第二十三幕:虹色の舞台(1)
ピピピッ、ピピピッ。
「……ん?」
朝、目を覚まして着替えていると、タブレットに何やら着信。
画面を確認するとメールが届いていた。
これにメールしてくるのはナユタさんだけだ。まあ業務用なんだから当たり前だけど。
何かと思って開いてみると、今日は朝一で魔防隊の本部に所長ともども呼ばれているから少し出社が遅れる、という内容だった。事務所のことはモロズミさんという職員さんに頼んであるとのこと。午前中のfiguraたちの業務については任せる、とも書いてあった。
…いや任せるって言われても、今日の予定とか元々決まってるし。
ひとまず了解した旨返信をしておいて、リビングに顔を出す。
今日は巡回は午前中がユウとハル、午後からはレイとハルとサキの予定だ。レイとサキは午前中に歌唱レッスン。リンとアキが午前中にイベント出演、そして午後からリンとアキはユウと合流してバラエティ収録の予定になっている。
マイは午前も午後も巡回に付き合わせる予定だ。
午後の3人の収録はナユタさんに任せるとして、午前中のふたりはどうしようかな。一応レイならマネージャー付いてなくてもやれると言質はもらってあるけど、リンたちはなあ。俺自身はできれば午前も午後も巡回に付き合いたいから、やっぱりナユタさんにお願いしようかな。
少し考えて、ナユタさんに直行でリンたちのイベントに行ってもらうことにした。その旨、追加で返信を入れる。
すぐに了解の返信が来た。
リビングに降りると、もうユウとサキとマイが降りてきていた。
「あっ、マスター。おはようございます!」
「おはようマイ」
「おはようございます、マスター」
「おはようユウ。それにサキも」
「おはようございます。朝からマスターを見かけるなんて、残念です」
いやなんでだよ!?俺もここに住んでるんだから顔合わせるの当たり前だろ!?
とか思ったけど、顔には出さないでおく。
「今日はユウとハルで午前中に巡回ね。んで、午後からはユウはリンとアキとバラエティの収録が入ってるから」
「はい、分かってます」
「サキは午前中はレイと歌唱レッスンね。午後からはレイとハルと巡回に行ってもらうから」
「了解しました。私たちとは初の実戦、お手並み拝見といったところですね。
ところで私のイヤミはスルーですか」
「あの、私は……」
「マイは今日は1日巡回ね。俺も今日1日、巡回に付き合うから」
「あ……はい、分かりました!」
「あら。ではよろしくお願いしますねマイさん」
マイはいよいよ巡回デビューだから、ちょっと気をつけて見ててやらないと。
サキには返事の代わりに頭を撫でてやった。子供扱いするなと激おこしていたが、そっちこそスルーだ。
「アタシとアキはイベント出演よね?」
リンとレイがリビングに顔を出す。
「うん、おはようリン。ってまたアキ起きてこないのか」
「おはよマスター。まあいつものことだけどね。これから叩き起こしてくるわ」
「よろしく。ナユタさん今朝は遅れてくるそうだから、そのまま直行でリンの現場に行ってもらうようにしたから」
「分かったわ。じゃあイベント終わるまでにはナユタと合流できるわね」
「始まるまでに間に合うかは微妙だけど、終わりには合流できると思うよ。で、午後からはユウと合流してバラエティの収録ね。こっちもナユタさんに付き添ってもらうから」
「じゃあマスターはどうするのよ?」
「俺は今日1日巡回行ってくる」
「あーそっか、今日はマイを連れてくわけね」
そういうこと。
「で、レイは⸺」
「おっはよ~ん!」
「おわっ!?⸺こらハル!後ろからいきなり飛びつくんじゃない!」
言っとくけど君も女の子なんだからね!?そして俺は健康な成人男子なの!分かる!?
「えーだってマスターの背中おっきくて飛びつきやすいもん!」
「だからって飛びついていいわけないでしょ!」
ったく。ハルの距離感もだいぶオカシイな。
「あ、そうだハル、教えたやつ復唱」
「…………うにゅ?何教わったっけ?」
うぉい!?
