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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【はじまりの1週間】
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第二十六幕:紫色の抵抗

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい。お疲れ様でした」


 昼前に巡回を切り上げてパレスに戻ってきたら、ナユタさんが出迎えてくれた。ということは、リンたちももう戻っているという事だ。

 時刻は12時少し前。そろそろダイニングにみんな集合している時間かな。


「じゃあ失礼して、お昼食べて来ます」

「はい。午後からもお願いしますね」


 モロズミさんはといえば、自分のデスクでなにやらパソコンを操作していた。メガネに照り返したモニターの照明がなんかマッドみを感じてしまう。

 相変わらず真顔のままなのと合わせて、ちょっと怖い。こっちをチラッとも見ないし。


 マイたちと4人で揃ってダイニングに上がってみると、やはり全員揃って……ないね。


…うん、アキがいないや。


「ただいま。アキは?」

「あ、おかえりマスター。

……いや、それがね、アキったらすっかりヘソ曲げちゃってさ」


 リンが苦虫を噛み潰したような顔で出迎えてくれた。


…そりゃまあ、あんなに泣き叫ぶほど嫌がってたし、リンや僕のことを恨んでてもおかしくはないとは思うけど。


「アキさあ、昔モロズミさんと何かあったのか?ナユタさんは『天敵』だとか言ってたけど」

「いや天敵ってほどじゃ。

……ん、まあ、モロズミさんはアキのペースに一切乗ってこないから、そういう意味ではやりづらいかも知んないけどさ……」

「リンはアキのペースに翻弄されてばっかりだもんな」

「そ、そんな事ないし!」


…いや、古参メンバー全員頷いてるよ?


「まあとにかく、後でアキの様子覗いてみるわ。食事はどうせ出てこないんだろうし、あいつ抜きで食べちゃっていいと思う」


 アキは意外にインドア派ですぐ部屋に籠もってしまう印象があるが、食事時やリビングでみんながくつろいでる時など、結構みんなと一緒にいる事が多い。食事は偏食が多くてほぼ食べないけど、それでも昼食時や夕食時はいつもみんなと一緒の卓を囲んでいる。

 それが出てきてないってんだから、割と重症かも知れない。お昼食べたらちょっと様子を覗いてこよう。


 ダイニングにはキッチンから漂ってくる美味しそうな匂いが充満していた。リンやレイたちが器に盛り付けて料理を食卓に並べてゆく。


「わあ、美味しそうな匂い!私もうお腹ペコペコです!」

「ハルもおなかすいたー!早く食べようよー!」

「まだですよ。食事の前には手洗い、うがい。衛生管理は全ての基本です」

「うん、そうだな。じゃあまずは洗面所だ」


 待っているみんなにはお預けを食わせる形になるけど、これは仕方ない。俺らが持ち帰った菌で他の子たちにまで影響を及ぼすような事があってはダメだもんな。


「いいですか皆さん。手を洗う時は手のひら、手の甲、指の間、それから手首そして肘の手前まで。ハンドソープをよく泡立てて、しっかり包み込むように洗いましょう」

「はいっ!」

「ほーい!」


 いや保健の先生かユウ!

 確かに指導・推奨される洗い方そのままだけど!


「爪の間もしっかり洗いましょうね。そして洗い終わったら清潔なタオルで水気をしっかり拭き取ること。いいですね?」

「分かりました!」

「タオルちょうだいー」


 細かいな!

 そしてマイもハルも言われた通りにキッチリ洗ってんな!


 手洗いに続いてうがいも済ませ、それぞれ席に着く。今日のお昼は八宝菜と上湯スープが並んでいる。中華、それもなかなか本格派だ。


「では、今日も調理師さんに感謝して。頂きます」

「頂きます」


 レイの号令で、みんな一斉に食べ出した。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 コンコン。ドアをノックする。


