第二十二幕:七人七色の鍵(3)
結局、マイの大掃除は夕方までかかり、昼は居残り組全員で出前を取るハメになった。調理師さんも仕事にならないので帰ってもらうしかなく、出前を経費で落とすためにもナユタさんに正直に申告しなければならなくなって、マイがしばらく怒られていた。
午前巡回に出ている組には電話で伝えて、外で昼食を済ませてもらった。
「はうぅ……」
「マイさん、これじゃお休みした意味がないんですよ?」
「ご、ごめんなさい……」
普段温厚なユウにまで怒られて、可哀想なぐらい凹んでるけど、まあ自分の撒いた種だよ、マイ。
夕方には全員戻ってきたので、シミュレーションルームで全員の鍵を確かめさせてもらう。
マイがクリスタルのような透青。
ユウが色味の深い薔薇桃。
レイが青に近い深みのある蒼色。
リンが華やかな色味の紅緋色。
サキが落ち着いた淡い菫色。
ハルが輝くような琥珀色。
アキが鮮やかな緑玉色。
それぞれ全員が違う色の鍵を持っていた。
というかこれ、マイを除けば彼女たちの瞳の色、つまりは彼女たちのイメージカラーだ。ちなみにマイの瞳はありふれた焦茶色で、いかにも日本人、って感じ。
うーん、五種類の自己分類に対応する色かと思ったんだが、そう簡単にはいかないようだ。というかこれ……虹の色か?いやそれだと藍と黄がないのか。
「それぞれ全員色が違いますね」
シミュレーターの調整と確認のために立ち会ってもらってるナユタさんも思案顔。どうも彼女たちの鍵の色が違うことを今まで問題視してなかった感じがする。
「そうなんですよね。統一性がないというか……」
「ハッ。どーせオレたちゃ横紙破りだって言いてえんだろ?」
「何物にも染まらない独自のアイデンティティを持っている、と言って欲しいところですね、そこは」
「ハルは琥珀色すきだよー!」
「ハルさん。好きとか嫌いとか、そういう事ではないと思いますよ……?」
「それで?マスターは私たちの鍵の色を確かめて、何がしたかったのかしら?」
「うーん、いや、何かしら統一性がないかな〜って思ったんだが……」
そう言いつつ、自分でまとめた五種類の感情とその色区分を話して聞かせる。少なくとも3年間のデータの蓄積があるから、そう間違っていないだろうことも。そして実戦やシミュレーターでの傾向から、オルクスたちの出すアフェクトスが概ね自己分類の五種類に絞られていることも話した。
「では、その“喜怒哀楽”の4色で調整すればいいんですね」
ナユタさんが聞いてくる。シミュレーターの調整の件は所長に話を通したところ、即答で許可が出たらしい。
「いや、多分、紫まで含めて5色全部必要だと思います」
「紫も、ですか?」
まあ紫はネガティブな感情だって説明したばかりだしな。それまで集めて注入することに懸念があるのは分かる。
「いや、みんな少しずつだけど紫も出してるんですよね。
そしてシミュレーターでも実戦でも、オルクスたちもわずかだけど紫を出してるんです」
それにネガティブな感情だって人が当然に持っているものだ。それを恣意的に取り除いてしまったら、恐らく彼女たちは本当に人ではないナニカになってしまう。そんな気がする。
「……そうですか。では解析して、各色に対応する属性を付与したオルクスのデータ構築に加えて、無属性のオルクスで紫のアフェクトスを出せないか調整してみますね」
「はい、お願いします。ってかどんどん仕事増やしてしまって申し訳ないです……」
「……つまり、その調整が済めば、シミュレーターでもアフェクトスを得られるようになる、という事なのかしら?」
「まあ今考えてる理屈だと、そう。実際に現状でも少し得られてるし」
「こんなモンただのデータに過ぎねえのに、なんでそんな事になってんだよ?」
「分からんけど。得られてるのは確かだからさ」
「それじゃあさ、これからはアタシたちの『霊核』に注入するアフェクトスをシミュレーターで稼げるようになるわけよね?」
「うん。だからアフェクトスを稼ぐために実戦を繰り返さなくても良くなるはずだよ」
「ほえぇ〜!すっごーい!マスター何でもできるんだねぇ〜!」
「いや何でもはできねえよ」
ってかその調整するのはナユタさんであって俺じゃないし。
「ひとまず、私が今考えている調整案としては、曜日ごとに得られるアフェクトスを変えるようにする予定でいます。例えば火曜日は赤、水曜日は青、というふうに」
「とてもいい考えだと思うわ」
「……あとは、マスターの精神的負担の問題ですね」
そう、それ。
「ナユタさん。今出してみたらダメ……ですよね」
「そうですね。一応、今日は精神休養日としてオフになっていますので」
「多分、回数こなさないと慣れないとは思うんですけどね……」
「それについては、2日に1度ということで上に承認させた」
「あっ、所長」
声がして振り返ると、いつの間にか所長が入口のところに立っていた。
上に承認、ってことは早速話を通してきてくれたのか。相変わらず仕事早いな〜この人。
「2日に1度、ということは明日は試してもいいって事ですか」
「ああ。ただし、試すのは通常業務の終わった夕方以降とする」
なるほど。それなら疲労による業務への支障も最低限に抑えられるな。所長、ちゃんと考えて根回ししてくれてたんだ。
「ですが、シミュレーターの調整は今日明日で終わるというわけにもいかないので……」
「それについてもエンジニアの増援を要請してある。明日以降、魔防隊の工作班の専門職が3名派遣されてくる。ナユタ、基本的な調整法だけ伝えて後は彼らに任せておきなさい」
--あっ、所長さんナイス!
「はい、ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。また倒れられたら困るからね」
「しょ、所長までそれ仰らないで下さい……」
ナユタさんは耳まで真っ赤になって俯いてしまった。みんなから心配されてるんだから、ホント無理しないで欲しいです。マジで。
いやでも、これはちょっと俺頑張らないとダメだな。とりあえず明日は、鍵の精製とアフェクトスの充填だけに絞って練習するか。
「ああ、それと。桝田君、君の精製したメモリアクリスタルは非常に高い純度のものだと判明した。あれだけ高純度のものであれば、ドレス素材として充分過ぎる価値があるそうだ」
えっ、ドレス素材?
じゃあ、あれを記憶を取り戻すために使っちゃダメってこと?
「……君の言わんとすることは分かるがね、上としてはfigura強化の方を優先させたい意向だ。だから君のメモリアクリスタルは戦闘用ドレスの新規開発に回すことになる。彼女たちの記憶の奪還に関しては、ひとまず別の方策を探るしかない」
「…………分かりました……」
釈然としないし悔しいが、確かに、記憶を取り戻しても戦闘で命を落としたら意味がない。今は、所長の言うとおりにするしかないか……。
「figuraのロストを再び起こすような事があってはならない。そのことは全員、肝に銘じておくように」
「はい!」
全員が一斉に返事をする。合わせられなかったのは、俺とマイだけだった。
figuraのロスト?過去に戦闘で失われた子がいたってことか?
⸺あ、もしかしてこないだ事務所のファイルで見かけた、あの3人のことだろうか?




