第二十五幕:虹色の舞台(3)
“チャリオット”はその名の通り戦車のような形をしている。それも現代の戦車ではなく、古代ローマ時代のような車輪と人の乗る箱型の台車の組み合わせだ。ただ戦車を曳く馬はおらず、戦車自体が勝手に自走するような感じだ。
だがそのスピードが脅威だ。現代の自動車並みに速いから攻撃を当てるのもひと苦労だし、突進を避けるのも難しい。その代わりにチャリオットは小回りも方向転換も急ブレーキも不得手で、攻撃自体は単純なほうだ。
「マイさん、敵の動きをよく見て下さいね!」
「はいっ!」
ユウのアドバイスを受けて、マイが突進してくるチャリオットに立ちはだかる。直撃を食らわないよう軌道から逸れながら、それでも目を離さず彼女は両手剣を横薙ぎに一閃した。
一瞬の交錯。
マイを掠めて走り去ったチャリオットは、だが止まる前に爆発を起こして塵と消えた。
えっ爆発!?いつもみたいに煙になって消えるんじゃないの!?
「⸺ってマイ、ストップ!待て!」
「え、ええっ!?」
そのまま次の敵に向かおうとするマイを慌てて止めた。慣れない戦闘、それも実戦での命のやり取りを繰り返して顔色が土気色になっているし、肩で息をしていて呼吸そのものも荒くなっている。
あのまま戦闘続行させていたらスタミナ切れを起こして無防備な姿を晒しかねない。そう見て取れたから引き止めた。
「そうですよマイさん、落ち着いて息を整えましょうね。心配しなくてもオルクスは逃しません⸺から!」
そんなマイに駆け寄って優しく声をかけるユウ。その柔和な雰囲気のまま、右手の人差し指を天空高く突き上げて、それをそのまま一体のオルクスに差し向ける。
それも新たな敵、“トランプル”だ。股関節に鳥の脚のような裸足の足を持つ“レッグス”の上位種、動物の胴体の下半分だけといった感じの巨大な四つ足で、脚の関節は動物なのに付いているのはやはり人の裸足の足だ。ちなみにその上部は切り取ったように平らで、上には何もない。
そしてコイツも“チャリオット”と同様の強個体だ。マイは何も考えずに特攻しようとしていたが、おそらく簡単には倒せない。むしろ反撃を受けて大ダメージを食らっていた可能性が高い。
そのトランプルを、天空から光の束が超速で落ちてきて貫いた。トランプルは防御もできずに撃ち抜かれ、ぶるりと震えると煙になって消えた。
「あっごめんユウ、それ俺が指示しなきゃいけないやつだ」
今のユウの攻撃は魔術によるものだ。それも攻撃を繰り返して“感情”を溜めることにより初めて放てる“武装魔術”という、いわゆる必殺技的なやつだ。
figuraたちの戦闘装束である戦闘衣装には、それぞれ専用の武装魔術が設定されている。これはドレスごとに固有のもので、誰が放っても同じものが出る。中でも今彼女たちが纏っている“殲滅武装”というドレスに設定されている、この“天空の槍”は最強の攻撃力を誇っていて、それゆえに殲滅武装は最強のドレスなのだ。
「構いませんよ。マスターが取るであろう戦術を勝手に読んだだけですので」
ニッコリと微笑うユウ。いや待ってそれ目が笑ってないよね!?
…まあ確かに後衛からの“武装魔術”はシミュレーターでも何度か試したことあるけど、今この実戦では頭になかったんだよねえ。
うん、これは黙っとこう。バレたら何言われるか分かんないや。
「マスター、マイちゃんの代わりにハルが出よーか?」
隣に立っているハルが気遣わしげに声をかけてくる。確かに交代した方がいいかも知れないが……。
「いや、このまま全部倒すぞ!」
「はい!」
マイは気丈にも返事を返すが、まだ息が整っていない。
ハルとマイを交代させるなら、一旦スケーナを解除してマイに展開し直させる必要がある。そうなるとオルクスを取り逃がす恐れもあるし、何より戦闘衣装姿の彼女たちを一瞬だけでも人目に晒してしまう事にもなりかねない。
それに、俺はまだマイがスケーナを展開したところを見たことがない。シミュレーターでもマイは常に前衛か後衛で戦ってばかりいるから、いきなり実戦でというのは若干不安があった。
「マイさんは少し休んでて下さいね」
ユウは優しくマイに声をかけて、そのまま6体目に駆けていく。その後をマイが慌てて追う。
薙刀のリーチを活かして、ユウは6体目の“リスナー”を的確に追い詰めてゆく。リスナーは巨大な両耳を備えた棒人間のような見た目で、踊るようなふわふわした動きをしつつ音を聴いて攻撃を躱し、音のする方へ的確な攻撃を仕掛けてくる。その攻撃も音波が主体でガードも回避も難しい難敵だ。
そんな敵に躱されることなく攻撃を成功させるユウは、俺の目から見ても戦闘センスが非常に高く感じる。あるいはそれは、彼女たちの中でもっとも早くfiguraになったユウの、経験に裏打ちされた技術なのかも知れない。
ユウは危なげなく“リスナー”を撃破する。ふう、とひとつ息を吐き、彼女は一旦後衛に下がっているマイの方を振り返った。
「マイさん、大丈夫で⸺」
「あぶない!」
その時、マイがユウの前に飛び出しガードした。
一瞬の隙を突いて、現れたオルクスがユウに襲いかかるのを、マイは見ていたのだ。
「えっいつの間に!?」
