第二十四幕:虹色の舞台(2)
電車で移動し、渋谷駅で降りた。
相変わらず駅前のスクランブル交差点は黒山の人だかり。週末でもないのに。
巡回の時は車は使わず電車で移動すると決めてある。いざオルクスが出た時に駐車場を探す時間がロスになるし、駐車場代も馬鹿にならないからだ。まさか路駐するわけにもいかないし、それに停めた車の至近に出られて壊されでもしたら、帰りの足に困るしおそらく始末書ものだ。
事務所にいて出現した時なんかは、車で動く方が絶対的に早いんだけどね。
「今日は青山の方に向かって歩いてみようか」
「はい、行きましょう」
渋谷駅の東側は区役所や警察署、郵便局、銀行やオフィスビルなどが目立つ。観光エリアというよりはビジネスエリアといった趣だ。行き交う人もスーツ姿の人が多く、仕事関係が多いように感じる。
そんな中、私服姿でてくてく歩いてる俺らは何というか、ちょっと浮いてるっていうか。
「皆さん、お忙しそうですね」
「みんなお仕事頑張ってるねー」
「そ、そうですね……」
いや、なんで残念そうなのマイ。もしかして、ファンの人たちに取り囲まれるとでも思ってた?
だが、それでも若い人たちを中心に、こちらの姿に気付いて立ち止まる人や二度見する人たちの姿もチラホラある。ファン……とまでは言わないけど、歌を聞いたり音楽番組やインタビュー記事なんかを見てくれた事があるのかも知れない。
と、若い男性が何人か近寄ってきた。
「あの……Muse!のユウさん、ですよね」
「はい♪そうですよ」
「やっぱり!あの、握手お願いできますか!」
「お安い御用です♪」
「わ、私にもお願いします!」
「はい♪」
にこやかに応対するユウ。それにつられたか、そこそこファンが集まって声をかけてくる。うん、いやみんな仕事しよう?
「こっちの子はハルちゃんだよね?」
「そだよー!よろしくぅー!」
「やっぱそうだ!握手、握手お願いします!」
「はーい!いいよー!」
「写真撮ってもいいっすか!?」
「いいよー♪」
ハルのほうもチラホラと人が集まってきた。この子も愛想はいいから、ファン受けが良さそうだ。
でも……なんだな。こう言っちゃなんだけど、小柄で幼児体型のハルがスーツ着た大人の男性たちに囲まれてると、なんか怪しい場面に見えてくるな。
「なんだかハルさん……悪い大人に騙されて連れてかれる子供みたい……」
こらマイ。そういうことは思っても言っちゃダメだろ。
っと、そろそろマネージャーとして仕事しないとな。
「あー、皆さんすいません。仕事の移動中なんでそろそろ失礼しますねー」
「「「「「あっ、ハイ」」」」」
ファンの人たちは意外に聞き分けがよく、すぐに散っていった。まああの人たちも出先への移動中とかそんな感じだったんだろうけど、リンやアキの時とはファン層から違う感じがした。
「ユウのファンもハルのファンも、なんか大人しい感じだね?」
「そうですね、皆さん良い方ばかりです」
聞けば、握手会とかでもユウのファンは大人しく一列に並んで静かに待っているらしい。それに対してリンやアキのファンたちは賑やかに騒いでいることが多いのだとか。
「ハルのファンの人たちもねー、楽しい人が多いんだよっ♪」
「楽しい?どんな風に?」
「みんなでかけっこしたりねー、あとかくれんぼもするんだよ!」
えっいやそれ、もしかして遊んでもらってるだけじゃ?
「ハルさんが活発でじっとしてない方ですから、ファンの方たちもそれに付き合って下さるみたいで」
あーなるほどね。なんか分かる、それ。
「ふたりとも、ファンそのものは多いんだよね?」
「他のアイドルの方たちと比べたことはないですけど、それなりに多いんじゃないでしょうか?個人ファンクラブもありますし」
「えっマジで?」
「はい♪私たち全員、個人ファンクラブが組織されています♪」
えっ、そうなのか。Muse!の全体ファンクラブだけじゃなくて?