「アキ、入るよ?」

「…………んっだよ、なんか用かよ」


 昼食を食べ終えて、4階のアキの部屋まで上がってきた。

 しばらく応答がなかったが、渋々といった感じで声が聞こえて、アキがドアを少しだけ開けて反応する。

 いや、お前いつの間にドアチェーンなんて付けたんだよ。これじゃ入れねえじゃんか。


「まあまあ。ちょっと話したくて。入れて?」

「オレには話すことなんてねぇよ」

「そんな事言わずに」

「放っといてくれよ。ひとりにしといてくれ」


…拗ねてる拗ねてる。よっぽど嫌だったんだな。


「悪かったよ。モロズミさんのことをそんなに嫌だって知らなくてさ」

「別にマスター(アンタ)のせいじゃねぇだろ。気にすんな」

「いやそりゃ気にするだろ。これからはモロズミさんにはマネージャーの代行させないようにするからさ」

「たりめーだろ。分かってて次やらかしたらぶっ飛ばすかんな」


 話してる間もアキはドアチェーンを外す様子がない。こりゃだいぶ重症だな。


「どうしても、入れるの嫌か?」

「……色々と、見られたくねぇんだよ」


 多分、部屋に帰ってから荒れたんだな。感情もささくれ立ってるし。


「分かった。じゃあ無理にとは言わんけど。でも昼からはバラエティの収録だから、出発までにはちゃんとちゃんと出てきなよ?」

「………………」


 ドアの隙間から見えるアキの全身から、“仕事行きたくない”オーラが濃厚ににじみ出ている。

 いやー、清々しいほどに真紫だなおい。


「まあ気持ちは分かるけど、ちょっと無理かなあ」


 レッスンとかなら予定変えてやってもいいけど、TVの仕事は相手のこともあるからなあ。午後にオフになる子が誰かいれば最悪代われることもあるかも知れないけど、今日は巡回も含めて全員出ずっぱりだからそれも無理だし。


「………………」

「そりゃあね、そんな気持ちのままで仕事なんて行きたくないだろうし、俺だってそんな時は休みたくなる。だからアキの気持ちもよく分かる。

でも、『気分が乗らない』が理由の休みを認めてしまったら、他の子が同じようにゴネた時にも認めないといけなくなるんだよね」


 アキも心の奥では分かってる。分かってるけど、でも嫌なものは嫌なんだよね。

 分かる分かる。俺もそういう時あるから。

 でも、仕事してる以上は、ね。


「……じゃあ、1時間だけくれよ」

「うん、ごめん。約束出来ない」


 個人的にはその程度なら……とは思うが、収録開始時間に間に合うようにパレスを出発する、その刻限もあるし、そもそもナユタさんが認めるとは思えない。


「……んじゃ、もういい」

「一応、俺まだ研修中だからさ。こないだのサキみたいに午後の予定がふわふわしてるような状況でもなきゃ勝手に予定を変えられないんだよ」

「……」

「だから申し訳ないけど、俺の顔を立てると思ってさ」


 ドアの隙間から片目だけ覗かせたまま、アキは答えない。

 答えないけど、まあ、感情は分かる。


「……時間まで寝るわ。リンに起こすよう言っといてくれ」

「ありがとう。ゴメンな」


 アキは答える代わりにドアを閉める。チェーン外しときなよ、と言おうとして、やめた。

 あのチェーンは、今の彼女のせめてもの鎧なんだろうし。好きにさせといてあげよう。



 リビングに戻って、リンにアキの要望を伝える。案の定即座に殴り込みに行こうとするのを羽交い締めにして止める。

 なるべく怒らないように、アキも自分のワガママで迷惑かけてること分かってるから、そこは考慮してやって欲しいと言い含める。


「…………はあ。まあいいわ。いつもの事だし」

「ゴメンな。世話かけて」

「マスターのせいじゃないから」

「あ、それと。あいつドアにチェーン仕込んでるから、多分部屋には入れないよ」

「はあ!?アイツいつの間に……!」

「まあ、今回はちょっと大変だと思うけど、任せたからね」


 いや、今までのことはよく知らんけど。


「~~~~!あああもう!」


 本当、リンの気苦労も毎回大変だなあ。なんかまたご褒美でも考えとこう。

 と、他人事みたいに考えつつ、そそくさとその場を離れる。時刻は12時半を回っていた。


「ってもう出発時間じゃん!」

「そうよ!だから悠長に寝かせてる暇なんてないんだっつうの!」


 大慌てでリンと4階まで上がってアキの部屋のドアを連打した。さすがにさっきの今でアキも眠る暇なんてなかったようで、文句言いながらもドアを開けたところでリンが首根っこをひっ掴んで引きずって行った。


「まっ待て!ちょ待てリン!」

「つべこべ言わない!いいから行くの!」

「ぎゃあああああああ!!」


 アキ……朝も昼も首根っこ掴まれて連行されるとか災難だなあ。


 などと他人事みたいな感想を(いだ)きながら、アキの部屋を施錠して俺もその場を離れた。マスター権限でマスターキー持たされてるんだよね実は。まあ使ったら大問題だし使うつもりもないけどさ。






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