7体目を把握していなかったので、俺もビックリだ。
「ごっごめーん!警告が間に合わなかったよー!」
ハルが申し訳なさそうに両手を合わせて謝っているが、彼女がそう言うということは直前でスケーナの中に出現してきたのだろう。
いやそんな事があり得るのか分からないが。
そのオルクスは“スマッシャー”だった。可愛らしい小人のような見た目だが両腕だけが極端に肥大化した姿で、その大きな腕で力任せにぶん殴って来る面倒な敵だ。
「えっ」
油断した、というほどでもなかったが、対応できずガードが出来なかったユウが、マイの反応の良さに少し驚いた表情を見せた。
「っく、下がって!」
だが、彼女のガードのおかげですぐさま態勢を立て直したユウは、スマッシャーに薙刀を振り下ろしてトドメを刺した。
まさしく一刀両断。スマッシャーはなすすべもなく煙と化して消えていった。
「ふぅ。⸺私たちの、勝ちです。オルクスには負けません」
薙刀を構え直し、物静かな声で言い切ったユウのその一言が、勝利の宣言になった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれだけ激しい連続戦闘の後だというのに、ユウは息を乱すどころか汗もほとんどかいていなかった。最後だけ慌てた様子だったが、あれはまあ仕方のないことだ。
一方のマイの方は、最後のガードのところで気力を使い果たしたようで、膝に手をついて肩で息をしている。
「マイ、大丈夫か?」
「は……はひ……」
「マイちゃんお疲れだねぇー。頑張ったもんねえ」
「ひゅ、ひゅいはへん……」
…マイ、息が抜けてる。ちゃんと喋れてないよ。
「マイさん、先ほどはありがとうございました。ですが体力とペース配分にはもっと気を配らないと。まだまだ経験を積まなくてはいけませんね」
ユウの言葉はちょっと厳しいが、実際その通りだった。過去にロストしたfiguraの存在を示唆されている以上、もっと実力を付けなくてはマイが同じようにロストする可能性だってあるのだから。
そしてその戒めは俺にも当てはまる。彼女たちを戦わせつつ、無事に連れ帰らなくてはならないのだから責任重大だ。さっきみたいに周囲が見えていないなんて失態は二度と犯せない。
「ハル?もうスケーナ解いていいぞ?」
「うん。だけど⸺」
「マイさんの息が整うまで待った方がいいですね。アイドルはバテた姿を人目に晒してはダメですから」
うーん、ユウもなかなか容赦ないな。
ピピッ。
『マスター、皆さん。連続戦闘お疲れさまです』
「ナユタさん。他には居ませんか?」
『今のところはそれだけですね。残念ながら、ゲートはまだ検知できていません』
オルクスには大きく分けて“召喚型”と“転移型”がいるそうで、ゲートを通じて現れるのが“召喚型”なのだそうだ。“転移型”はどこか別の場所で召喚された個体が、何らかの手段で離れた場所に現れたものだという。ゲートがいなかったということは、今倒したのは“転移型”ということだ。
つまり、“転移型”はどこで召喚された個体か分からない、という事になる。こういう場合、ゲートを発見するまでは定期的に転移してくるため、その都度見つけ出しては討伐するハメになる。
今回は転移を検知してからすぐ討伐出来たため、転移個体が散る前に全て捕捉する事ができた。犠牲者もいなかったため、迎撃は成功したと言える。だが、ゲートを討伐するまでは安心は出来ない。
「じゃあ、引き続きゲートの捜索を頼みます」
『もちろんです。ただ、マイちゃんの体力が続かないようなら一旦帰投して下さいね』
「だ、大丈夫です……まだやれます……」
「いや、マイは午後も巡回に出てもらうから、午前中はもうやめておこう。もしこのままもう一度戦闘に入らなきゃならないようなら、次はスケーナ展開してもらうから」
「…………はい。すみません……」
「謝る事はない。マイはよく頑張ったよ」
「そうですね、私もよく頑張っていると思います」
「マイちゃんカッコよかったよー!チャリオットを一撃とか、なかなかできないもん。凄かったー!」
「まあ、最後息切れしたのはマイナスだけどな。敵の数を見て、最後まで動けるようにスタミナ配分出来ないと下手したらやられるから、そこだけ気を付けようか」
「わ、分かりました……すみません……」
だから謝んなくていいってば。
「んじゃ、スケーナ解除するねー」
ユウの頷きを得て、ハルがようやくスケーナを解いた。戦闘プログラムもとっくに解除済みで、もう3人とも私服姿に戻っている。
その後、しばらくぶらついたがオルクスもゲートも出なかった。11時を過ぎて、午前中の巡回を切り上げて帰路につく。
電車の中で、マイは俺の肩にもたれて眠ってしまった。
ユウは持ってきていた文庫本を取り出して読んでいる。ハルは電車の車窓を流れてゆく街並みを、飽きることなく眺めていた。
…そういやこの3人って、新生レフトサイドになるんだよね。
今のうちに親睦を深めとかなくて、大丈夫かなあ?
今のうちに、何かしら対処した方がいいんだろうか。別に仲が良くないとかではないとは思うんだが。
うーん、女の子たちのキモチってのはよく分からんな。