「すっ、凄い!おふたりともさすがです!」
「マイさんにも、きっとすぐにファンクラブが出来ますよ♪」
「えっ!?わ、私はそんな魅力ないですよう……」
「そんな事ありませんよ。マイさんは何事にも一生懸命で頑張りやさんですから、つい応援したくなっちゃいますし♪」
「うん、そうね。俺もマイは人気出ると思うな」
「マ、マスターまで……そんな……」
「マネージャーね、マネージャー」
「はわわ……!ご、ごめんなさいっ!」
「マイちゃんにもさ、早くファンクラブできるといいねー♪」
…まあ、それはひとまずデビューしてからかなあ。
っと。あんまり直進し過ぎると本当に青山まで行っちゃうな。
警察署の前まで来たあたりで、道なりに北東に進路変更する。大通り沿いなのは変わらないので、相変わらず人通りも車通りも多い。
ピピッ。
『マスター、聞こえますか?』
おっと、ナユタさんから入電。
「おはようございます。出ましたか?」
『えっ?⸺あ、いえ、そうではなくて。モロズミちゃんと交代しましたので報告を』
「あ、そっちですか。了解です」
『今は……渋谷から青山方面ですか?』
「はい、あまり渋谷駅から離れないようにして、ぼちぼち道なりに方向転換したところです」
『了解しました。そちらは今まであまり巡回してないので、もしかしたら出現するかも知れません』
「はい、充分気をつけます。ところで……」
『はい?』
「アキが、なんかモロズミさんをめちゃくちゃ嫌がってたみたいなんですが……」
『…………ああ。天敵なんです。アキちゃんの』
て、天敵……。
それはなんか、悪いことしたかも。
しばらく歩いて、さらに方向転換する。鉄道沿線に戻る、渋谷駅を出て歩いてきた道のちょうど北側にあたる通りに出る。このまま真っ直ぐ歩くと区役所が見えてくるはずだ。
んー。ただ歩くのも飽きてくるな。
煙草吸いたくなる。
「もし出たら、“舞台”は誰が担当しようか?」
そう、今日はマイも含めてだけど三人いるから、スケーナを専属でひとりに任せられるのだ。そうなると戦うふたりはスケーナの維持を気にしなくてよくなるから戦いに全力を尽くせるし、スケーナを担当する子はスケーナだけに集中できるから強固なものを展開できるのだ。
ただその代わり、戦うふたりはスケーナ担当の子も守らなくてはならないが。
「そうなったら、ユウがスケーナ展開してくれる?マイの戦い方を見てみたい」
「それでしたら、ハルさんに展開して頂いて、わたしがマイさんの後衛でサポートをした方がいいかも知れません」
「そう?俺はどっちでもいいけど」
などと話していると。
ピピッ。
『マスター、“マザー”がオルクスの出現を検知!区役所前です!』
「了解!急行します!」
「いっくよー!」
ユウとハルが即座に駆け出した。
「えっ?えっ!?」
「マイ、走るぞ!」
「はっ、はい!」
渋谷区役所前に近付くと、既に何体か出現しているのが見えてきた。だが、道の反対側にこちらを凝視している人の姿も認められる。
スケーナを開く瞬間を見られるのはちょっとマズい。こちらを注視している人からすれば、いきなり姿が消えたようにしか見えないはずだ。
「ユウ、ハル!向こうにファンがいるから一旦そこの物陰に入って開こうか!」
「了解!」
「ほーい!」
「ハルにおまかせ♪
スケーナ展開、いっくよー!」
なんだか戦隊ヒーローの変身ポーズみたいな動作で、ハルが右手に掲げた琥珀色の『鍵』を自分の胸に挿し込んだ。すると瞬時にそこから虹色の光が迸り、景色が一変する。
人も車も、全てが消える。残ったのは建物と空と地面とfiguraたち、それ以外はオルクスだけだ。オルクス以外の風景にしたって、魔術的な作用で空間を切り取っていて、たとえ壊しても現実世界にはなんの影響も及ぼさないらしい。
囲んだオルクスは全部で6体。
ちょっとまずいな。数が多いし強度も属性もバラバラだ。
戦闘指示プログラムを立ち上げる。少し考えて、属性相性よりも大火力で押し切る事にして最強のドレス“殲滅武装”を選択する。
前衛にはマイ、後衛にはユウが控える。マイはあの時にも見た両刃の両手剣、ユウは身長の倍ほどもある薙刀を手にしていた。
「殲滅、開始します」
「私たちが、やらなきゃ!」
「まずはユウから、⸺頼む!」
セオリーからいけば前衛のマイが最初に攻撃を仕掛けるべきだ。だがオルクスたちもそれを分かっているのか、必然的に前衛へと攻撃が殺到する。そこで前衛へと攻撃を引きつけておいて、側面から後衛にいきなり攻撃させると敵の意表を衝くことができる。
これは“スイッチアタック”と言って、立派な戦術のひとつだ。
「はあっ!」
ユウは長大な薙刀を振りかぶり、“マウス”に叩きつけ両断する。薙刀とも思えぬほどの斬れ味で、マウスはそのまま煙と化して消えた。
「交代します!」
続いてマイが“ライトハンド”に斬りかかり、連続斬りで斬り刻んで2体目を倒す。
「倒しました!」
「次、行きます!」
3体目の“イビルアイ”がレーザーと化した“感情”のビームを放つが、ユウもマイもよく見ていて危なげなく躱す。そのまま交互に斬りかかり、さらにそこへハルが援護魔術を発動し、倒した。
なんだ、思ったより全然戦えてるな。
それがマイの実戦を見た正直な感想だった。連携もスムーズだし、これなら心配するほどでもなさそうだ。
「なんか強いのがいるよー!ふたりとも気をつけてね!」
ハルが警戒の声を上げる。スケーナを担当するfiguraは、スケーナを維持するだけでなくその中のオルクスの位置確認や個体識別、攻撃能力や弱点の解析など様々な情報処理をこなしつつ、時には戦うふたりを魔術でサポートし、助けるのが役割だ。
そうして、3人で互いに助け合いつつ戦闘をこなすのだ。
「“チャリオット”だよ!速いから気をつけてねマイちゃん!」
「分かりました!」
ハルがマイを名指しして、マイも素直に頷く。マイが実戦に慣れてないことを、ハルも分かっているのだろう。
マイも怖がってはいるが、勇気を振り絞っているのが分かる。ユウやハルの足手まといにならないようにと必死なのだ。