「……あのなあ。俺のこと、外ではなんて呼ぶ?」
「??マスターはマスターじゃないの?」
「マネージャーな!」
「あーっ!そっかぁ、そうだった!」
こりゃ先が思いやられるわ……。
「⸺まあいいや。ハルは今日は1日巡回ね。巡回は俺とマイも一緒に行くから。
あとレイは午前中、サキの歌唱レッスンを見てやって。午後はハルとサキとで巡回ね」
「了解したわマスター。
一緒に巡回に出るのは初めてね。よろしくお願いするわ」
「へへへ~。マスターと巡回、巡回♪」
「はは。お手柔らかに」
レフトサイドの3人⸺今はまだ旧チームだからユウ、ハル、サキだ⸺は今週末にミニライブが控えている。Muse!は基本的に全体ライブがメインだけど、たまにチーム単位のミニライブを組むそうだ。ライトサイドもレフトサイドも、そのミニライブ用にチーム単位のオリジナル楽曲をいくつか持っているらしい。
そういう意味では、3人になるべく歌唱レッスンの時間を作ってやりたいところだ。まあ、今日は無理だけど。
ユウとマイが朝食の準備を始め、まだ降りてこないアキ以外の他の面々はリビングで思い思いに寛ぎ始める。その間に俺は事務所に下りて、準備をしておこう。
「えーと、モロズミさん……?」
「はい」
すでにほとんど揃っている職員さんたちに向かって呼びかけてみる。
返事をしたのは、俺より少し若い感じの女性の職員さんだった。セミロングヘアに弦の細い黒縁メガネをかけた、すらっとした細身のなかなかの美人だった。
…この事務所、女性アイドルを扱っているせいか所員も女性の方が多いんだよね。そのせいで余計に僕が浮いちゃう、っていう。
「ナユタさん、今日は来社が遅れるそうで、後のことはモロズミさんに任せてあると聞いてます」
「はい、私も先輩から承ってます。午前中のリンさんたちのイベント出演は、先輩が来られるまで私が代行しますので」
…あ、行ってくれるんだ。
「わあ☆モロズミさん久しぶりに現場来るのね!引率頼もうと思ってたから手間が省けちゃったわ♪」
事務所に下りてきたリンが喜んでるところを見ると、彼女は今までにもナユタさんの代役を務めたことがありそうだ。
「先輩が来られるまでなので、事実上は行きの引率だけですけどね」
「それでも、よ!そうと決まれば早いとこアキも呼んで来なきゃ!」
…へえ、リンだけじゃなくてアキにまで慕われてるのか。
ってか笑わないなモロズミさん。
「じゃあ、お願いしておきますね」
「承知しました」
モロズミさんが立ち上がってこちらに来て、すっと身を寄せてくる。いやだからなんでみんな距離感バグってんですか。
「私も先輩と同じです。遠慮は無用ですから」
耳元で小声で囁くと、彼女はそのまますれ違って事務所から奥の方に行ってしまった。
あー、魔防隊の人なわけね。なるほど。
だが、しばらくして帰ってきたモロズミさんは、右手にアキの首根っこを掴んでいた。
な、なにごと!?
…っていうか、アキ明らかに逃げようとしてない!?絶対それ喜んでなんかないよね!?
その後に満面の笑みのリンがついてくる。
いや喜んでるのリンだけじゃんか。
「では、行って参ります」
「ヤダあああぁぁぁ!!」
相変わらずの真顔で、モロズミさんはふたりと出て行った。
…いや、あのアキが涙目だったんですけど。
ていうか出発するの早くない?まだ8時前なんですけど……ていうか朝食は!?
ホント、大丈夫なんだろうか……。
気を取り直して、午前巡回組が準備を終えて集合するまで事務所の自分のデスクでスケジュール確認や名刺の整理などして過ごす。途中、準備ができたとマイが呼びに来たので、ダイニングへ上がってみんなと朝食を摂った。
そして9時前、ユウとハルとマイが事務所に降りてきた。
「じゃあ、行こうか」
「よろしくお願いしますね、マスター」
「えへへー。早く行こうよー!」
「皆さんっ!あ、あのっ、よろしくお願いします!」
「いやだいぶ固いなマイ!?そんな緊張しなくても大丈夫だぞ?」
「そうですよマイさん。シミュレーターでいつもお教えしている通りにやれば、大丈夫ですからね」
「はっはい!がっ頑張りましゅ!」
だから固いって。あと噛んでるからな?
…そういや、所員さんたちの前でマスターって呼ばせるの大丈夫なんだろうか?




