もですか!?」
「うん。サキは頭もいいし、周りもよく見ているから、力押しだけじゃない様々な戦術の選択が出来る子だと思うから。歳の差や経験を差し引いても、全体指揮の能力があると思う」
褒められたことが意外だったのか、青ざめていたサキの顔がポッと赤くなる。なんだ照れてんのか、意外と愛いやつめ。
「素晴らしい考えね!了解したわ、しっかり学ばせてもらうわね!」
ピピッ。
『私もマスターのお考えに賛成です。万が一の事態に備えておいて損はありません。……まあ、そんな事がないように最善を尽くすのは言うまでもないことですが』
「それだけではなくて、指揮を取れる人を増やしておけば、例えば二手に分かれなきゃいけないような状況になっても対応出来ると思うし。選択肢はなるべく増やしておくべきだと思うんですよね」
「そこまで考えてるのね。本当に素晴らしいわ!」
「んーと、ハルはよく分かんないけど、マスターを守るのが一番大事、だよね?」
「マネージャーですハルさん。そしてその通り。
その上で、の話を今しています」
「その上?上になんかあるの?」
いやその『上』じゃねえよ。空見上げんな。
「いざ戦闘する時に俺がいなかったら困るよね?って話」
「ふえっ!?それは困るよ~!」
「だから、もしそういう事になった時でも困らないように、レイやサキに代わりをやってもらおう、っていう話」
「おお~!レイちゃんやサキちゃんは頭いいからきっとできるよ!」
「ふふ。ありがとうハル」
…うーん、ちゃんと理解してるかなあ?




